市子のレビュー・感想・評価
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「長谷川さんこれ誰なんですか?」「市子です。」「そりゃどうも。存在せえへんのですよ。」
訳あって、なりすます物語。最近だと「ある男」とかと同類の物語。共通するのは、なりすました人間が悲しいサガを抱えていること。自分自身では抗えない人生を生きてきたこと。そして、そんななかでも幸いなのは、わずかでも味方になってくれる人間がいたこと。そして、残念なことに、なりすました人間は結局幸せをつかむことができないこと。
「みそ汁の匂い。幸せそうな匂い。憧れの匂い。」
「うちな、花火好き。」
「嫌いな人おらんで。」
「でもな、みんなが上見てるとき、うち安心すんねん。」
「最高や。全部流れてしまえ。」
なりすましと分かったうえで頭から見ていれば、市子のひとつひとつのセリフが全部フラグになっている。初めから人生を諦めてる市子のテンションは終始低く、ときに夢を見る気持ちが芽生えたときに見せる笑顔が反動で切なく見える。その絶妙な熱量を杉咲花が好演している。長谷川役の若葉竜也もよい。二人ツーショットの写真が飾られている本棚には、サニーデイのCD。そのセンスがまた、いい。
ただ、北君と自殺志願(?)の女はなぜああいうことに?市子がそうしたのか?もしくは、市子を守るために二人がその行為を選んだのか?それによっては市子に対するこちらの気持ちはずいぶんと変わってくるな。
ふと思う。世の中、これだけの人が生きている。例えば年間自殺者の数はかつては3万人といわれた(近年は若干減少したようだが)。そこに意識が行きそうだが、じつは失踪者の数においては8万人ちかい。その8万人がすべて自分の意思で消えたわけではないだろう。何人か、いや何割かはこれと似た状況での失踪(市子だけでなく、北君や自殺志願者含めて)であると思えなくもないな。
23-145
戯曲を映画化 演劇を見たかった…
きっと明日はいい天気
NHKの朝ドラ「おちょやん」で主演を務めた杉咲花が主演ということでしたが、個人的に彼女は初見。それで驚いたのですが、演技が抜群で、彼女が演じた「川辺市子」という人物が、本当に実在の人物のように感じられました。
内容的には、いずれも昨年公開された「さがす」や「ある男」と同じ系統と言えば同じ系統で、突然失踪した家族(本作の場合は同棲相手だけど)の行方を捜す物語であり、戸籍制度のエアポケットに関わる物語でした。本作では、父親のDVから逃れてようやく離婚した母親がその後市子を出産したものの、民法の規定のために出生届を出せなかったが故に無戸籍になってしまい、結果的に公的公的医療保険は勿論、「市子」としては学校にすら行けないなど、一切の基本的人権がない状況のまま大人になって行くという痛ましい物語を突き付けられるというとても重たいお話でした。
そんな痛ましい状況下で生きる市子ですが、生きて行くために文字通り何でもして来たことが描かれています。生まれは1987年、本作の舞台は2015年だったので、齢28歳の女性な訳ですが、この間辿った彼女の数奇な運命は、想像を絶する苦難の連続。そんな彼女の半生に、リアリティというか立体性を持たせ、物語を重層的なものにした戸田監督に拍手を送るとともに、繰り返しになりますが、市子に魂を吹き込んだ杉咲花の演技には最大の賛辞を送りたいと思います。
因みに本作のテーマとなる「戸籍制度」ですが、世界的に見渡すと日本以外では中国と台湾にしかないそうです。以前は韓国にもあったようですが、男系血統中心の家父長的家族制度を土台にしている戸籍制度は、男女同権などに反するということで最高裁で違憲と判断され、2008年に廃止されたそうです。
ただ本作の魅力と言うか、いいところ(奥ゆかしいところ?)は、世界的にも稀で、韓国同様に明治以来の家父長制に端を発する戸籍制度に対して、「断固反対!廃止せよ!」というメッセージを声高に主張している訳ではないところでした。むしろ、戸籍制度からこぼれ落ちてしまった人に光を当て、そうした人を社会として如何に包摂していくかということを考えさせてくれる優しい視点こそが、本作の肝だったように感じました。
