全編墨絵の手描きアニメーションで綴る、愛と政治のさざなみ 「新しい街 ヴィル・ヌーヴ」監督に聞く

2020年9月11日 15:00


フェリックス・デュフール=ラペリエール監督
フェリックス・デュフール=ラペリエール監督

離婚した夫婦の再会と別れを淡々と描いたレイモンド・カーバーの短編小説「シェフの家」をベースに、1995年のケベック州独立運動を背景にした元夫婦の過去と現在、そして未来の物語を描いたカナダ製アニメーション「新しい街 ヴィル・ヌーヴ」が9月12日から公開される。全編墨絵の手描きで仕上げた初の長編作が、ベネチア映画祭はじめ、アヌシー、ザグレブなど世界的なアニメーション映画祭で高く評価されたフェリックス・デュフール=ラペリエール監督に話を聞いた。

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――監督はいつからアニメーションを作っているのでしょうか。どういう経歴を辿ってらっしゃるのか教えてください。

昔は物理学を志していて、物理や数学を学んでいました。一方で、映画を作りたいとも思っていた。ただし私はシャイだったので、あくまで隠れた欲望だったのですけれども。しかしあるとき、ヤン・シュバンクマイエルの映画を見て、ぶちのめされました。自分でも作れるような規模なのに、すごく野心的な作品であったからです。その後インディペンデントに作られる作家性の強いアニメーションをたくさん観たことで、「これこそが自分の作るべき映画なのだ」と思いました。自分ひとりですべてを作ることができる手作り感のある映画でありつつ、非常に志を高く持てるフォーマットでもあり、探求すべきものもたくさんある。

そして、2000年くらいに、「自分でも作りたい」と思うようになりました。当時は大学で物理学を学んでいたのですが辞めてしまって、ヒッチハイクでモントリオールに向かいました。バカみたいに純粋な話ですよね(笑)。ただ、モントリオールでは映画学校に入ろうとしたのですが2回入試に落ちてしまって、それでも、その学校の先生にどうすれば入れるのかとこれまで自分が作っていたものを全部見せてアドバイスを求めたところ、その熱意に押されたのか、「まあ、そこまで言うならチャンスをあげるよ」と入れてもらえました。雲の中からやっと光が差し込んできたような気分でしたね(笑)。それ以来、アニメーションを作り続けています。モントリオールではシネマテークでいろいろな作家のアニメーションを毎週上映していたので、全部行っていましたよ。良い思い出です。

おそらくほぼすべてのアニメーション作家が同じように感じているはずですが、アニメーションというメディアに対して愛憎関係があるんです。とても時間がかかりますし、技術的にも非常に大変でチャレンジも課題も多い。でも、一方で、素晴らしい可能性が秘められている。長編というフォーマットも大好きなんですが、お金の問題がとても大変です。でも、長編でのアニメーション制作には、大きな可能性があります。映像や音や時間などさまざまな要素が広大な領域に散らばっていて、それを活用することで、長編アニメーションには、密度の濃い映画を作れる可能性があるといえます。

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――監督は81年ケベック州生まれということで、映画のベースにあるケベックの独立運動を経験されています。1980年の1回目の独立住民投票は知らないと思いますが、2回目の投票があった95年には14歳でした。

いろいろな感情が入り交じるものでした。遠くで見ていたというか、距離があったような感じがします。私は当時音楽に夢中で、あまり政治に興味がありませんでした。パンク音楽のライブに出かけてあまり寝てないような「理由なき反抗」のような状況でしたので(笑)、政治的なものからは距離を置いていました。ただ、私はシクーミティというモントリオールから北に500キロ離れた小さな田舎町出身なのですが、私の家族は政治的な意識が高くて、祖父母はかなり急進的な独立派でした。なのでうちの家族は、国民投票で独立派が1%の差で負けたとき、泣いてたんですよね。

結果的に、私自身に何かがいろいろなものが残った。それを探ってみたいと思ったことが、制作のきっかけのひとつとしてありました。大人になった今、自分自身の政治的な見方としては、独立派に賛同しています。95年は独立を目指すにはすごく良い時代というか、その気運がありました。今は時代が違います。ケベックは独立とは違う課題に向き合っている。しかし改めて、今を考えるうえでも、独立について再考する必要があると感じています。

――この物語は、やはり監督個人の経験や感情に根ざしたものだったのですね。

そうです。非常に大事なことを指摘していただけたと思います。なぜなら本作は、政治的な宿命を描きつつも、そこにいる個人の親密な運命を描くものでもあるからです。主要な3人のキャラクターをテーブルに並べて置いてみたとして、全員が私であると妻には言われました。まさにそうだと思います。共同体の運命というものは、個人の運命が集積することで成り立ちます。だからこそ、個人間の親密な話であると同時に政治的な話であるようにしたのです。みなが共有する運命、みなが共有する欲望、そういったものが描きたかった。私はこの映画において、語られる言葉に対して空間を与えたいと思っていました。映画は、3人のモノローグによって構成されます。3人がそれぞれ、自分自身の「家」と言えるものを見つけようとするのです。

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――そうしたことを描くにあたり、なぜ「シェフの家」を原作としたのでしょうか?

