【「アジアの天使」評論】石井裕也監督が奏でた“むきだし”3部作に見る、彷徨う愛の発着点
2021年7月3日 22:00
気鋭の映画作家・石井裕也の2020年代は、“むきだし”からの船出となった。「茜色に焼かれる」でいち早くコロナ禍の日本を描いたわけだが、「アジアの天使」はコロナの脅威が忍び寄る20年2~3月、オール韓国ロケで撮影。キャストとスタッフの95%が韓国人という、日常と異なる環境でクルーを束ねながら製作を進めるうえで、そして誰もが目に見えぬ恐怖と戦ううえで、何もかもを“むきだし”にする必要にかられ、問答無用で愛情について思いを巡らせることは必然ともいえるが、不思議と観る者の心に寄り添う作品となった。
石井監督が手がけてきた作品群を紐解いていけば、いつだって映画を撮るということに関して誠実に取り組んできたことが見て取れる。だが時に、悩ましいテーマを難なく撮り上げてしまう手腕から、酸いも甘いも知り尽くした老獪さを感じてしまうことがあった。実際は試行錯誤を繰り返しているのだろうが、ベテランが撮ったかのような作風を見せつけられるたび、底知れぬ洞察力に唖然とさせられながら、その脳内に思いを巡らせたものである。
冒頭で記述した石井監督の20年代は、「生きちゃった」(仲野太賀主演)から始まる。幼なじみだった男女3人それぞれの不器用な生きざまを抉るように描いたものだが、まさに“むきだし”の感情の発露を目撃することができる。そして、21年になって公開となる「茜色に焼かれる」と「アジアの天使」を眼前に突き付けられるのだが、“むきだし”の向かうべき対象が「母親」と「愛情」であることに、石井裕也という映像作家を知ったつもりでいた人々は大きく心を揺さぶられることになる。
撮影の順でいえば、「アジアの天使」が先行。記憶が正しければ、オリジナル作品と括られるものの中で石井監督が「愛情」を真正面から描いたのは、今回が初めてのはずだ。ましてや、石井監督が7歳のときに36歳という若さで他界してしまった母親と、映画を通じて交わしたとしか思えない極めて私的な往復書簡を銀幕で観られるだなんて、同時代を生きる映画ファンにとって僥倖以外の何ものでもない。
今作は、それぞれ心に傷を持つ日本と韓国の家族がソウルで出会い、新しい家族の形を模索するさまに迫るロードムービー。石井監督が初めて海外で撮影した作品だからこそ、“むきだし”の感情が今作の鍵となる「母親の不在」を、奇をてらうことなく描くことに躊躇する間を与えなかったのだろう。
それが次の「茜色に焼かれる」へと繋がり、これまで制御していたものを尾野真千子という代弁者に託すことで映像として残すことに成功したのである。社会性、時代性を常に意識しながら、シニカルな眼差しを忘れなかった石井裕也という映画作家の体内に本当の意味で温かい血が通ったことで、そして、これまで彷徨っていた愛情の発着点を見出したことで、次はどのようなことを仕掛けてくるのか楽しみが増したのは言うまでもない。
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