DOGMAN ドッグマンのレビュー・感想・評価
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かけがえのない命
ファンタジー?
オヤジとアニキがサイテーと言いたい。
ダグラス少年、女の子みたいに綺麗な顔立ちだったのに、
なぜあんなオッさんになったのかと不思議だった。
モギー賢いなぁ。
ちぎれた指持って、パトカー見つけて
警察に助けてもらいに行った。
アニキのお迎えはポリー、復讐?
少年の頃の憧れサルマ、
淡い恋心が破れてしまって
🐶ちゃんたちが唯一の子たちになった。
シェルターも立ち退きさせられ、
自分が守らねばならない、と強く決心‼️
ことごとく仕事を断られ、
行き着いたのは、週一のキャバレーでの仕事。
少年の頃、父が少年向けて撃った弾が指をちぎり、
跳ね返り脊髄の取り出しにくい部位に入り込み、
ほぼ歩けなくなった足だが、少しは歩くことができる。
そして、歩くたびごとに深く入り込むのか、
命が縮まるのである。
歌う時は、マイク🎤のところ迄仲間が抱き抱えて
往復してくれた。1曲がやっと。
これだけでは、❤️する🐶たちのエサ代には足りない。
足りないぶんは🐶たちが活躍してくれた。
金持ちたちが被害届を出し、捜査する刑事たちが
見つめる防犯カメラの映像にしっかり映るのは⁉️
楽屋に花一輪持ってファンを装い刑事が探りに。
尾行され、🐶たちとの棲家にやって来たが😱
イカついギャングたちもおおぜいで押しかけて来たが、
要所要所のワナや🐶の活躍でどうにか😰
ダグラス、自分の足で立つぞ❗️と装具をはずし、
外に出たはいいけど💦
犬好きの方にはおすすめです
VOD鑑賞
リュック・ベッソン監督作品なので観てみました
じゃなきゃ観てなかったと思います
でも、
怖いジャケ写のイメージとはぜんぜん違って
人間ドラマが軸で
恋愛要素もあったり
わんちゃん達が大活躍したり
ホーム・アローンみたいだったり
音楽もとても良くて
いい映画でした
主演俳優の方
すごくいいですね
ダグラスと犬の物語
囚人ダグラス(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)が精神科医相手に語っている内容が物語のメインとなっています。
生い立ちが普通ではありませんので、リアルかどうかは判断しかねますが、犬に指示して高価なものを盗んでいたのが事実のように描かれています。
ダグラスの少年時代のエピソード中、檻の内側から見える文字が“DOGMAN”であったという場面が面白いと思いました。
映像にはありませんでしたが、排泄物などを想像すると悲惨すぎます。
氣の毒な状況でしたが、犬との関係は羨ましい限りです。
リュック・ベッソン監督作品は登場人物が魅力的です。
今作は、華々しい犬たちと、不幸な少年時代を過ごした車椅子の女装した中年に焦点を絞っています。そして、人間に失望したダグラスの視点から不条理な世界と不完全な人間を描いています。
ラストの一匹の犬は、ダグラスの指示で親子を守るためにあそこ(精神科医親子の家の前)にいたのでしょう。
ダグラスにも希望と愛が残っていたのだと解釈できます。
ダグラスがステージで披露した歌も印象的ですが、エンディングテーマが最高でした。
ワンコが大活躍するダークヒーロームービー
予備知識なしでAmazonプライムで鑑賞。
最初は多頭飼育のワンコ虐待シーンでも出てきそうで心配でしたが、ワンコが虐待されるシーンも特になく、賢すぎワンコがたくさん出てきて大活躍するシーンも多いので、犬好きとしては痛快ワンコムービーとして楽しめました。
別視点としては、虐待され半身不随の後遺症を負った主人公が、演劇と出会うことで一時の別人格を謳歌していく希望が描かれつつも、負ったハンディキャップの大きさ故か、社会的マイノリティから浮上することの限界も描かれている。
人生唯一恋をした相手との失恋、生きる世界の違いを痛感した時、主人公はいわゆる無敵の人としてダークヒーロー人生を歩み始める。
そんな主人にどこまでも寄り添う犬たちがイジらしくも頼もしくもある。