本作の中盤で、市子が戸籍を作りたいと支援者に相談したことが語られます。制度的にも「就籍」という手続きをすることで、戸籍を作ることが出来るとのことですが、そのためには指紋採取や親の認知証明が必要と分かった市子は、支援者の前から姿を消してしまったそうです。支援者の話では、こうしたことを伝えると、半数の人は就籍を諦めてしまうとのこと。勿論戸籍を作るという事の重要性を考えれば、一定の審査や手続きが必要なのは充分に理解できますが、そのハードルが高いと感じて戸籍取得を諦めてしまう人を放置しておいていいのかという議論もあって然るべきでしょう。
なお、法務省が把握している無戸籍者は3千人余りということですが、「無戸籍の日本人(井戸まさえ著)」 という本によれば、実際は1万人以上いるようです。その原因としては、本作でも問題になった民法772条2項の「法的離婚後300日以内に生まれた子どもは前夫の子と推定される」という規定にある場合が多いとのこと。本作のように、DV夫と離婚した後でも、300日以内に生まれてしまった場合は、DV夫の子として出生届を出さなければいけないことが障害となり、結果として無戸籍になってしまうケースが多いようです。
話を物語に戻すと、本作は殆ど音楽が掛からない作品でしたが、唯一市子が口ずさむ「にじ」という曲が印象的でした。何処かで聞いたことがあるようなないような曲でしたが、子供向けに作られた曲のようで、以下のサビの歌詞が繰り返されるものでした。市子はメロディーを口ずさむだけで、この歌詞自体は本作で登場しないのですが、これを読むとまさに市子の気持ちを代弁した歌詞であり、結構泣けるものでした。これを敢えて表に出さず、メロディーだけ口ずさむシナリオにしたところも、実に奥ゆかしくて素晴らしい創りでした。
「にじが にじが 空に向かって
君の 君の 気分も晴れて
きっと明日はいい天気 きっと明日はいい天気」
またパンフレットを読むと、戸田監督は黒澤明監督の「羅生門」を参考にしたとのこと。確かに市子の子供の頃からの友人や同僚などの証言をオムニバス形式にして市子の行方を捜していく流れは、まさに「羅生門」形式。ただ論理的整合性の観点から、誰かが嘘を言っていることになる「羅生門」と違って、一見矛盾することも実は全て整合しているというのが本作の特徴であり、名作に触発されて自分流を築き上げた本作の構成は、中々見事だったと感じました。
そんな訳で、本作の評価は★5とします。
市子の明日に幸あれ!
かなり複雑・・・
極めて高レベルの問題作
思ったほど、映画に引き込まれなかった😞
市子
面白かったです。
静まり返る館内
ちょっと観客の想像に委ねすぎ
基本的人権の尊重……
「夏」に込めた感情と想い出が、美しくもたまらなく切ない一作
物語はごく普通の若い男女の仲睦まじい生活から始まるものの、そこから一転して、川辺市子(杉咲花)にまつわる謎に引き込まれるまで、実にあっと言うまの展開。戸田彬弘監督の手際は実に見事です。
市子の跡を追う恋人、長谷川(若葉竜也)と刑事(宇野祥平)は、捜査の過程で彼女が二つの名前を使い分けていたことなど、幾つもの不可解な点を見出していきます。過去と現在を行き来しつつ(日付の表記の仕方が秀逸!)、川辺市子とは誰で、彼女に一体何があったのかが少しずつ明らかになってきます。
姿を消した人が実は正体不明の人物だった、と言う作品は既にいくつも登場していて、昨年公開の『ある男』(2022)もその中に含まれる訳ですが、本作で明らかになる市子の過去、そして結末に至るまでの決断の苦しさと寄る辺なさは、映像的にはむしろ淡々と、といってもいいようなあえて抑揚をつけない演出であるだけに、一層の現実感を持って観客に突き刺さってきます。
決して楽しい気分で劇場を後にできる類の作品ではないので、年末の気忙しい状況を忘れるような気楽な映画として本作を選ぶことはちょっとおすすめしづらいものがありますが、是非とも一度は観ておきたい作品です。
