【国立映画アーカイブコラム】国内唯一の「映画専門」図書室はどのように成長したか?
2019年12月15日 12:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
当館で最も気軽にノンフィルム資料に触れられる場所は、4階の図書室です。閲覧室には毎月の新着図書、国内外の映画雑誌の最新号やバックナンバー、研究機関誌が並び、閉架式の蔵書も受付で申請して、テーブル席で自由に読むことができます。
ここは日本で最初の、そして唯一の「映画専門」図書室。ただ、一口に映画専門と言っても、「映画に関する図書とは、何を指すのか?」というのは実は難しい問題なのです。
「例えば、図書室では映画の原作はきりがないので集めていませんが、監督や脚本家が原作を書いている場合は映画人の著作として所蔵対象にしています。“どこからが『映画の図書』なのか”という境界線の引き方で悩むのは、専門分野を持つ図書室ならではでしょう」と語るのは、資料室長の岡田秀則さん。図書室は、ノンフィルム資料を扱う資料室に属しています。
当館は、蔵書の柱は単行本と雑誌ではあるものの、映画パンフレットや映画祭カタログなど、国立国会図書館の納本制度でカバーされにくい本も収集・公開の対象です。映画図書室の運営は、映画という専門分野を持つがゆえの試練に日々直面することでもあります。
そのやりがいを、岡田さんはこう話します。「大衆文化である映画は、専門的な研究書がある一方で、ファンが作ったミニコミ誌、いわゆるZINEのような本も多く存在します。そういう本も視野に入れなければならないため、専門の古書店と連絡を取り合って色々な出版物に目を配り、映画に関連する図書を網羅するべくアンテナを張っておく必要があります。そこが、面白いと同時に難しさでもあります」
図書室では、一般の流通経路を通らない珍しい本の数々も実際に手に取ってご覧いただけます。例えば、幅47センチ、高さ56センチ、重さ約11キロという限定版の巨大本「スター・ウォーズ : ザ・ブループリント」や、打って変わって、幅7センチ、高さ9.5センチの手のひらサイズの豆本(例:「洋酒マメ天国 第28巻『私設名画館』」)、映画人が自ら発行した私家版(例:夏川静江著「私のスタヂオ生活」)など。当館の蔵書はOPAC(http://opac.nfaj.go.jp/drupal/)で検索できるので、気になる本を探してみてください。
図書室は、購入する図書の選書から発注、書誌の作成、受付でのお客さま対応など、一連の業務を4人の司書が担当しています。司書のひとり、笹沼真理子さんは「個人的な興味とも合い、ここでの仕事は楽しいです。お客さまからレファレンスを受けることも多いですが、質問を調べると、分かったつもりでいたことが実はそうじゃなかったと学ぶことも多くて、日々勉強になります。図書室での調べ物を反映して新しい映画文献に役立ててもらえたときや、フィルムが失われ、文献しか資料がない映画について知ることができたときはとても嬉しいです」と仕事の面白さを教えてくれました。
1978年に開室したとき、図書室は研究者向けの施設で、司書も在籍しておらず、広く蔵書を公開する体制が整っていませんでした。そんな中で図書室の発展に大きく貢献されたのが、大著「事典 映画の図書」の作者で映画書誌家の辻恭平(つじ・きょうへい)さん(1905-1997)です。
インターネットもない時代。辻さんは事典の制作を進めるため、全国の公共図書館を行脚し、全ての書誌カードを1枚1枚調べて回りました。図書館で使われる「日本十進分類法」で映画はひとつのカテゴリーになっていますが、さらに枝分かれした分類が必要なため、映画という分野の特殊性を考慮した映画専門の図書分類表を独自に考案し、事典を完成させたのです。
95年に当館は建物を新築し、それまで実質的に会議室と兼用だった図書室は、ゆったりとした閲覧スペースを設け、お客さまへの公開を前提とした空間へと生まれ変わりました。このとき、当館は辻さんの分類表を採用することを決め、全ての蔵書に図書番号を付けられるようになったのです。
