黒沢清監督が語り尽くす“ジャ・ジャンクー論”「開発途上の場所で撮ってきた代表ともいえる」
2020年11月7日 21:00
第33回東京国際映画祭と国際交流基金アジアセンターによる共同トークイベント「『アジア交流ラウンジ』ジャ・ジャンクー×黒沢清」が11月7日に開催され、黒沢監督が都内会場に出席。中国のジャ・ジャンクー監督とオンラインで語り合う予定だったが、スタート直前にジャ監督の体調不良が発覚。病院に向かうほどの病状だったため、モデレーター・市山尚三氏が対談相手を務めることになった。
黒沢監督は、近年の中国映画について「ここ数年レベルが格段に上がっている」と口火を切った。その要因としてあげたのが「ロケ場所」だ。「製作者が、その場所に確信を持っている。『この場所であれば、面白い映画が撮れる』という強い確信です。それらがどういうものかというと、古くもなく新しくもない開発途上の場所。どうしてあんなにも楽しげに、生き生きと映画が撮れるのか。こういう開発途上の場所で撮ってきた代表ともいえるのが、ジャ・ジャンクーかなと思っています。カメラポジションも含め、驚くべき場所で撮られている。日本人の我々からすると『中国にはこんな場所がいくらでもあるのか?』と思ってしまう」と意見を述べた。
ジャ・ジャンクー作品のプロデューサーとしても活躍する市山氏は「ジャ・ジャンクー作品にとって、ロケーションは非常に重要」と説明。「脚本を書く前の段階で、ロケーションを探しているはず。脚本の第1稿は『ここで撮る』というものが明確なんです。極端な例は『長江哀歌(エレジー)』ですね。元々『Dong(英題)』というドキュメンタリーを撮るつもりでしたが、現地で“ドラマ”を目撃します。その状態から劇映画を閃き、ドキュメンタリーと並行して製作しました。場所を見ていなければ『長江哀歌(エレジー)』はできていない。ロケ地からインスパイアされた例といえます」と語っていた。
黒沢監督の興味は「物語」へ向かう。「近年の作品は独特な映画であると同時に、骨格となっているのはシンプルなメロドラマの構造。一種のジャンル映画ですよね」という発言に対して、市山氏は「わかりやすい事例は『罪の手ざわり』に登場するライフルで撃ち殺す男の話ですね。実はジャ・ジャンクーは香港のジャンル映画のファンなんです。デビュー作『一瞬の夢』には、ジョン・ウーの『狼 男たちの挽歌・最終章』の音声を使用するほど」と切り返す。すると、黒沢監督は「ジャンル映画的な表現は、開発途上に住む人々を撮る手法とは、少し異なったテクニックになるのではないでしょうか。容易くこなしているのでしょうか? それとも苦労されている?」と質問を投げかけた。
市山氏「面白い質問ですね。『罪の手ざわり』のライフルを撃つシーンでは、香港からアクション監督を招いているんです。香港の伝統的なワイヤーアクションも取り入れてますし、リアリズムに根差した撮り方とは異なります。一方『帰れない二人』の殴り合いシーンでもアクション監督が来ていたんですが『それは違う』と指摘して、自分でリアルなフリをつけていました。役者は本当に(拳が)当たっている可能性がありますね」
「最も印象に残っているジャ・ジャンクー作品は?」という質問に対して、黒沢監督は「最初に見たということもあって『一瞬の夢』は強烈に印象に残っています。でも、意外と忘れられないのが『プラットホーム』なんです」と打ち明けた。「演劇をやろうとする若者たちが準備をするシーンで『ジンギスカン』という曲を延々と流れている。なんの思い入れもない曲だったんですが、あのシーンを見て以来、この曲が大好きになってしまったんです。ジャ・ジャンクーはああいう使い方が好きですよね。『帰れない二人』の冒頭では『YMCA』。ものすごく通俗的な曲をガンガンかける。いやー、好きです」と話していた。
ジャ監督が劇映画に加えて、ドキュメンタリーも撮っていることから「ドキュメンタリーへの興味」を聞かれると、「撮ろうとしたことがないので何が困難か、何が楽しいのか、全くわかっていない」と黒沢監督。この問答から、自らの過去へと話題を転じた。
黒沢監督「若い頃からフィクション、作り物というものに興味があって映画を撮り始めました。適当に8ミリフィルムのカメラを回すと『映したくないもの』『どうでもいいもの』が全て入ってきてしまう。それは言ってみればドキュメンタリーなんです。ある人間を映したいと思っても、背景の通行人や車が入ってくる。これが嫌で嫌でしょうがなかった。実際にはそこで起こってないこと――俳優のアクション、街なのに車も人もいない光景。こちらがコントロールして、フィクションの側に変換していったものを作り出すことが“映画作り”だと昔から思っていて、それが楽しいんです。だからこそ、それ以外の作り方が全くわからない」
「撮ってみたいロケ地は?」という質問については、「『ここで撮ってみたい』という素直な欲望はないわけではないんですが、いつも封印しています。そんなことを言っても撮れるわけがない。制作部が提示してくれた場所を見て『ここなら撮れる!』と思えるかどうかです。そこがスタートだなと」と前置きしつつ、意外な場所の名前を答えてみせた。
黒沢監督「本当に何をやっても良いというのであれば、渋谷で撮れたら楽しいだろうなと。今、渋谷の街は大改造の途中。どうなっていくのか想像がつかない。新しいビルが建つ一方で、これまであった街並みが破壊されていて、非常に興味深い状況になっている。『ここを使えば面白い映画が撮れるんだよな』という思いを自制しながら、いつも渋谷の街を通過しています」
ジャ監督の正式な欠席が発表されたのは、トーク開始から50分が経過した頃だった。そのタイミングでは、ジャ監督が「義和団」を題材にした武侠アクション映画「在清朝」(現在、製作は進んでいない状態)の話題を展開していた黒沢監督と市山氏。同作は、香港のスポンサーから頼まれたジョニー・トー監督が、ジャ監督にコンタクトをとった作品だった。トークでは、両名による“ジョニー・トーのユニークな逸話”も語られた。
黒沢監督「香港映画祭でジャ・ジャンクーと会っていたんですが『ジョニー・トーが開いたパーティがあるので来ないか?』と誘いがあって、2人で一緒に行ったんです。ジョニー・トーは初対面でしたが、会うやいなや強烈なハグをされました。ジャ・ジャンクーも戸惑ってましたね。これを見た人は、僕とジャ・ジャンクーが、ジョニー・トーの舎弟に見えるなと(笑)。その後も何度か会っています。すっかり舎弟のひとりです」
市山氏「東京フィルメックスで『長江哀歌(エレジー)』を上映した際、ジョニー・トーも『エレクション』を携えて来日していたんです。オープニングが終わった後、ジョニー・トーから『レストランを予約したから、ジャ・ジャンクーとチャオ・タオを連れてこい』と連絡がありました。しゃぶしゃぶをご馳走になったんですが、その後、香港の新聞に“ジョニー・トーが、ジャ・ジャンクーとチャオ・タオらをご馳走した”という記事が掲載されたんです(笑)。親分肌なんですよね」
第33回東京国際映画祭は、11月9日まで開催。
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