実写「るろうに剣心」最終章、撮影現場レポート なぜ続編撮影に5年かかったのか?裏に潜む“前作超え”の重圧
2021年3月6日 12:00
ストーブに火もつけず、大友啓史監督はひとりごちた。しんと冷えた控え室。発される言葉の強弱にあわせて、ディレクターズチェアがギギギと軋む。窓の外では人の背丈よりも高いライトが無数に立ち並び、石造りのホームに停車する蒸気機関車を、深い闇夜に浮かび上がらせていた。
「これを終えなきゃ次のステージへ行けない。そんな思いが、彼のなかにはある。もちろん僕らスタッフ全員にもね」
朝から降り続ける冷たい雨は、昼ごろから途端に激しさを増した。2018年12月11日、熊本県人吉市。映画.comを含む報道陣は、「るろうに剣心 最終章 The Final」の撮影現場を訪れていた。
本作の公開に向け、映画.comでは撮影現場の様子をレポート。クランクイン直後の大友監督と、小岩井宏悦エグゼクティブプロデューサーのインタビューをお届けする。シリーズ誕生から携わるキーパーソンは、果たして何を語ったのか。
和月伸宏の人気コミックを、佐藤健主演&大友啓史監督で実写映画化した大ヒットシリーズ「るろうに剣心」。これまでに3作が製作され、公開されるたびに社会現象とも言える旋風を巻き起こしてきた。シリーズ累計興行収入は約125億円。日本を代表するメガヒットコンテンツである。
そして、剣心(佐藤)が最狂の敵・縁(新田真剣佑)と死闘を繰り広げるシリーズ最終章「るろうに剣心 最終章 The Final」が4月23日、剣心の十字傷の謎を詳らかにする「るろうに剣心 最終章 The Beginning」が6月4日に公開を迎える。今回の記事で取り上げるのは、18年12月の「The Final」冒頭シーン撮影で使用された、JR九州・人吉駅の石造機関庫でのインタビューである。
クランクインから約1カ月が経過したタイミングでの取材。約5年ぶりとなる映画「るろうに剣心」撮影、率直な感想は、どんなものだろうか。
大友監督は「健があの衣装に袖を通し、カメラテストを通してその姿を確認していくうちに、5年の溝はあっという間に埋まっていきましたね」と切り出し、「ひとつの役を、あれだけの覚悟と思い入れと、いろんな意味での愛情を込めて演じた人間の身体からは、役の魂ともいえる“強烈な何か”は5年経とうともそう簡単には抜けない。本人も言っていましたよ。『衣装を着たらスッと剣心に戻れた』と」と代弁する。紙コップのコーヒーをすすると、もうもうと立ち込める湯気がメガネを撫でるように曇らせた。
小岩井プロデューサーは、激しい撮影が続く機関庫の傍らに用意された、簡易テントのなかで取材に応じてくれた。「健くんは2011年撮影の第一作が『仮面ライダー』シリーズを除く映画初主演。それは当時、抜擢のようなものでした」としみじみ振り返る。「第一作撮影から7年が経ち、健くんは押しも押されもせぬトップスターになった。(薫役の)武井咲ちゃんも母になった。スタッフもキャストもみんながみんな成長している。しかも、今回もオリジナルメンバーが全員そろっている。みんな、この作品への愛情が極めて強いと感じています」と、めぐり合わせに感謝を禁じえない。
製作の経緯を紐解いていこう。前作「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最期編」(2014年)が、2作合計で約95.7億円という大ヒットを記録。ファンからの“さらなる続編”を希望する声は、後を絶たなかったという。原作には「追憶編」と「人誅編」という最大級のエピソードが残されていた。
小岩井プロデューサーは「原作の『追憶編』の持つ物語の力が、我々に『絶対に映像化する!』という魔法をかけたんです」と回顧する。大友監督も「剣心の“もう一つの傷の話”を映画で描いていないことが、ずっと引っかかっていた」と明かす。