最後に精神科医が「なぜ話したの?」という問いに対して「同じものを持っているから」と答えた主人公。この真意は何だったのだろう。
精神科医のバックボーンについては詳しく触れられてなかったと思うが、最後のシーンは、教会の前で満足気に倒れ込む主人公、精神科医の家を訪ねる犬、赤ん坊をあやす精神科医が映し出される。マイノリティとして後世に希望を託したということなのだろうか。
この辺りの描写もあって、終始暗い雰囲気の映画ではあるが、不思議と観賞後の後味は悪くない。
もしかしたら噛めば噛むほど味が出るスルメ映画かもしれない。
“DOGMAN”はベッソン反撃の狼煙
フランス新時代の鬼才であったリュック・ベッソンがB級アクションや凡作を連打するようになってから久しい。
加えて、#MeToo運動でセクハラ疑惑。(後に晴れたらしいが)
キャリアもここまで…と思いきや、本作がヴェネチア国際映画祭で高評価。カムバックの兆し。
一見するとこれまでのようなアクションの類いのようだが、実際見てみるとキャリア絶頂期の『ニキータ』『レオン』のようなセンスや才気が感じられる。
幼少時、父親によって犬小屋に入れられ…という実際の事件に着想。そこから物語を創造。
ある夜、一台のトラックが検問で停められた。運転していたのは負傷した女装の男。コンテナにはたくさんの犬。
何者で、何があったか…?
処遇に困った警察は精神科医のエヴリンに協力を求め、話を聞き出す。
その男ダグラスが語る壮絶な半生…。
闘犬で生計を立てる暴力的な父、卑屈な兄。
優しかった母は家を出…。
犬に勝手に餌をやった事から、ダグラスは犬小屋に入れられる。
脚色もあるだろうが、事実でもある。何という劣悪な家庭環境、衝撃の幼少期…。
が、ダグラスは犬たちの愛情に支えられる。
ある時子犬が産まれ、ダグラスは父親から子犬を守ろうとして、父親が放った散弾銃を被弾してしまい、指と脊髄を損傷。小型犬が檻を抜け出し、警察を呼びに行き、父親と兄は逮捕。
ダグラスは保護されるも、脊髄損傷で車椅子に。やっと自由になったかと思ったが、別の自由を奪われた。
ダグラスはそれを受け入れる。全ては神の定め。
父親は獄中で自殺、模範囚で早く出所した兄をダグラスは犬を使って襲撃。
施設に預けられたダグラスは、サルマという年上の女性と出会い、シェークスピアや化粧や歌を教えて貰い、初めて恋をする。
そんなダグラスに転機が。エディット・ピアフの格好でステージに立ち、熱唱。喝采を浴びる。
週に一度だけ立つこのステージが生き甲斐に。
その一方…。
犬たちとの暮らし。生活は困窮。住んでいた所も追い出されてしまう。
生きる為に犬を使って宝石などを盗む。
やがて裏社会で名が知れるようになる。“DOGMAN”として。
表舞台では華やかな姿を。裏社会では盗みや悪人に制裁を。
いつまでも安全ではいられなかった。保険会社の男に目を付けられ、凶悪ギャングから命を狙われ…。
心根は優しい男。
宗教心あり、シェークスピアを引用。思慮深く、人の心を見据えた言動。
因果応報か、犯罪に手を染め、巻き込まれていく…。
優男が犯罪者へ転落。『ジョーカー』のような例え。
いや、そもそも犯罪者なのか…? 悪巧みは微塵も無い。悪を懲らしめ、金品などは貧しい者へ。まるで鼠小僧かロビン・フッドか。
番宣では“ダークヒーロー”もしくは“アンチヒーロー”。
個人的に感じたのは、犯罪者とかヒーローとかじゃなく、特異で、哀しき男。
GODを信じながらも、GODに裏切られ、代わりにDOGを愛し、DOGに愛され…。(尚、“DOGMAN”の由来は劇中の“GOD”と“DOG”のある逆さ文字)
犬は誰に従順するかで運命が決まるという。それはダグラス自身もそう。
不条理な運命や社会に従順せず、愛する犬たちと共にする。
犯罪者か、ダークヒーローか、哀しき男か、“DOGMAN”。ドラァグクイーンで、車椅子。
この強烈インパクトのキャラを、注目株ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが体現熱演。
複雑な難演は勿論、エディット・ピアフやマリリン・モンローなどの女装姿で煙草を咥える仕草だけでも画になる…!
