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ドキュメンタリー「僕は猟師になった」 池松壮亮が猟師・千松信也の人生哲学に迫る

2020年8月23日 19:00

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わな猟師・千松信也と俳優の池松壮亮
わな猟師・千松信也と俳優の池松壮亮
撮影/松蔭浩之

わな猟師・千松信也に密着し、2018年にNHKで放送された「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」の製作陣が、300日追加取材した約2年間の映像に池松壮亮のナレーションを加え、劇場版作品として再構成したドキュメンタリー「僕は猟師になった」が公開された。自ら獣を仕留め、自然と命と向き合う千松と、俳優として国内外で活躍の幅を広げる池松。今年6月、2人が初めて対面し、時に池松が聞き手となり、千松の人生哲学に迫った。

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完成作を鑑賞し、「千松さんの生き方、そして今の自分のこと、自分がたどってきた人生のことを考えました」と池松。「千松さんの謙虚な生き方。人間に対してどれだけ考えていてもフェアであることは難しいのに、フェアではない動物とフェアであろうとすること。その姿勢に感動しました」と感想を語る。そして、「既に素晴らしいドキュメンタリー作品として完成していたので、別にナレーションを入れなくてもいいんじゃないかとすら思いましたが、極限まで削られた原稿をいただいたので、自分も何かの力になれればいいなと」と、今作参加の経緯を説明し「ナレーションではアマチュアですが、俳優として千松さんの考え方、生き方を見てくれる人たちと共有すること。僕のできる範囲での意思表示はそれだけです」と自らのスタンスを明らかにする。

動物好きで、青年期は獣医を目指した千松。動物愛護やベジタリアンという方向ではなく、敢えて猟師という道を選んだ理由をこう語る。「動物の命を助ける側から殺す側に……180度変わったなんて言われますが、僕の中では180度ではなく360度回って、同じ方向の違う世界に行っただけです。もちろん子供のころから動物好きで、動物とかかわって生きていきたかった。ただ、僕の育った場所には山はなく、猟師という選択肢に現実味もないので獣医を目指しましたが、向いていないとわかったんです」

「そして大学を出て、狩猟をするようになりました。猟を始める前か後かは記憶があいまいなのですが、僕は、誰かがその命を奪った動物を食べることだけをやっているということに気づいたんです。これだけ動物が好きだと言っているのに、肝心の肉を食べるときに、動物と向き合っていないと。だから、自分自身の手で捕まえるところから命を奪うところまでやる、ということが猟を通して初めてできるようになりました。もちろん、始めたころは命を奪うことにストレスもありましたが、同時にようやく動物と向き合えた感覚があって、楽になった。自分の生き方の中で、後ろめたさを感じていた部分がなくなったのです。もちろん動物を殺めて獲るということを100パーセント素晴らしいことだと信じて、皆に勧めたいと思っているわけではありません。僕自身も葛藤しながら続けています」

「動物が好きだということとの整合性、動物と共に、自然や社会と生きていきたいと思ったときに、それは相手を生かすことでも、殺すことでもあり、それによって自分が生かされているんだと。それが動物との付き合い方の選択肢の一つだと考えたのです」

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この日、千松と初めて顔を合わせた池松は「今回のパンデミックで、人間のほか、生き物の危機も注目されていますが、山の動物の変化は感じられますか?」と質問を投げかけた。

「コロナウイルスに関しては感じていませんが、狩猟の世界では、豚コレラ(豚熱)という病気が流行しました。(野生の)猪がウイルスを運んでしまうんです。養豚場だったら、殺処分されるんですが、猪の場合は、ワクチンを食べさせるようにしたり、狩猟を禁止する対処が取られます。追い立てると感染が広がってしまうので。一方で、数を減らしたほうがいいという考えで、狩猟が推奨されることもあって、それは各県で対応が異なります」

「豚コレラでは、流行を広げる猪が悪者みたいに語られますが、そもそも養豚場みたいなところは、三密どころじゃないですし、密集して飼われているから広がるのです。人間が家畜(豚)の肉を食べるという社会の構造を守るために、(猪の)狩猟者の行動も抑えられてしまう……。そんなことを考えているときに、コロナの問題が出てきて、同じだなと。なんとなく猪の立場にいるのが僕で、養豚と例えるのは失礼かもしれないけど、都市の人間が作り上げてきた暮らしは、人々集まって、大量に食べ物を生産して、効率よく莫大な人口を養うという道を選んできました。それが、未知のウイルスには脆弱だった。山にいる動物は変わらないけど、人間がかかわる中でいろんな変化が出てくるということを感じました」と千松。