単純に、レイモンド・カーバーを愛しているからですね(笑)。彼の小説の甘美なところだったり、複雑で矛盾を孕んだ運命論的な作風が大好きなのです。「シェフの家」は英文だと4ページ半のすごく短いもので、別れた男のところに戻る女性の視点から語られます。ただ、興味深いのは、彼女が冒頭で発する最初の言葉からこの女性は復縁が悲劇に終わることを分かっているというところなのです。それでも、彼女は男のもとに戻る。そこに複雑さ、矛盾があります。過去を乗り越えられるかもという希望とともに、そこに待っているのは行き止まりでしかないという直感的な諦念が混ざっている。すごく甘美でありつつも悲しいというような、パラドキシカルな感じがすごく好きです。

「シェフの家」はアメリカの東海岸が舞台なのですが、ケベックの現代史の展開を思わせるところがありました。だから、原作からは物語の構造を借りて、ケベックの独立をめぐって自分が描きたいと思うものを混ぜ合わせていきました。だから、「シェフの家」については、原作としての使用料は払ったんですが、「インスピレーションを受けた」というかたちで使う契約をしています。実際、「シェフの家」とは違うお話になっていますし、そのまま使ったセリフも2つくらいだと思います。ただし、原作の全体的な流れというか構造は、映画のなかにもはっきりと残っています。

――いつ頃から読んでいたのですか?

2007年、フランスのciclicいうアニメーションのアーティスト・イン・レジデンスに滞在していたときからですね。周囲に特に何もないような場所だったので、本でも読もうかと周囲に聞いてまわったところ、一人が貸してくれたのがフランス語版のカーバーでした。

――本作ですごく印象的なのは音楽の使い方です。監督の弟が演奏をしているとのことですが、音をつける作業はどのようにしていったのでしょうか? 電子楽器のテルミンも使われています。

私は三人兄弟の一番上なのですが、演奏を担当したガブリエルは一番下の弟で、現代音楽家をしています。彼とはこれまで何本か短編を一緒に作っていて、美意識が似ているので仕事がやりやすいのですよね。

本作では2つの課題がありました。ひとつは、本作が私にとって初めての物語性のある長編だということです。これまで作ってきたものは、物語があるとしても、ビジュアルの連鎖のほうに重きが置かれていたり、さほどストーリー性がありませんでした。対して本作は一編の物語がはっきりとあります。なので、ナラティブがベースにある長編のフォーマットというこれまでとは違うモードに、二人で入っていく必要があった。

もうひとつの課題は、言葉やセリフに重きが置かれねばならないということでした。音楽も表現豊かであってほしいのですが、きちんとセリフが聞こえなければならない。そのために作業は、音の波形を細かく調整していくようなものとなりました。最終的に、サウンドスケープのなかに言葉が聞こえるスペースを確保することによって、音楽は、キャラクターたちが発する言葉の空間を守るようなものとなりました。

テルミンについては、アメリカのハードコアバンド デッド・ケネディーズがテルミンを使っていることがあって、その影響ですね。パンクバンドがテルミンを使っているというのは面白いなと(笑)。

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――監督がおっしゃるように、この映画は愛と政治についての映画で、それをアニメーションで表現されています。日本ではそもそも、愛と政治についてのフィクションというものが珍しいので、これからこの映画を見る日本の観客に、一言メッセージをいただけないでしょうか。

愛と政治についての映画ではありますが、別に気取ろうとしている映画ではありません(笑)。本質的には非常にデリケートで柔らかい映画だと私は思っています。発せられる言葉を中心に、言葉への愛や、非常にシンボリックなイメージに溢れた詩的なものですし、おそらく重要なのは、政治的な運命と個人の運命を編み合わせる映画だということです。政治の話でもありつつ、それを非常に親密な形で描いています。ケベックという小さな場所の運命の話なので日本の歴史とは違う文脈を持っていると思いますが、でもそこには何か通じ合う普遍的なものがあるはずです。そこを感じてほしいです。

さらに付け加えるとすれば、日本の方はアニメーションにすごく慣れていると思います。そんなアニメーション大国の人に見てもらえるのは、私にとってすごく光栄なことです。おそらくみなさんが見慣れているものよりは、ミニマリスティックなアニメーションだと思うので、どのように受け止められるのかは非常に興味がありますし、ある意味では夢が叶ったような気持ちです。

新しい街 ヴィル・ヌーヴ」は、9月12日から渋谷シアター・イメージフォーラム他にて全国公開。

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