続編製作は、ほぼ既定路線だったはずだ。ところが、今回は撮影にこぎつけるまで約5年の月日が経過している。トントン拍子とはいかなかった。
「るろうに剣心」の映像化に手を付けた者として、「追憶編」「人誅編」は避けて通ることのできない宿命。頭のどこかではわかっていた。しかし、いざ取り組むとなると全くの別問題だったという。
小岩井プロデューサーは告白する。「前作の直後から、『人誅編』『追憶編』をやりたいという思いはずっとあった。しかしあれだけ成功し、評価も得た“前作以上”がどうすればできるのか。大きなテーマでした」。前作の大ヒットが、逆に大きな障壁となったということだ。
障壁はまだある。剣心の過去に迫る「追憶編」は、非常にシリアスな物語だった。
小岩井プロデューサー「『追憶編』は舞台が明治維新後ではなく幕末ですから、剣心は“人斬り抜刀斎”として生きている。『おろ?』と言うことも一切ない。そして“自分が愛した人”(巴/有村架純)の“愛した人”(清里)を自分(剣心)が殺していて、その“自分が愛した人”(巴)を自分が殺してしまう……。『追憶編』は、まるでシェイクスピア悲劇のようであり、『るろうに剣心』の全エピソードのなかで最もドラマチックです。そんなシリアスな物語を、果たしてエンタテインメントにできるかが高いハードルでした」
一方で、剣心と縁の因縁が死闘を呼ぶ「人誅編」。核にある“復しゅう劇”という要素を、いかにエンタテインメントとして昇華するかに頭を悩ませた。
小岩井プロデューサー「『志々雄編』は明治政府を転覆させようとする巨大な敵・志々雄真実がいて、彼を倒すことで日本を救うという、“わかりやすいカタルシス”があった。しかし『人誅編』は、縁による復しゅうがメインになります。『るろうに剣心』のテーマそのものである“贖罪”に触れる物語でもある。どうしても内側に向く話なんですね。要するに、縁を倒して気持ちがいい、という物語ではないんです」
前作の空前の大ヒット。「追憶編」「人誅編」の特殊性。そして、シリーズのこれまでの撮影がシンプルに過酷すぎたことも、彼らに二の足、三の足を踏ませた。ファンからの期待をひしひしと感じながらも、続編製作に挑むためには理由が必要だった。自分たちの煮え切らない感情を一蹴し、背中を力一杯押してくれる、特別な何かが。
“その時”は唐突にやってきた。やはり、主演・佐藤健の存在がカギだった。
大友監督「健が30歳になるまえに製作しないと、もう二度とできない、と思ったんですよ。『るろうに剣心』のアクションはVFXを使ってやるつもりはない。やっぱり、できるうちにやんなきゃいけない、という考えになってきたんです」
この機会を逃すと、2度と作ることはできない――。大友監督は佐藤との出会いを引き合いに、こうも語る。「健も前作からのこの5年でいろいろ経験を得てきて、彼なりに望むベクトルが変わってきている。彼が21歳のときに『龍馬伝』で知り合ったんだけど、もう30歳ですからね。やっぱり20代、30代と、変わるじゃないですか、男は特に。そのなかで、お互いもう一度まっさらな気持ちで『るろうに剣心』に挑んだときに、やっぱり前回とはまた違った風景が見えてくるのではないか……少しずつ、そう確信しはじめたんです」。
大友監督「それと、ファンの期待もずっと心の底にひっかかっていましたね。ことあるごとに『続編やらないんですか?』というお声がけをずいぶんいただきましたから。背中を押されるようなことが色々重なって、ようやく重い腰をあげて、スタッフみんなに『やろう』と声をかけ始めたんです。『前作で限界まで追い込んで挑戦したから、もう勘弁して』と言われると思ったら、『みんなもやりたがっています』。マゾですね(笑)」