日本の家族制度の根幹にある重大な問題点を突いた物語でもあり、その着眼点に感心すると言うよりも、未だにその問題点が放置されていると言うことに戦慄してしまいます。
演劇『川辺市子のために』を原作とした本作は、時系列が前後する構造となっています。丁寧な演出もあって決してわかりにくくはないのですが、市子の名前に関する設定上、どうしても初見では概要の把握が難しくなりがちです。パンフレットでは時系列に整理した年譜を掲載しているので、鑑賞後の資料としておすすめです。
ごく自然に感じられるような外光の描写が実に見事で、潮の香りが漂ってくるような薄暮の海岸、むせ返るほどの湿気と熱気に取り囲まれたマンションの一室の空気感、雑草の草いきれと足裏の砂利の感覚が伝わってくる冒頭の映像など、年末のこの時期に観ても、特に本作にとって重要な意味を持つ「夏」の季節感がよく伝わってきます。
悪魔やで…
一緒に暮らし3年、プロポーズをした翌日に失踪した女性を探す青年が、彼女を探す中でその壮絶な過去を知っていく物語。
市子の哀しき過去と向き合いながら真相に近づいていく、ミステリーチックなサスペンスドラマといった作品でしょうか。とは言え、失踪の理由は開始1分くらいで大体読めてしまうのですが…。
しかし、物語はそう単純なものばかりでなく、ただ普通の生活を送りたかった、そして何故それができなかったのか…。う~ん、辛い。
市子の過去に接点のある人物を辿って真相を追う展開は良いですね。ちょっと登場人物が多すぎる気がしなくもないが、好みの展開です。
目まぐるしく巡っていく展開に目が離せなくなるし、最後にはどんな真実が待っているのか気になって画面にくぎ付け‼…しかし、な~んとなく嫌な予感が。。あぁいう終わり方しそうな…。お!まだ続くか。あ、でもやっぱり…。う~ん個人的にこの終わり方は好きじゃないんですよね。。
終わり方こそワタクシ的にあれでしたが、終始兎に角夢中にさせられた2時間強で、哀しくもとても面白かった。
物語もそうですが、冒頭のプロポーズシーンが良いですね…。こんな可愛い奥さんと慎ましやかな幸せを感じながら…なんて妄想をしつつ、杉咲さんの演技に心をガッツリ掴まれてしまいました。
んで、印象に残ったキャラクターは彼。やってることはアレだし、思い上がりのストーカーでやべぇ奴には変わりないが、色々と協力してこの扱いって…。
好きだから当たり前なんだけど、長谷川とかには優しかったり乙女だったりする市子なだけに、この都合の良い便利屋的な扱いにちょっと理不尽さも感じてしまったりした(笑)
市子
深淵なるもの
お、これはいいぞ。
年末までの鑑賞候補作には入ってなかったのだけれど、ポスタービジュアルに惹かれて鑑賞。そしたら、予想以上に面白い! 思わぬ拾い物だった。
真夏のアスファルトの道。何故か女性の低いハミングのオープニングが印象的。
訳ありの彼女の失踪から、ちよっとしたミステリを装いながら、過去と今を行き来しながら物語が進む。まあ、普通のミステリ風に、だんだんと彼女の過去が明かされていくのだけれど、そこにとてつもない闇が帳を下ろしていた。
平板な描写の連続で、昭和のドラマを思わせる撮影スタイル。セリフも掛け合いは静かで、沈黙も多い。派手さは無いのに、何故かグイグイ来て、画面から目が離せない。
なんといっても杉咲花が、秀逸。
浮世離れした存在感が作品にぴったりマッチしていて、話の先を知りたいような知りたく無いような、不思議な感覚にとらわれる。彼女の、死んではいないけど、生きてもいないような目。単なる絶望感とも、諦めとも違う、深い沼の底のような目が良い。それを覗きたいが、近づくのが怖く思える。崖の上から真っ暗な海を覗くような感覚だろうか。
エクソシストより、よほど怖いかも。
そこそこの客足だったのだけど、エンドロールで、最後まで誰も立たなかったのが印象的。好き嫌いはありそうだけど、一見の価値あり。
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