笹沼さんは言います。「分類表が載った『事典 映画の図書』は、カタロギング(目録化)の際にはいつも参考にしています。最近は新しい分野も増えてきているので少しずつ改訂していく必要はあるかもしれませんが、辻さんの分類法を基本としてやっていくことは、今後も変わりません。図書室の基本となる部分を作り上げてくれたことは、本当にありがたいと思います」
また、図書室の最初の蔵書となった約1700冊は、フィルム・ライブラリー協議会(現:川喜多記念映画文化財団)を通じて寄贈された、辻さんが長い時間をかけて集めてこられた蔵書でした。図書室の誕生時から、その充実に尽くされた辻さん。生前の辻さんを知る客員研究員の佐崎順昭さんに、当時について聞いてみました。
「事典の作成中、辻先生はフィルムセンターに週に数回顔を出されていました。当館の書誌カードを作られたり、私たちに買うべき本を提案してくださったり、教育映画目録など一般の書店で流通しないような目録を仕入れるよう教えてくださったり、とにかく多くの貢献をされました。ご自分のもとに送られてきた本を寄贈されたことも何度もあります。“映画の専門図書室は日本でここしかないのだから、充実させないといけない”と常に言われていたことを覚えています。わずかな予算に苦言を呈されることもありましたが、優しい、紳士的な人柄で、当時20代だった私は、映画の本に向き合う基本的な姿勢を辻先生から教えてもらいました」
辻さんの遺産を糧として、図書室は今では約4万9000冊の蔵書を誇るまでに成長し、一般のお客さまにも活用していただける場となりました。95年以降は司書が在籍するようになり、長らく後回しになっていた映画祭カタログ(03年公開)や映画パンフレット(11年公開)のカタロギングに取り掛かれるようになりました。
岡田さんはそこに至る背景をこう話します。「映画祭カタログは、各国の国際映画祭に行っている方々や業界の方などからのご厚意で集まってきました。パンフレットは、08年に閉店が決まった渋谷の映画パンフ専門店から受けた大量のご寄贈が“そろそろ取り掛かろう”と決断するきっかけになったんです。そうした、日頃の人間関係の蓄積で成り立つ例も多いです。11年に『映画パンフレットの世界』という展覧会を開催した後は、個人の映画ファンの方からのご寄贈が増えました。そういう意味では、公開することで所蔵が充実していく場合もあります」
近年、図書室は古書の収集にも大きく力を入れています。笹沼さんは自ら古書店や古書市に足を運んでは、未所蔵の本、とりわけ雑誌の欠号を探しているそうです。
「定期的に顔を出していると古書店の方から色んな情報を教えていただけるようになるんです。図書室で雑誌の欠号リストを作って、それを古書店に渡して欠号が見つかったら教えていただく方法も始めています。人とのつながりの大切さを感じます」と、図書室の仕事における、周囲との関係性の大切さを伝えてくれました。
蔵書の充実はもちろん、上映企画の参考資料をホームページで公開したり、新着図書コーナーを設置したりと、より多くの方に活用していただけるよう図書室は工夫を重ねています。17年度には、デジタル化した戦前の映画雑誌をパソコンでご覧いただけるデジタル資料閲覧システムを導入しました。現在は「大日活」「松竹」「新映画」など戦前の映画雑誌900冊以上の閲覧が可能です。
「研究的な図書室の顔は開室当時から相変わらず持っていますが、今はそれだけではありません。もっと広がりのある場所になってきたと思います。いろんな映画ファンの方々や学生さんにも、たくさん来ていただきたいと思います」と、岡田さん。
図書室の開室時間は午後0時30分から午後6時30分(入室は午後6時まで)。休室日は、日・月曜日、祝祭日、休館日、年末年始と特別整理期間です。壁には「マダムと女房」(31)、「煙突の見える場所」(53)の巨匠五所平之助監督の俳句をあしらった版画が掛けられた図書室。気になる俳優や監督に関連する本を1日読みふけるもよし。上映や展示を見る合間にふらっと立ち寄るもよし。皆さまひとりひとりにあった楽しみ方をしていただけます。上映や展示に比べて少し敷居が高い場所に感じられるかもしれないけれど、全くそんなことはありません。色んな方々の映画への思いが作り上げてきた図書室です。ぜひ一度、お越しになってみてください!
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