さらに池松は「動物自体の数の変化はありますか? 映画の中では害獣として生き物を人間がコントロールしているような描写もありますが?」と問いかける。

「ここ20年くらいは鹿も猪も増える一方で、その獣害が重大だと言われています。山間で農業、林業を営む人たちはどう対応していいのかわからないままやられ放題でした。この10年くらいで、多すぎるところは駆除でコントロールするということが軌道に乗りつつあります。でも、猟をする人間の高齢化が進んでいたり、人間が森に対してやってきたことは大概失敗してるので、そうそううまくいくものではない。京都の山だけ見ていても、数を減らすための猟をする場合は獲りやすい場所だけで、獲ってしまったり。様々なバランスが崩れ、人間がイメージした通りにはコントロールできないんだなということがわかります」(千松)

未知の感染症の影響で、これまでになかった生活様式を求められる中、千松のような生き方に感銘を受ける観客は少なくないだろう。千松は自身の生き方についてどう考えているのだろうか。

「猟を始めたら、思った以上に考え方や生き方、子供のころから思ってたことがすべて噛み合って、どんどん自分の人生から切っても切り離せないようなものになりました。狩猟が中心にありながら、そこから、鶏やミツバチを飼ったり、山で取った薪を燃料にしたり、山菜やキノコ狩りなどもしています。今後、暮らしを変化させたい、ということは特にないのですが、日本列島で古くから受け継がれてきた狩猟採集技術にはまだまだ知らないことがたくさんあって。そういう技術を持った高齢の方にお会いできたときなんかはワクワクします。ここ何年かを振り返っても、山や川に行くと何か獲ってるおじいちゃんがいて、そこで、道具のことなど教わったり。その時その時で、こういうことをやって日々過ぎていくのかなと思います」

「また、狩猟は農業と違って、不安定なものですが逆にフットワークが軽いんです。それは、人間以外の野生動物がみんなやっていること。天候の変化、自然の変化、気候の条件に合わせて獲物のいる場所を見つける。そんな野生動物がやっていることの真似事みたいなことが僕の暮らし。最近気候が不安定ですが、台風で山の木がたくさん倒れたら、たくさんなめこが育って、取り放題になった。そういう感じで、自然、社会の変化を見極めて、対応して、動いて物を探していく暮らしを続けています」

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素朴な質問としてデジタル機器を使うことは?と千松に尋ねてみた。「スマートフォンも持ってますし、パソコンも使います。先日も北海道の有名なヒグマ撃ち猟師の久保俊治さんとオンラインで狩猟講座を開きました。例年は北海道で開催していたんですけど。そういう時はSkypeやZoomを使います。僕自身、偏った教育が嫌いなので、うちの子供はアニメも見ますし、Nintendo Switchでゲームしたり、僕も一緒に対戦したり、最低限の電子機器は使っていますよ。何かを排除するのは好きではないんです」とバランスのとれた生活を送っていると明かしてくれた。

最後に、ナレーションという立場で千松の猟師という生き方を見つめた上で、俳優という職業に活かせるような気づきはあったのだろうか?と池松に問うと、「僕はドキュメンタリーが好きでよく見ていますが、過去から繋がる時間軸上にある現在のリアリズムという一点においてはフィクションがドキュメンタリーに勝るものはひとつもないと思ってるんです。千松さんはもうじき猟師20年目、その19年を技でカバーできる人なんて誰もいません」と謙虚に語る。

そして、「この作品は生き物と対峙する千松さんが映っていますが、千松さんは生き物と会話することは理屈上できない。しかしそこには不思議と対話が聞こえてくるんです。そこに、絶対に踏み込めない、その世界を分かち合うもの同士の交信が見えてくる。そういうものを見ていると、とてもかなわない空間だなと感動しつつも、その瞬間の心の機微に触れることはできます。その他動物の体にナイフを入れる動き、その手さばきや呼吸、それは(俳優として)数カ月トレーニングしてもなかなか到達することは出来ないので。今回は千松さんの圧倒的なその生きざまに、勝手に触れて、その空間を邪魔することなく自分の感じる温度と感覚をもって声を当てさせてもらった感じです」と述懐した。

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