【映画評論「ペイン・アンド・グローリー」】老境にさしかかったアルモドバルの晴れやかな新境地が伺える
2020年6月19日 10:00
[映画.com ニュース] 初期の狂気をはらんだエキセントリックで倒錯的な作風から、近年は、瞑想風で思索的な深みをたたえた、ヒロインを礼讃する〈女性映画〉の秀作を連作するに至ったペドロ・アルモドバルは文字通り、ヨーロッパを代表する巨匠といってよい。そのアルモドバルが70歳を迎えて自伝的なモチーフに挑んだのが「ペイン・アンド・グローリー」である。主人公の映画監督サルバドール(アントニオ・バンデラス)は世界的な名声を得た映画監督だが、四年前に最愛の母を亡くし、背中の激痛、片頭痛など肉体的・精神的な変調をきたし、引退同様の日々を送っている。
映画は、サルバドールがプールの底で浮遊しているシーンから始まる。明らかに母胎の羊水のなかでまどろむイメージだ。次のカットでは彼の幼少期、川辺で洗濯しながら猥雑な会話に興じる母と女たちの間で優しく庇護される光景が映し出される。アルモドバルにとって<水>は、つねに特権的な至福のイメージを形づくっている。
映画監督の苦悩と自己探求といえば、フェリーニの傑作「8 1/2」(63)を思い浮かべないわけにはいかない。実際、貧しさゆえに神学校に入れられた幼少期の記憶、映画が撮れないスランプ、精神的な危機を迎えた映画監督の魂の遍歴という主題は「8 1/2」にそっくりだ。さらに昔の恋人フェデリコ(レオナルド・スパラーリャ)と三十年ぶりに再会し、彼が別れ際に「君の映画はどれも僕の人生の“祝祭”だった」と呟く時、「人生は祭りだ、共に生きよう」という「8 1/2」のラストで輪舞を繰り広げる映画監督グイドの名セリフを否応なく想起させる。
だが、壮年期の映画作家の不安とその救済というフェリーニの楽天的な連帯感の表明と比べると、老境にさしかかったアルモドバルは、自らの同性愛というセクシュアリティに真摯に向き合い、鬱病を患い、迫りくる<死>の予感に絶えず脅かされている点において、作品自体はずっと苦く、屈折した、内省的なものにならざるを得ないのだ。映画の前半を覆い尽くす形容しがたい暗さは、主人公が囚われている<タナトス>の反映そのものだ。しかし、激痛から逃れるためにヘロインに手を出し、苦痛でのたうち回る満身創痍のなかで、夢想される“初めての欲望”の美しいエピソードから映画は一挙に艶やかな息吹を帯びる。アルモドバルにとって<エロス>、欲望こそが、果てしない創造力の源泉なのだ。フィクションと現実の入れ子構造を巧みに駆使したエンディングには、そんな晴れやかなアルモドバルの新境地が伺えるのである。
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ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
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