東京国際映画祭コンペ部門「スヴェタ」が描いた“善と悪”の境界線
2017年11月5日 18:00
[映画.com ニュース] 第30回のコンペティションに参加した「スヴェタ」は、コメディ「My dear children」(09)でロシアのKinoshok国際映画祭・審査員特別賞とプレス賞を獲得した女性監督ジャンナ・イサバエバの最新作。夫とふたりの子供と暮らす聴覚障害のある女性が人生の危機に瀕しとった行動は? その手段を選ばぬ“抵抗”は観る者に大きな衝動を与える。前作『わたしの坊や』(15)同様に“善と悪”の境界線を見据えた本作について、監督と出演者に伺った。
ジャンナ・イサバエバ(以下、イサバエバ監督):まず、数年前のカザフスタンで通貨の切り下げが起きたことが発端です。それによってカザフスタンの通貨に対してドルが2倍の価値を持つようになり、非常に失業率の高いインフレが続いています。そうなると失業者が増え、ローンの支払いが出来なくなり家を失う人もたくさんいました。そして、その時、健常者ですらこの社会の荒波を超えるのが大変な状況であるなら、障害を持っている人々はもっと大変なのではないかと考えたのです。その思いがこの作品を作らせるきっかけとなりました。
イサバエバ監督:言葉も音楽もない作品は、観客のみなさんがどのような反応をするか心配ではありました。観るだけでは物足りないのではないか? とも思いました。実は、シナリオの段階では健常者が普通に話す場面もいくつか入っていました。でも、実際に撮影してみると今回の主題に合わないし、流れも途切れてしまう。どうしても散漫になってしまうような気がしたので、そのシーンはカットして手話だけのシーンで構成をしたのです。
ラウラ・コロリョバ:演じる時に気をつけたのは、リアリティを醸し出すことでした。最大限、実生活に基づいた表現をすることを心がけました。たとえば怒りの場面なども、本当に感情が爆発するくらいにまで気持ちを高めて演技しました。なかでも難しかったのは、シングルマザーの同僚を石で殴るシーン。そして、彼女の子供を施設に預けた後で、泣くシーン。あの時スヴェタは感情がすごく高ぶって泣くのですが、最初は目薬でも使って涙を流せばいいのかなと思っていました。しかし、監督さん曰く「そのシーンの撮影までに自分の気持ちを高めて、自然に泣けるようにしなさい!」。そういう指導を受けたのです。私自身がその気持ちになるまで、感情を高ぶらせることがとても難しかったです。
ロマン・リスツォフ:2つの難しい局面がありました。ひとつは、夫がスヴェタと口論をするシーン。会話のテンポも速いし、多くのセリフをお互いに投げあうピンポンのようなシーンが長く続くので。たくさんのセリフを覚えて、それを表現するのが非常に難しかったです。もうひとつは、自分の祖母を殺してしまうシーン。いかに悲しくて、苦渋に満ちた選択をしたのか、その内面を表現するのが難しかったです。
イサバエバ監督:私が何よりもまず考えるのは、「いかなる善人であっても非常に恐ろしい悪行を犯してしまう可能性がある。ただ、そういう状況に至るまでにはなんらかの理由がある。また、逆に、ひどい極悪人であっても、素晴らしい善行を行うことがある」ということです。いままで私が撮ってきたいろいろな作品の中で主人公は非常に悪いことをしますが、私はそういう主人公を作品の中で正当化したいのです。では、“正当化”というのがどういう意味かというと、観客のみなさんに許してもらわなくてもいい、受け入れられなくてもいい。ただ理解して欲しいのです。なぜこういうことをするに至ったのか、たとえば、スヴェタの育った環境、彼女自身が抱えている障害という困難。それを理解してもらいたいのです。彼女に悪いことをしていると言う自覚はありません。なぜなら、彼女にとっては生きるための手段だからです。
イサバエバ監督:おっしゃる通りです。多かれ少なかれ、みんな戦いながら生きています。「Never give up!」というのは、私が自分に課しているモットーでもありますが、スヴェタにとっては生きるための意味でもあるのです。
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