【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「サウナのあるところ」
2019年9月3日 18:30

最近の日本ではサウナが流行していて、サウナを愛する人を「サウナー」とか、サウナ活動を「サ活」と呼んだりするらしい。本作は2010年の映画なので、日本のそういうブームに乗ってフィンランドから掘り出されてチョイチョイっと上映することになったのかなあという気がしたが(まあ日本の配給会社にはそういう意図はあったと思うけど)、実際に観てみたらまったく違う感想を抱いた。
これは心にぐさりと刺さってくる、人間性についての深く良い映画である。
前提の知識を共有しておくと、フィンランドはサウナの本場であり、そもそも「サウナ」という単語自体がフィンランド語。人口550万人なのに、サウナはなんと300万個もあるのだという。ひとり一個?
日本の温泉などにあるサウナはとにかく熱いイメージだが、フィンランドのサウナは摂氏60度から80度ぐらいの低い温度。利用者はひしゃくをつかって、熱くなったサウナ石に自分で水をかけ、蒸気をじゅわっと立ち込めさせる。低温で高湿度ということになり、裸でずっと長居できる居心地の良さがフィンランドのサウナの特徴なのだとか。
本作には、キャンピングカー型とか公衆電話ボックス型とか様々なサウナ小屋が出てきて楽しい。でもそれは本筋じゃなく、観ていてもっとも惹きつけられるのは、サウナにいるフィンランドの男たちのたたずまいだ。
フィンランドといえば名匠アキ・カウリスマキ監督が有名で、「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」や「浮き雲」、「白い花びら」などの作品は夢中になって観た。最近だと「希望のかなた」も。多くの作品でカウリスマキは、苦しみに耐えながら日々を送る労働者階級の人々を描いている。彼らはぶっきらぼうで寡黙で素朴で、しかし芯は強く、語るよりも黙り込んで耐え忍ぶことを選ぶような人たちだ。それはまるで、とうにいなくなった戦前の日本人の肖像のようでもある。
本作「サウナのあるところ」にも、同じような無骨なフィンランド人たちが出てくる。しかしカウリスマキの映画とまったく異なるのは、その無口な彼らが裸になってサウナに入り、熱々のサウナ石に水をじゅわっとかけて蒸気を立ち込めさせると、蒸気で心が溶け出してしまったかのように、一気にしゃべり始めるのである。ときには饒舌に、ときには訥々と、そしていつの間にか涙を流しながら、男たちは逝ってしまった娘への思いや、職場の事故を止められなかった悔恨や、犯罪者からどう立ち直り家族を持つに至ったかなどを、話し続けるのである。
その話をとなりで聴いてるのは、長年連れ添った妻だったり、友人だったり、仕事終わりの会社仲間だったりする。みんな裸で「うんうん」「わかってるよ」「一緒にいるよ」という表情で聴き続けているのである。
しみじみと「ああ、これが人間だなあ」と思う。本作の原題は「男の番」だという。ヨーナス・バリヘル監督はインタビューでこう語っている。「サウナは肉体的に自分を清潔にするためだけでなく、精神的なものでもあるのです。誰かをサウナに誘うということは、深い会話をしたいという暗黙の了解のような意味があると言えるでしょう」
9月14日からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、新宿シネマカリテほかにて全国順次公開。
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