真野勝成&佐々木誠がセックスを遺した“イケダ”について語りたかったこと【後編】

2021年6月25日 18:00


「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)
「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)

映画「愛について語るときにイケダの語ること」(6月25日からアップリンク吉祥寺で公開)は、四肢軟骨無形成症(通称:コビト症)を持つ池田英彦さんの初主演・初監督作にして、遺作となった作品だ。

2013年、スキルス性胃がんのステージ4と診断された池田さんは「今までやれなかったことをやってみたい」と考えるように。死を意識した池田さんの行動は性愛へと偏っていき、女性との“ハメ撮り”にはまっていく。やがて心に去来したのは「僕の本当の姿を映画にして、見せつけてやる」というもの。親友の脚本家・真野勝成(「デスノート Light up the NEW world」、ドラマ「相棒」)の協力を得て、虚実入り混じった映画撮影が進んでいった。

2015年、池田さんの死をもって、作品はクランクアップを迎える。「僕が死んだら映画を完成させて、必ず公開してほしい」という遺言に従い、真野は映画監督の佐々木誠(「ナイトクルージング」「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」)に編集を依頼。約60時間もの素材が、取捨選択を経て、58分の映画へと生まれ変わった。

真野と佐々木に対して実施したインタビューの前編では、池田さんとの出会いから始まり、彼の内面を探求するものとなった。後編では、フィクションとドキュメンタリーの境目が揺らいでしまう「理想のデート」からスタートし、2020年12月に行われたアップリンク渋谷での上映会の様子へと結実していく。

取材時間は、約50分。真野と佐々木は、“イケダ”について聞きたかったことについて、真摯に答えてくれた。取材場所からの帰り道、ふと封切り後の光景を想像してみた。笑う人もいれば、目頭を熱くさせる人もいる。その反応はさまざまだ。上映が終わり、場内が明るくなる。観客それぞれの心の内には、きっと「“イケダ”について語りたいこと」が芽生えるのだろう。「愛について語るときにイケダの語ること」について語りたいこと。この話題が日本各地へと伝播していくことを願ってやまない。(取材・文/編集部)


真野勝成(右)、佐々木誠(左)
真野勝成(右)、佐々木誠(左)

――特に印象深かったのは、虚実入り混じった「理想のデート」です。俳優の毛利悟巳さんが出演し、あくまでフィクションとして描かれていきますが、池田さんは予想に反して“現実の世界”に戻ってきてしまいます。このシーンは、どのように構築されていったのでしょうか?

真野:池田の要望としては、デートをして、家に帰ってきて鍋を食べたいという程度しかなかったんです。デートの前には「出会い編」というものがあり、心理的なステップも踏ませています。当然、毛利さんには脚本を渡していて、セリフを言ってもらっていますが、それに対する池田のセリフは決めていませんでした。段々と「本当のこと」だと思うようになってしまったんですかね。カメラを回している僕が、常にそばにいたはずなんですけど(笑)。

佐々木:あの展開は面白かったですよね。僕自身もドキュメンタリー、もしくは、ドキュメンタリーとフィクションを混ぜ合わせたような映画を作っていますが……仕掛けたフィクションが、本人の中でドキュメンタリーになっていったというか。僕はカメラが介在すると、人はそれを意識してしまうので、通常の状態ではなくなってしまうと思っています。だから、ドキュメンタリーを真実だとは思っていない。“真実みたいなもの”だという認識です。でも“真実みたいなもの”にも、一瞬でも真実が映った方がいい。だから、虚実皮膜なものを作る。そういう手法をとっていたんです。

それがたまたまだったのか、池田さんは(フィクションの世界において)本心で答えてしまった。あれは、かなりすごいシーン。劇中で真野さんも仰ってますが、仕掛けた虚構に対して、リアルで返してしまった。

真野:池田の理想に「手をつないで歩く」というものがあるんですが、身長差もありましたし、物理的には成立できない。それでも「手をつなぐ」というものはあった方がいいと思いました。脚本上では、池田が告白を受けた後に手をつなぐという流れだったんですが……あのような状況になってしまった。しかも、池田がクッションを抱えていたので、手を握りづらい。でも、毛利さんからすれば、何かをしなければならないと思ったんでしょうね。その結果がハグというものだった。

佐々木:ハグがあったからこそ、そこを軸に編集がしやすくなった。でも、あのハグ、実は一瞬のことなんです。

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――編集で“長く見せている”ということですか?

佐々木:そう、切り返しを使っています。さらに、実際の素材では、毛利さんが「すいません」と喋りながらハグをしているんですが、その言葉もカットしています。そうすることで良いシーンに仕立て上げているんです。それを含めて、ドキュメンタリーとしても、フィクションとしても面白い部分。僕はこういう虚実皮膜な実験作では素材をいじってしまうタイプですが、毛利さんがハグをしようとした事実は変わらないんですから。

――本作は、58分の中編という形で日の目を見ることになりました。約60時間という素材を、どのように取捨選択していきましたか?