どこまでやれるかわからないが、とにかく全力で身を投じてみる。この数年で自分たちも大きく成長している。全員が培ってきたものをありったけ注ぎ込めば、乗算に乗算が重なり、きっと予想を超える作品ができるはずだ。保守的な計算や論理を超えた“情熱”が原動力となり、「人誅編」を基にした「The Final」、「追憶編」を基にした「The Beginning」が製作されることとなった。
製作までの道のりを振り返ると、ついてまわるのは「いかに過去の自分を超えるか」というスタッフ・キャストの“のっぴきならない自問自答”だ。訪問した熊本の撮影現場の様子を見て、彼らが文字通り全身全霊で自己ベストを更新しようと取り組んでいることが、言葉ではなく心で理解できた。大友監督の言う通り、それはほとんどマゾヒスティックですらあった。
具体的な光景は、この連載の別の回に譲るとして……抽象的だが、筆者が現場に入った際の第一印象をお伝えしておこう。「ここだけ気温が高いな」だった。もちろん、暖房が効いていたとかそういうことではなく、スタッフ・キャストの熱気が筆者に錯覚を起こしたということだ。
大友監督「スタッフ・キャストみんな、『るろうに剣心』では普通じゃないことをやりたいとか、自分たちの限界を突破したい、という気持ちで集まってくる。僕も会社を辞めて初めて立ち上げた企画(シリーズ第一作)だったし、ひとりひとりスタッフと会って、若くて活きが良くて、常識を壊せるスタッフを求めていた。言葉を選ばず言うと、“やから連中”。僕も含めて(笑)。まだ何者にもなっていない暴れん坊を集めたようなスタッフだった」
「それが『るろうに剣心』シリーズを経てそれぞれ才能を発揮し、日本映画のなかでもかなり面白い仕事を手掛けるような人間に成長していて。突破するための手練手管を覚えてきている。だから今回は、こっちが手を抜いたら逆に彼らに怒られる、みたいな気構えで撮影しています」
大友監督が体を揺らして大笑いする。すっかり冷めてしまったコーヒーが、紙コップから少しこぼれ落ちた。
大友監督「それぞれが5年間蓄えてきたものを総動員して、できる以上のことを、とにかく全部のシーンでやる。そうした溢れ出る渇望を、とにかく形にするだけです。だからまだ撮影は序盤ですが、既にもうヘロヘロ。やっぱり大変。『あ~、5年前のあの大変さ、思い出してきた~』って感じ(笑)」
そこそこは論外。よくやったではダメ。最高、至高を目指さなければ意味がない。そんな烈火のごとき情熱に当てられたのは、なにも映画.comだけではないだろう。現場をともにしたシネマトゥデイ、映画ナタリー、Movie Walkerの編集者も、おそらく同じ気持ちのはずだ。
小岩井プロデューサー「2011年撮影の第一作には清里の亡骸にすがりつく巴の回想シーンがあります。あの時から、いつかきっとこの『追憶編』『人誅編』をちゃんとやりたいと思っていました。7年かかるとは思わなかったですけど(笑)。ただまあ、現場は大変ですが、やっぱりスチールの画とか見てもらえばわかりますが、まさに『るろうに剣心』。ひとつひとつの画が本当に力強くてリアリティがある」
大友監督「今の僕らが、5年ぶりに『るろうに剣心』をやる。そんなエネルギーをいかに作品に落とし込んでいくか。本当に、東京オリンピックに負けねえぞという、国家的一大イベントに真っ向から挑戦する気持ちで撮影しています」
「監督、そろそろ次のシーンへ」。スタッフから呼ばれると、大友監督は「じゃあ記事の方、よろしくお願いします」と言い、弾けるように取材部屋を飛び出していった。去り際にちらりと見えた横顔は、撮影の楽しさからか、笑っていたように見えた。「本番、よーい……スタート!」。闇夜の向こうから、威勢のいい掛け声が聞こえた。
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