「セノーテ」大島渚賞受賞の小田香監督が潜り込む、メキシコ神秘の泉にまつわる現在、過去、未来
2020年9月19日 10:00
世界に羽ばたく若い才能のために2020年に設立された大島渚賞の第1回受賞者となった小田香監督が、メキシコ・ユカタン半島洞窟内にある泉の神秘、マヤ文明にルーツを持つ人々の営みを自身のカメラで追った映画「セノーテ」が公開された。ドキュメンタリーではあるが、水中世界と地上の光と色、そして闇、それらを覆う音のコラージュにより、人間が持つ太古の記憶を呼び覚ますような、壮大な映像詩が紡がれる。小田監督に話を聞いた。
18歳まではバスケットボールに熱中していたという小田監督。故障のためプロへの道は断念したが、「もうスポーツはやり切ったと思ったので、一生続けられるものが欲しかった」と、米国に留学し、初めてカメラを手にした。「処女作で何を撮るかと考えたときに、自分が同性愛者だということ、家族と向き合うものを撮ろうと決めた」と卒業制作で発表した中編「ノイズが言うには」が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。国内外の映画祭で評価されたことをきっかけに、その後タル・ベーラが後進の育成のために設立した映画学校「film.factory」で3年間学んだ。
地下300メートルのサラエボ近郊の炭鉱に単身カメラを持ち潜入し、地上では見ることのできない知られざる世界を撮影した「鉱 ARAGANE」で長編デビュー。山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞した。そして今作の舞台はメキシコ。ユカタン半島北部に点在するマヤ文明の時代唯一の水源で、セノーテと呼ばれる洞窟内の泉を、カメラを携えて泳いだ。「水深6メートルくらいの深度を移動しながら撮影しました。自分で撮影しながら、自分が何を見ているか考え、既に知っていると思ったことが実際知らなかったとわかる、そんな感覚が好きなのです」と自らカメラを回す理由を明かす。
今作では、iPhoneや8ミリと機材を使い分けた。「私の泳ぎがあまりうまくなかったのもありますが、最初テストでiPhone撮影していたら、その結果が良かったのです。伝説や神話を扱うことには慣れていたので、過去・現在・未来という時制で遊ぶために、8ミリで地上を撮って、編集するときに選択できるものが多くなればという考えで選びました。以前から8ミリフィルムへの憧れもありました」
セノーテは雨乞いの儀式のために生け贄が捧げられた場所でもあり、泉の近辺には現在もマヤにルーツを持つ人びとが生活している。彼らは現在もスピリチュアルな習慣を生活の一部に取り入れている。小田監督が現地で特に驚いたというのが、現役のシャーマンの存在だそう。
「観光用のシャーマンと本物のシャーマンが存在して、その中でも黒いシャーマンと白いシャーマンがいて、お互いを呪いあったりするんです。そして、村人はいざこざを呪いで解決しようとしたり……。そういう現実がまだあることに驚きました。観光用シャーマンには何人か会いました。実際のシャーマンにはひとりだけ会えましたが、お話しされていることは何も理解できませんでした。同行してくれたメキシコ人のアシスタントもわからなかったそうです。セノーテに関する記憶を聞いても、お話ししてくれるのは、セノーテには少しだけ関係あるけど、我々の知らない人の話で4時間くらい、相関図も時系列もばらばらで……。でも、逆にそれが神話っぽくっていいなと思いました」
今作「セノーテ」も映画そのものが神話で、小田監督がマヤ文明の過去と現在、そして観客を繋ぎ、新たな世界に導くシャーマンのようでもある。映画製作時には「プロットは用意せずに編集の時に考える」というやり方だ。「自分が媒体みたいになれたらいいと思っています。知らないものを撮っていくために、最初からゴールを決めないでいるんです」
自然の環境音から、人々の生活や文化的営みの声、そしてある時は実験的なノイズ音楽のようにも聞こえる、小田監督ならではの音の使い方にも注目だ。「イメージをロックしてから音の作業をしていきます。私がラフを作って、音響の方に渡していく。具体的にコンセプトがあるわけではないんです。同時録音を聞きながら、イメージに合うものを作っていく。何かの方向性があってああいう音を作り上げるというよりは、足したり引いたりする作業が大きいです。鳥や水の音は、ユカタン出身の子がフィールドレコーディングしてくれたものです」
「セノーテ」は、目くるめくイメージと音に没入する、“体感型”の作品だと言っても過言ではない。「劇場公開されたときに、どんな反応が来るのか楽しみです。もちろん映画館で見る、という設計をしています。ショットの長さは、映画館だから見てもらえる長さだなと思っています。私自身スマホで、『セノーテ』のワンショットを凝視できるかはわからないです。映画館の椅子に座って、終わりまで見たとき何が残るか見てやろう、という心持ちで見ていただける作品。あと、音環境も劇場だと全く違うのでそこにもこだわっています」
大島渚賞を受賞し、彗星のごとく現れた若手映画作家として注目を集めている小田監督。新作へのプレッシャーや使命感を感じることはないのだろうか?
「使命感というものはないです。もちろん、大島渚さんのお名前は大きいですが。でも。私個人ができることは限られているし、今とか、ここ数年でなんとか……というよりは、10年、20年たった時に、いや、あの子にあげてよかったな、と思ってもらえると嬉しい。賞をもらったときに、周りの人に言われたことは、『人生長いからこれからたくさん失敗するし、いろいろあるけど、今まで通りマイペースでやったほうがいいよ』と。多少でも映画界に貢献できればいいなと思っています」
そして、「『映画を作るのは、映画のためではなく、人の人生や命に耳を傾けるため』と常々仰っていて」と、タル・ベーラからの言葉を挙げる。「映画至上主義のような方に見えますが、そうではないんです。彼は人に寄り添いたいと思っているし、世界がより良くなればいいと思って映画を作っていると思うんです。私は映画で世界を変えられるとは思っていないですが、その考えを共有しています」と恩師の後ろ姿も見つめている。
様々なボーダーを軽々と飛び越え、ミクロとマクロが行き交う宇宙的な視点が小田監督の魅力だ。今後の予定は「どんな作品になるのかはまだわかりませんが、今は、大阪の地下水道のインフラがどうなっているのか辿ってみたいと思っています。あとは、50代になる前に宇宙に行きたいです。JAXAが連れて行ってくれる時代になればいいなと。宇宙に行ったら、『実録エイリアン』を撮れるかもしれません(笑)」と、実現が楽しみな、ユニークかつ気宇壮大な展望を語ってくれた。
「セノーテ」は、9月19日から新宿K’s cinemaほか全国順次公開。
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