【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「RBG 最強の85才」
2019年6月1日 06:00
タイトルのRBGというのは、画像の三原色のことではない。それはRGB。RBGは、ルース・ベイダー・ギンズバーグという女性の頭文字をとった愛称だ。彼女は現在86歳(作品当時は85歳だった)で、最年長のアメリカ連邦最高裁判事というすごい肩書の人である。
本作で描かれるRBGはとても魅力的だ。冒頭に登場してきた彼女は、パーソナルジムでダンベルを持ち上げたりプランクで腹筋鍛えたりしている。招かれた大学のイベントで「スマホは持ってますか?」と聞かれ、「スマホは持ってる。でも自撮りはしませんよ」と答える。なんとも言えずかわいらしい。
そして彼女の家庭や暮らしぶりも微笑ましい。1933年、ユダヤ人の家庭に生まれ、ハーバード法科大学院に進んだ。1950年代のこのころは女性の権利はほとんど顧みられず、500人あまりの学生のうち女子学生はわずか9人だった。主席で卒業するが、女性を雇い入れてくれる法律事務所は皆無だった。しかたないから大学教員の仕事を見つける。
学生時代に知り合って結婚した夫マーティは、弁護士として優秀だったが、料理などの家事を買って出て妻の仕事も支えるようになる。マーティが楽しそうに「うちの子供たちには味覚というものがありまして、子供たちの要請により、ルースは料理をしないことになっております」と語る過去の映像も出てくる。
もちろん、彼女のこれまでの素晴らしい仕事ぶりもあますところなく描かれる。RBGは大学教員をしながら女性差別の問題に取り組むようになる。1960年代から70年代にかけ、彼女は女性の権利を勝ち取るための法廷闘争を展開し、そして圧倒的な勝利を収めた。最高裁で彼女が弁論を行った6件の裁判のうち、なんと5件で勝訴している。1980年、カーター大統領に首都の控訴裁判所裁判官に指名され、そして1993年にはクリントン大統領に指名され、ついに連邦最高裁判所判事になった。以来35年の長さにわたって、最高裁判事をつとめているのだ。
この映画は昨年、ドキュメンタリーとしては異例なほどにアメリカでヒットした。チャーミングな女性とは言え、司法の頂点に位置するたいへんな権力者である。なぜその85歳が?
それを知るためには、彼女の置かれている立場を知っておいた方がいい。以下の知識を持っておくと、本作はさらに楽しめるだろう。
アメリカ連邦最高裁判事は9人で構成され、自分で退任を申し出るか、懲戒などされない限りは、死ぬまでその任を務めることができる終身制だ。欠員が出た時にだけ、そのときどきの大統領が指名して、議会で承認されるしくみになっている。
こういう制度なので、この9人のイデオロギーのバランスがつねに問題になってきた。ちょっと前まではRBGもふくめて民主党寄りのリベラルが4人、共和党寄りの保守が4人、そして残るひとりのアンソニー・ケネディ判事はもともと保守なんだけど、LGBTや妊娠中絶などの問題ではリベラル的な姿勢もあり、中立的な立場とされてきた。つまり4:4:1でバランスが取れていたのだ。
ところがこのケネディ判事が、昨年夏に高齢のために引退することを表明した。次はだれが判事になるのか? 大統領はトランプである。当然、保守の判事を任命することになる。そうするとリベラルと保守のバランスが、4:5で保守に傾いてしまう。当然リベラルからは「トランプ政権という状況なのに!」という悲鳴が上がる。
そして実際、トランプはブレット・カバノーという人を指名した。この人はかなりきつい右寄りで、おまけに高校時代の性暴力で告発されていたから、アメリカ社会は騒然となり、反対デモも行われて逮捕者まで出た。しかし結果的にカバノーは承認され、最高裁判事に任命された。昨年10月のことだ。
こういう状況だから、最高裁がトランプ寄りになることをリベラルの人たちは非常に恐れている。そういう中で、リベラリズムを体現する象徴的な人物であり、最高裁がどんな判決を出してもリベラルよりの反対意見を提示するRBGは、「救いの神」のような存在になっている。アメリカの伝統的なリベラリズムが崩壊の危機に瀕する中で、RBGはその守護神になっているのだ。
このような背景のもとに、本作は生まれてきたということなのである。
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