彼に匹敵するほどのワンちゃんたちの名演も!
エヴリンはダグラスの壮絶な過去に同情しつつも、犯してきた事は咎め、それでいて真摯に対話する。
そんな彼女も接近禁止令が出ている暴力的な元夫に悩まされている。
思えば、何かからの抑圧や束縛は『ニキータ』や『レオン』でもそうだった。殺し屋と愛の狭間、命を狙われ少女…。
そんな設定はベッソン自身から来てるのではなかろうか。
フランス時代は飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、ハリウッドに来てからは精彩を欠け…。いつしかB級アクションの烙印を…。
本当に作りたいもの、やりたいものに行き詰まっていたように思う。
そんな時、会心の本作。
劇中で、犬たちの余りにも利口で従順な姿にオイッ!…と突っ込まずにはいられないが、そういやかつてのベッソンの作品は大胆でもあり意欲的でもあった。
ダグラスにとっては犬、ベッソンにとっては映画が自分を導き、愛し、救ってくれたかのように。
ラスト、ダグラスは車椅子から自らの足で立つ。そして神へ反逆してみせる。
その姿はまるで、長い不遇を経て、ベッソンがこれからへ挑む反撃の狼煙のように見えた。
彼の自由意志、そして見る側の自由意志
最後の解釈、それこそ私たち見る人間の自由意志なのですよね。喜劇にするも、悲劇にするも。何とも深いですよね。
歩くことは彼にとって死への歩みを進める…。最後にいつでも行ける、準備はできていると彼の自由意思で死に向かって歩み出した…。
キリスト教では死とは、命の終わりではなく、神から全ての罪を許され永遠の安息を与えられる事だそうです。
お迎えに神は犬達をよこした。彼は許された。
と、思ったのですが…
神の元へ行くには大きな対価が必要と話していたところを考えると、神の元にはいけなかった?いや、そもそも彼は許される必要があったでしょうか?そもそも彼の罪は?
最後のエヴリンの前に現れた犬は、門番でした。彼の方へ向かってくるモノを見つめます。だから、その犬の先には彼がいる、彼が待っている。犬はエヴリンの方を真っ直ぐ見つめていました。
…考えれば考えるほどハマります。
私もこの映画すごく好きです。
彼のアンバランス感もすごく刺さりました。不幸で暴力的な人生を歩みながらも、切ないくらいに純粋でした。
人は愛され守られたい…そうですね。
言葉一つ一つがとても丁寧で、深い。
優しいジョーカー…
どんなジャンルにも属さない、人の愛に飢え、犬からの愛に包まれた男の人生物語というところか。衝撃的な幼少時代を送ったことから、半身不随となり、それでも犬達だけは彼を支えた、彼は生きるためには犬を使って犯罪を犯し、人助けのためには人をも殺した。見終わった後、何ともいえない気持ちになった。
変態の犬使い
ハードボイルドの巨匠リュック・ベッソン監督の作品ということで興味をもって鑑賞、これまでもニキータなど女性を主人公にする作品が多かったが今回はなんとドラッグ・クィーン。演じるケイレブ・ランドリー・ジョーンズの目つきが気味悪く生理的に拒否反応。加えて純朴な犬たちを手下に使って窃盗団とはなんてこと、少年虐待の実話に触発されて思い立ったらしいがこんなストーリー展開を考えるなんてやっぱり常人ではありませんね。
作家性の強いのも善し悪しですが奇抜過ぎてついていけませんでした、ごめんなさい。
肉体と精神の苦しみを、主人に忠実な犬だけが癒してくれる
最近よく見る、虐待を受けている主人公が何らかのギフトを受けて無双になる⋯かと思ったら違った。
女装した中年の男性が警察の検問に。
事情を聞かれる中語ったのは
記憶のために記す
貧乏なブリーダーの一家に生まれる。
親父はDVが酷く、母親は優しいが出ていってしまう。親父のミニチュアの兄。
大した理由もなく犬小屋に監禁される。
助かりたい一心の行動に発砲され、主人公は結果的に脊髄損傷(下半身不随)と小指を失った
しかし、警察にちぎれた小指を犬に届けさせ救われる。
施設に入り、元々あった頭の良さや才能を開花させる。→おっ?ギフトか?
