【国立映画アーカイブコラム】“ここでしか見られない”上映プログラムができるまで
2020年3月14日 11:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
国立映画アーカイブは、新型コロナウイルス感染症の感染予防・拡散防止のため、2月29日より3月8日まで臨時休館をしていました。3月9日からは館内整備等で休館となり、次の開館は、5月29日から。2020年度は最初に「EUフィルムデーズ2020」を開催し、「松竹第一主義 松竹映画の100年(仮)」や「中国映画の全貌(仮)」など14の上映企画と3つの企画展を行います。
当館の上映チラシをご覧になったことはありますか? 作品解説とスケジュールがまとまった刊行物「NFAJプログラム」(以下、「プログラム」)です。19年度の企画「逝ける映画人を偲んで2017-2018」のように8ページにも及ぶことがあり、濃密な情報量を持っています。
「プログラム」が完成するのは、初日の1カ月ほど前。告知という面ではギリギリですが、そこには、可能な限り公開当時と同じ最良の形態で上映をするという理念のもとで活動する、フィルムアーカイブならではの事情があるのです。
毎年12月末から2月にかけて翌年度の年間スケジュールを組み、テーマや会期を決めます。企画テーマは、監督別、国別、ジャンル別などさまざま。上映作品が50を超えることもあり、19年度の「戦後日本ドキュメンタリー映画再考」では66作品を上映しました。
上映企画を担当する部署、上映展示室の主任研究員の大澤浄さんは、「国立映画アーカイブにしかできない作品を優先的に上映すること」を心がけていると言います。
例えば「戦後日本ドキュメンタリー映画再考」で上映したダム建設記録映画は、オンラインやテレビで紹介されることもなく、今回の上映を逃せば見ること自体が難しい作品が多く含まれていました。「オーストリア映画・ハンガリー映画特集」で上映した『もうひとりの人』(88)のフィルムは、90年開催の「東欧映画祭’90」で上映されたフィルムがその後当館に寄贈されたものでした。本作はハンガリー映画史上の最重要作の1本でありながら、当館の所蔵フィルム以外では日本語字幕付きで見る方法が一切ない作品です。
映画の収集・保存、そして上映が、フィルムアーカイブの活動のサイクルです。なかなか知る機会の少ない作品を鑑賞する機会を提供することは、日本で唯一の国立のフィルムアーカイブである当館の大切な理念なのです。
候補作品の選定は、上映展示室内で手分けをして行います。大澤さんは言います。「上映作品は所蔵フィルムをもとに考えます。どういう所蔵フィルムがあるかなど基礎的な調査をして上映できそうな量の目安をつけたあと、上映プログラムを組む段階で詳しく絞り込んでいきます。本当は1つの企画にキュレーションの責任者を付けて1年かけて取り組めれば理想ですが、なかなかそうはいきません。研究員同士でコミュニケーションをとって、選定を進めます。事前に見る手段のない作品でも、なぜそれを上映するのか・しないのかを自分たちでしっかり説明ができるよう、文献を読み込んでしっかり調べます。ただ、候補に選んだところで、未所蔵の作品は上映素材の入手が間に合わなかったり、見つからなかったりなんてこともしょっちゅうなので、『プログラム』の締切りまでにどこまで上映作品や作品情報を確定させられるかは、映画室との連携が生命線ですね」
所蔵作品の場合はフィルムの状態確認を経ての出庫、未所蔵の作品は、著作権者や原版所有者と交渉をして、フィルムやDCP等のデジタル上映素材を購入します。こうした上映素材の準備は、フィルムの収集・保存・復元を行う部署である映画室が全て担当しています。映画室の主任研究員、大傍正規さんに、その工程について聞きました。
「まずは上映展示室から上映候補作品のリストを入手し、上映素材の準備にとりかかります。リストには映画のタイトル、公開年や監督名、製作会社等の基本情報に加えて、企画担当がキュレーションをした端的な理由、さらには過去の上映履歴等が載っています。当館がすでに所蔵している作品であれば、上映用プリントが上映に耐えうる状態であるかどうかを、過去のフィルム検査履歴等を参照して、確認します。過去10年以内に一度でも上映実績のあるフィルムであれば、多くの場合、安心して上映に回せるのですが、収蔵時期や収蔵の経緯等をデータベースで確認する作業も欠かせません。かつてニュープリントを購入した作品であっても、映写事故等で使用不可になっているケースもありますし、劣化や損傷の激しいユーズド・プリントであれば、そもそも上映に回せません。長いあいだ上映されていないフィルムについては、フィルム検査に習熟した技術者が入念に状態をチェックし、上映可否を判断します。ここで上映に堪えないと判断されたフィルムは、本来は上映すベきではありませんが、どうしても企画に欠かせない作品である場合は、細心の注意を払って上映に回すこともあります」
