黒沢清監督のためならば――蒼井優&高橋一生「スパイの妻」ベネチア銀獅子賞までの軌跡
2020年10月18日 13:00
9月12日(イタリア時間)、第77回ベネチア国際映画祭から日本へ吉報がもたらされた。黒沢清監督作「スパイの妻 劇場版」が銀獅子賞(監督賞)を獲得――日本映画としては「座頭市」(2003)以来17年ぶりの快挙だった。黒沢監督は歴史に刻まれた傑作をどう作り上げたのか。主演の蒼井優、高橋一生とともに振り返ってもらった。(取材・文/編集部)
舞台は、1940年。国家機密を偶然知ってしまった優作(高橋)と、彼と生き抜く決意をした妻の聡子(蒼井)を、太平洋戦争開戦間近の日本という時代の荒波が飲み込んでいく。9月9日、ベネチア国際映画祭のオンライン会見に臨んだ黒沢監督は、作品に込めた思いを詳細に語っている。作家としての共通テーマのひとつは「社会と個人はどう共存するのか、あるいはどう対立するのか」というもの。その対立が明確だった40年代を背景に、社会と個人の隔たりの象徴でもあり、ジャンルとしての映画的魅力を発揮できる“スパイ”に目を付けた。
プロットを生み出したのは、東京藝術大学大学院映像研究科の教え子でもあった濱口竜介と野原位。「(在学中の)濱口は、とても“文”が書ける男。文才が邪魔をしてクドイ事を言う一面もあったけど、僕はそういう一面が楽しかった。野原は良い奴でしたね。でも、卒業制作はハードな仕上がり。案外、底意地の悪いところもあってたくましい」と当時を振り返る黒沢監督。そんな2人が創出した物語を「大変面白かった。僕にはとても発想することができない」と表現している。
「戦時中、時代に翻ろうされながらも、駆け引きをする夫婦――ヨーロッパ、アメリカではスタンダードなものかもしれませんが『日本映画では見たことがない』という思いが強烈にあった」と黒沢監督。同時代の日本映画を根拠にした印象的なセリフ回しは「当時の映画を再現しているのではなく、一種のリアリティをどこに置くかというもの。当時の人々が“どう語り合っていたのか”という点は、我々は知るよしもない。映画を作る人間としては、当時作られた映画のなかからリアリティを探り当てる。それをひとつの基準にしようと。上手くいったはずですが、あえて言うのであれば『これ以外の作り方が、他にあるのか?』。当時を扱うのであれば、必然的にこの手法になるんじゃないかと思っています」と説明している。
「穏やかに生きていられたのは、最初の数分――聡子の動物的な感覚に突き動かされていった」と会見で述べていた蒼井。「映画としての違和感、非日常の世界に連れて行ってくれる作品が大好きなんです。それはすごくエンターテインメントなことだと思っています。(セリフ回しは)大変だなという感覚はありましたけど……黒沢さんがやると仰っているのなら、やるしかないですよね(笑)。こんなことをさせてくれるのは、黒沢組しかないんです」と全幅の信頼だ。一方、高橋は「終わってほしくないほどの素晴らしい時間」を過ごしていたという。穏やかな水面の下、激しく渦が巻いているような物語――どのように役を体得していっただろうか。
高橋「小津安二郎や溝口健二などの映画を色々見ていたので、自然とその時代の所作やセリフ回しが自分の中に落とし込まれていたと思います。ただ、それらを再現するわけではなく、自分のなかで解釈し、きちんと表現できるかということを念頭に置きました」
蒼井「私は、最終的に一生さんを見ながら作っていたんです。私もこれまでに見てきた女優の方々を思い浮かべていましたが、時々物真似になりそうな時があって……。監督もそれを把握してくださって『違いますよ』と指摘してくれました。そうなっている時は、私もいっぱいいっぱいなんです。だから、一生さんをきちんと見て『どうしているか』『どこで喋っているか』を参考にさせていただきました」
黒沢監督が何より嬉しかったというのは「この役はどうしてこういう行動をするのか」「どうしてこんなセリフを言うのか」という質問を、蒼井と高橋が一切投げかけてこなかったというもの。「本当にうまい俳優たちとの仕事では、僕は特に何も演出しません」という言葉を残しているが、その真意を尋ねてみた。
黒沢監督「『監督はこんな風に演出しているんだろう』と想像されることがあると思いますが、僕は何もしていません。あえてしない、というよりも“できない”んです。どうやっていいかわからないんですよ。経験上、俳優が演じてくれたままの方が『僕が下手なことをいうよりもよっぽど良い』というのがわかっている。僕は、物語を一番伝えやすくするために『どう撮るか』だけを考えているんです」
物語が進むにつれ、優作と聡子の夫婦関係は変容していく。2人にとって“普通”であったことが“普通ではない”状態となり、現状からの脱出か、それとも停滞かという選択に迫られる。狂乱の時代に、正気を保つこと――決して容易なことではない。蒼井が、黒沢組の常連・笹野高史と対峙する場面では、「狂っていること」「狂っていないこと」の複雑さを目の当たりにする。同シーンについて、蒼井に聞いてみると「私(=聡子)は事実を言っただけ」と言い表した。
蒼井「見て下さる方が“どう見るか”はわかりませんが、あのような光景はどんな時代にもあると思っています。私は、セリフ通りに生きていました。主観で見るか、客観で見るかでも、とらえ方は異なるはず。今は人の感性に対して、色々意見が飛び交う時代ですよね。(コロナ禍における)ステイホーム期間でも、そういう場面を目の当たりにする機会が増えたかもしれません」
高橋「僕は、聡子の本当の心情として見ています。その部分を現代とリンクさせるか、否かは、見る方に委ねるべきだと思っています。そこに深い意図はなく、蒼井さん自身は確かに聡子として存在していました。その要素を現代へ繋げて下さるのは、観客の皆さんです。ある時代を通して『狂っているのか』『狂っていないのか』ということをしっかりと考えるのはとても大事なことだと思っています」
黒沢監督は、2人の発言に耳を傾けながら、ある秘話を明かしてくれた。
黒沢監督「撮影の前日、笹野さんから『ここはどう演じればいいんですか? 恥ずかしながら、監督の意見が聞きたい』と連絡がきたんです。何度もご一緒しているんですが、こんなことは初めてでしたね。『いつものように、聡子がホッとするような感じでお願いします』とお伝えしました。そこからは、いつもの笹野さんの調子。笹野さんなりの解釈で、蒼井さんをリラックスさせる第一声を発してくれました。それで蒼井さんも吹っ切れたのかな。モニターで芝居を確認しながら、プロデューサーと顔を見合わせました。『この蒼井さん、凄いですね……』と。確信に満ちた表情、“全てを知った”人の顔のように見えたんです」
蒼井「撮影中はずっと緊張しっぱなしでした。聡子は人物像をつかもうとしても、どんどん変わっていってしまうキャラクター。ずっと頭の中が忙しかったんです。でも、あのシーンだけは『不安を100%捨てて楽しむぞ』という気持ちでした。大失敗してもいい。誰かに怒られてしまってもよかった。だからこそ、すごく楽しかったんです!」
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