孤児院時代に演劇の才能に目覚める
しかし、演劇に導いてくれた女性との別れ(初恋)
その女性を追っかけ、楽屋にも行くが彼女は既に結婚をしていた(失恋)
せっかく得た仕事(保護犬飼育)も、予算削減のため奪われる
強制執行の直前に犬を連れて隠れ家に引きこもる。
生きていくためにゲイキャバレーで歌うという仕事を得る
古いシャンソンなどを歌い喝采を得る→少し救われる
犬たちの飼育のために副業をする(犬を使って金持ちから窃盗を繰り返す)
ヤクザの親分を脅迫するも、逆に仕返しされる。
逃走途中で、検問にかかり現在に至る。
なんと悲しく、悲惨な境遇か。心を許せるのは犬たちだけ。
この犬たちが、素晴らしく、言葉や気持ちがわかっているとしか思えないほどだった。
主人公を演じたケイレブが素晴らしかった。
どうせ見るならこんな映画を見てほしい。
最後のシーンは思いが溢れて深く感動した。
優しい人たちと犬たちに囲まれて良い人生生きていってほしいと強く思った。
なるほどね。
大型スクリーンも導入している大きな劇場でありながら、上映していたスクリーンは80席ほどと小さく、この作品に対する期待値がそれほど高くないという現れなのかと少し不安に。
実際に鑑賞者はまさかのたった2名というほぼ貸し切り状態。これほど入りのない作品は初である。
作品はというと、要は犬を手なずけて悪をやっつける・・・みたいな感じ。
幼少期は決して良い環境ではなかった主人公。
イ〇レた父親に虐待を受けライフルで撃たれた際に損傷し、以来車いす生活になる。
あのような環境で育てられ、実の父親から撃たれ苦労する状態に陥れられるとか。
あるいは幼い頃に出会い憧れ、想いを寄せその後成功を収める女性に意を決して遠征して会いに行くも既に婚約者?がいて絶望するシーンとか、生活のためにとあちこち働ける場所を探すもどこも取り合ってくれず門前払いとか、よく“ジョーカー”にならなかったなと。
彼がジョーカーになる理由はいくつもあったであろうに、そうはならなかった。
そこが“ヒーロー”なのだろう。
ただ、あくまでも“ダークヒーロー”。
金銭に余裕もないため犬を使って金持ち宅に侵入して宝石を奪うなど一応“ダーク”ではある。どちらかというと主人公の生い立ちがダークということなのか?
犬たちがいなかったらすぐにやられているような感じはする。決して強くはない。
でもそれでいい。彼はスーパーマンである必要はない。
途中バーで歌うシーンがあるのだけど、あれは口パク?
実際に本人の歌声ならたしかにうまいとはおもうけど。口パクだったら残念。
金髪のウィッグといい、ヘアスタイルといい、体系といい。
海外版IK〇Oさんに見えて仕方がなかった。
途中で黒髪バージョンもあったのだが、あっちの方が似合っていたようにおもうし、ダークなヒーローなのでそういった意味でも黒の方が・・・とかおもったり。
冒頭で警察にとめられ、車の中で血まみれで登場する主人公には少しワクワクしたものの、マフィアのボスの小物臭(どこかコメディー俳優臭)といい、手下のザコ丸出し感といい、ちょっと残念だった。
主人公が負うハンデと釣り合うようにああいう設定にしたのだろうか?