「当館の企画上映は、国内外における上映実績の少ない作品を多く組み込むことで、希少価値の高い作品の保存活動にもつながっています。ただ、未所蔵の作品を多く含む上映プログラムであればあるほど、著作権者である製作会社そのものがなくなっていてどこに連絡すれば良いかわからず、その調査から始める場合もあり、さまざまな事情で収集できない作品もたくさんあります」
こうした苦労の上に上映作品と素材が確定し、並行して「プログラム」の作成が始まります。そこでタイムスケジュールを組むことになりますが、これも実に大変な作業です。
当館では上映素材が16ミリフィルム、35ミリフィルム、デジタルなど複数に渡る企画が多いです。「逝ける映画人を偲んで2017-2018」では62の上映作品のうち16ミリが3作品、DCPが2作品、他は35ミリでしたが、「映画監督 河瀬直美」(本来「瀬」は旧字体)は全31作品のうちDCPが19作品、BDが2作品、35ミリが6作品で16ミリは4作品といったように、素材の種類と割合もさまざまです。
大澤さんは、「タイムスケジュールは集客の多い土日をメインに組み方を考えますが、上映素材の一番良い組み合わせを考えて組むというのは、当館ならではだと思いますね。フィルムの幅(16ミリか35ミリか)とアスペクト比(画面比)もきっちりオリジナルにあわせ、上映作品ごとに映写機のレンズを変えたり、映写機のアパーチャー(画面枠)マスクを調整したりして、一本一本の作品を一番良いかたちで上映しています。同時に、作品の相性も考えながらプログラムの構成をしなければならないので、その2つが両立するよう考えています」と話してくれました。
上映素材のみならず、スタッフも撮影、美術、音楽など細かく表記しているため、大澤さんと一緒に上映企画を担当する特定研究員の玉田健太さんは、「スタッフの表記を調べることにも大きな時間がかかります」と意外な裏話を教えてくれました。「プログラム」は、広報物としてのみでなく、記録資料としての役割にも重きを置いているという特徴があります。
「外国の人名の場合、日本語表記の前例がない人や表記が揺れている人を、出身国の発音や、本人が自分をどう名乗っていたかを調べてカタカナに落とし込んでいく作業があり、とても時間がかかります。漢字の旧字も作品のクレジット通りの表記にします。映画のクレジットのコマ抜きを細かに確認し、やれるところまでやっていますね。ここまで手間をかける背景には、後年役に立つ記録になることを前提に『プログラム』を作ろうという意識があります」
1つ1つの作品解説は、上映展示室内で手分けをして執筆しています。解説を書く上での工夫を、客員研究員の篠儀直子さんに聞いてみました。
「映画史的に何が重要か、映画史における位置づけ、注目すべき出演者やスタッフ、作品のスタイルなど、面白そうと思わせるポイントをキャッチするようにして、読む人が見たくなる文章を心がけています。解説を書きながら自分も教えられることがいっぱいあって、世界が広がります。『プログラム』を手に取ってくれた方々にも、それと同じように、映画の出来の良し悪しを問わず色んなことが伝わればいいなと思います」
最後に怒涛の校正作業を経て、「プログラム」が完成します。上映素材の納品がギリギリになることもあるため、オリジナルの16ミリでニュープリントを作る予定が、ネガの劣化により35ミリでしか作れないことが判明するなど、その後に素材の変更が生じることもあります。このように直前まで素材の確認ができない場合があるため、上映素材や分数などの訂正の貼り紙が当館に掲示されていることがあるのです。
ようやく企画が始まった頃にはもう次の「NFAJプログラム」に取り掛かっていますが、観客の皆さまが映画をご覧になる会期中にも、滞りなく上映を進めるためのさまざまなお仕事があります。次回は、開催期間中の裏側のお仕事についてお届けします。お楽しみに!
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