佐々木:58分という尺は、最初から決めていた数字ではありません。とにかく一番良い形にしようと思って、何も考えずに編集をスタートさせました。セックスの光景をふんだんに入れれば、長尺になっていきますが、そうするとセックスビデオになってしまう。でも、そういう映画ではないなと。意識されずに会話をされていたと思うのですが、池田さんは愛について語り始めるんです。肉体的な欲望を満たすところから始まり、やがて愛に辿り着く。肉体的な愛よりも、心の愛を考えていく。そのようにシフトしていく感じを出したかったんです。

それと闘病記にはしたくなかった。どんどんと衰弱していって、涙で終わらせるというのは嫌だなと思ったんです。池田さんが一番ハンサムな時、愛について語り、毛利さんとハグをする光景で終わらせたかった。そうすることで「愛の映画」になりますから。

真野:素材がいっぱいありすぎて、編集の途中で「この人は誰ですか?」ということもありましたよね(笑)。ニューハーフの方が歌っている素材もあったり……。

佐々木:そうなんですよ。池田さんも映ってないし、何の説明もないから全然わからない(笑)。そうしたら、池田さんがニューハーフの方を好きになったという面白いエピソードを、後から聞くことになった。その時は病状が悪化していたのかな。

真野:そうです。代わりに僕が会いに行ったんですよ。

佐々木:やっぱり色々と惜しいシーンがたくさんあったんです。もし僕が撮影の段階で加わっていたら、アドバイスができていたのかもしれない。その場合の尺は、90分くらいになったかもしれません。でも、本作は2人で撮ったからこその面白みがあると思います。

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――余談ですが、タイトルはレイモンド・カーヴァーの著作「愛について語るときに我々の語ること」からの引用でしょうか?

真野:はい、そうです。タイトルをどうしようかということはずっと考えていました。池田が生きている時、仮タイトルとしてあげられていたのは「セックスと癌と障害者手帳」。彼が気に入っていたのは「主犯 池田英彦」でした。でも、池田英彦の事なんて誰も知らないという理由でNGに。

完成した作品を見ると「池田は、随分に愛について語っていたんだな」と思ったんです。だから、障害やセックスのイメージから離れ、僕自身がレイモンド・カーヴァーが好きだったこともあり、このタイトルになりました。当初は「愛について語るときにコビトの語ること」にしていたんですが、何かを代表しているというよりは、池田個人の作品ですから、何度も話し合った結果“コビト”の代わりに“イケダ”を入れることにしたんです。

佐々木:「道玄坂のコビト」という仮タイトルもありましたね。僕のフォルダは、未だにそのタイトルのままです。

――2020年12月、アップリンク渋谷で上映会が行われました。

佐々木:池田さん、アップリンク渋谷のファンだったんですよ。

真野:「上映会はアップリンク渋谷でやりたい」と言っていました。

――アップリンク渋谷は2021年5月20日をもって閉館となりましたが、その直前に池田さんの思いは成就していたんですね。

佐々木:僕にとっても、観客として、製作者として、とてもお世話になった映画館です。だから、あの上映会が、自分の関わった最後の上映となったことも感慨深い。なかなか自分の好きな映画館で上映したいと言っても、無理なことが多いですから。池田さんは亡くなった後ですけど、夢を叶えたというのはすごいことですよね。

――上映会では、どのような意見が出ましたか?

真野:皆さん「池田は魅力的な人物だ」と仰ってくれていました。

佐々木:チケットはあっという間に売り切れたんです。鑑賞前はグロテスクなものだと思い込んでいた人はいらっしゃいました。僕がそうしようとしたらできたと思いますよ。ただ、僕は下品なものが嫌いなんです。この映画のメインは、セックスではありません。もちろん「その部分が売りにはなる」とは思っていました。だからこそ、池田さんも、真野さんに対して「俺のセックスシーンを入れてくれ」と伝えていたわけですから。でも、中心に据えてしまうと、そこばかりが目立ってしまう。そのバランスの悪さに品のなさを感じてしまうんです。

マスコミ試写に「ヨコハマメリー」のプロデューサー・白尾一博さんも見に来てくれたんです。そこで言われたのは「すごくよかった。何がよかったかというと、セックスシーンが一番つまらないということ」。イベント上映では「今年一番号泣した」という方もいれば「ずっと笑っていた」という人も。色々な反応がありましたね。

真野:そうそう。この映画はちゃんと笑えると思うんです。

佐々木:池田さんも笑ってほしいと思っているはず。池田さんと真野さんの男独特のやりとりも面白いじゃないですか。

真野:ホモソーシャルな会話ですよね(笑)。普段、人前ではしないですけど、たまたまカメラが回ってしまっているんです。

佐々木:2人は若い時から友人同士だから、当時のままといいますか――学生時代のようなノリで喋っているんです。だから編集をしていると、まるで僕も友達になったような気持ちになったんです。見て頂ける方にも、そういう気持ちになってもらいたいです。

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――最後に、これからスクリーンを通じて、池田さんと出会う方々に伝えておきたいことはありますか?

佐々木:「多様性」ということがうたわれていますが、言葉だけが独り歩きをしている印象を受けています。人の行いに対しての批判が多くなりましたし、生き辛いなと思うんです。池田さんがこの作品を作り始め、最終的に劇場で公開しようとしたことは、それらに対しての挑戦的な意味合いもあったのかもしれません。批判しようと思えば、批判されてしまいそうな作品。でも、その批判すらも飄々とスルーできる作品にもなっている。今のような時代にこういう作品を作って公開するのは難しい事なのかなと思っていましたけど……今だからこそ実現できたものなのかもしれません。まずは楽しんで見て頂きたいです。

真野:鑑賞前の方に言っておきたいのは、感動ポルノにはなっていないということ。ポップな映画ですし、アートフィルムとしてもとらえることができる。ぜひ映画好きの方に見てもらいたいですね。それは池田も望んでいることだと思います。

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