とはいえ、後半のマフィアとの戦いのシーンはそこそこ見ごたえはあったようにおもう。
ラストは結局どういうことなのか、主人公がどうなったのか、よくわからず終了。
よくある「観る人に解釈を委ねる終わり方」というやつなのだろうか?
個人的にはもう少し白黒ハッキリした終わり方の作品であってほしかった。
わんわん忠臣蔵
何のかんの言ってもリュック・ベッソンは気になる監督だ。かつて「サブウェイ」の冒頭いきなりのカーチェイス、さらに列車が地下に突入するタイミングでタイトル、というカッコよさに心をつかまれて以来ということになる。
ベッソン監督に私が期待するのは、スタイリッシュで切れのいい映像とクールなアクション。前作の「ANNA」は久々に溜飲の下がる思いだった。そこへ行くと、今回は全体が精神分析医と接見中の回想というカギカッコでくくられているので、アクションがリアルタイムで躍動せず、弁証的に進行していく。ファンは(わがままではあるが)とかくスタイルの継続を求めてしまうのだ。
アナの出自も底辺の境遇だったが、この主人公はそれに輪をかけて悲惨な生い立ちだ。この部分が実話からヒントを得たというから、暗然とする。映画は時に様々な現実から題材を得て構想されるが、実際に虐げられた人々のことを思うと、深い淵に沈みこむような気持ちになる。人間はどこまで残酷になれるのだろうか(ウクライナやガザで今起きていることも然り)。
精神分析医のDV夫のエピソードは、後半で犬を使って制裁を加える展開を予想していたのだが、そこは肩透かしだった。
“IN THE NAME OF GOD”のからくりには、やられた!と思った。
檻
なんて言うか重いテーマだったような気がする。
「魂を救える神はいても、命を救える神はいない」とか…。
主人公はおそらくクリスチャンだと思ってて、ラストを思うに「死のみが救済」とか「唯一の救済が死という社会構造」だったり「主が与えたもう救済が死を迎える事であるならば、生きる事の意味は?」みたいな事なのかなぁとぼんやり思う。
物語は主人公の回想をなぞるような展開で少年期から語られる。
まぁ…キ◯ガイの様な親と、自分を捨てた母親と、父に隷従するような兄が描かれる。犬との絆を構築するに足る環境の提示なわけなのだけども、家庭の歪みって問題提起でもあるのだろう。
かなり長い期間、収監されていたようで…よく狂わなかったと不思議なくらいだ。
そんな背景を起点に語られるのは、不寛容な社会なのかなと思う。
初恋の人に、懸命に拍手を贈る様は痛々しいほどに健気で…誰よりも強くたくさん拍手をしていても、見つけてもらえない。それはつまり届かないって事だ。
自分は車椅子で周りはスタンディングオベーションだから。多数派の価値観に埋没している状況が強烈に伝わってくる。彼は周りにも自分にも悔しいのだと思う。
職を探そうにも受け入れ先はない。
行き着く先はドラッグクイーンである。類稀なるその歌声が彼を助けてくれる事になる。
普通の生活をしたく努力もしてみたけれど、与えられたのは普通ではない環境だ。
彼の居場所は、この世界のどこにもない。
彼はどうやら犬と意思の疎通が出来るようで…犬を使って法を冒す。
なのだけど、ここで疑問に思うのは「法」の範囲と効力だ。彼を受け入れない社会が、彼以外の人を主な対象に作ったルール。彼が崇拝する神ではなく人が作った戒律を強制される理不尽さを感じていたのかも。
犬を使った犯罪も相互扶助にとれなくもなく…誰も助けてくれなかった社会で、本能である食欲を満たす為、犬が勝手にやった事。
犬を裁く法律はないから、罪っていう観点の所在を問うような事かと。要約すると法に触れなくても罪深い人間は腐る程いるって事なのかなぁって。
いやまぁ、それでなくても罪深い存在って前提なんだよな、確か。
ラストになってマフィアが襲ってくるのだけれど、それまで仲間であり癒しと思ってた犬が、一変して牙を向き襲いかかる。
二面性みたいに思うけれどそうではない。獣の習性を発揮しただけだ。おそらく人間にもそれは当てはまる。危害を与える存在には牙をむき襲いかかる事こそ本能だ。従順である事は理性を用いて被った仮面なのだ。
まぁ…死ぬまでシッポしか振らない人間もいるんだろうけど。
ラストに彼は正装し教会の前で死ぬ。
あの自白を懺悔として「連れ出して欲しい」と乞い願う。彼は命を全うしようと足掻いたのだろう。それでも、もう疲れたと。
「もういいよね。もう許してほしい。色々ハンデを抱え生きてきたけど、やっぱりここに居場所はない。どうか神の御許に連れ出してほしい」
僕らが普通に生きてる世界は彼の目にはそう映るらしい。
…うーむ。
全力で否定できないところが悩ましい。
主演の人の歌声は本人なのだろうか?
いや、たぶん違うだろうと思って見てたのだけど、違ってたとしても、こんな重たい役をよくぞ全うしてみせたと拍手喝采だ。
ずっと諦めた人の目してたもんな。
見逃さなくて良かった…
ほぼノーマークでしたが、
リュック・ベッソン監督作品であること、音楽はエリック・セラであることを
あるきっかけで知り、
(映画「グラン・ブルー」や「レオン」でのタッグが有名です)
それはマストじゃない!?ということで観に行きました。
これ、見逃さなくて良かったです…
ホントに。
公開されて2週間なのに
上映館も上映回もぐっと減らされて風前の灯火😭
こんないい作品が
ほとんど知られずに消えていくのは何とも惜しく思います。
主演の俳優さんの演技はもちろんなのですが、
犬たちの演技?が素晴らしい。
犬って本当に人を裏切らないんです…(人は人を裏切りますけど。)
その忠誠心のなせる技なのかもしれません。助演賞をあげたいです。
幼いときに父親の虐待を受け、
車椅子の生活になってしまった主人公。
それでも何とか希望を見出そうとするのですが、世の中は冷たく、心を許せるのは犬たちだけ…。
そんな中で、自分と犬たちの糧を得るために次第に犯罪に手を染めていく。
唯一見つけた職場は、
ショーパブで女装をしての
週に一度のパフォーマンス。
エディット・ピアフや
リリー・マルレーンを歌うシーンは、思わず心が震え、涙なしには観れませんでした。
まさかリュック・ベッソン監督を通して
エディット・ピアフを知るとは…
劇中で歌ったのはピアフの「水に流して」。
〝良いことも悪いこともあったけれど、私は後悔してない…〟
それはまさに主人公ダグラスの生き方そのものだったのでしょう。
今、ピアフを聴きながらこれを書いてます。
犯罪はもちろん許されないことですが、
社会のひずみによって生まれた底辺の人たちによる犯罪は、
社会全体の責任でもあると言えるのではないか…
そんなことを考えました。
その罪を贖ったラストシーンの描き方に
長い低迷期だった監督の復活も感じました。いい映画です。
犬とドラァグクィーンの受難オペラ
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの女装した顔と犬を重ねたアートワークだけ見て鑑賞。
もっとグロいめのバッドテイストな作品かと思ったら、そこまで酷くはなかった。
むしろ、犬の檻を抜け出して施設に入所した少年ダグラスが、恩師ともいうべきサルマとシェークスピア劇に興じたり、ゲイキャバレーでドラァグクィーンとしてデビューした彼が、エディット・ピアフやマレーネ・ディートリッヒ、マリリン・モンローに扮して、リップシンクの芸を魅せるシーンが長かったりで、要は、ある種の(ミュージカルより相応しい)オペラとして楽しめば良さそうだ。
もちろん、ダグラスは、神の名の下に少年時代に虐待され、最後に十字架の影に倒れて息を引き取るのだから、キリストの受難のイメージを重ねている訳だけれど。
まぁ、考察し出せば、いろいろありそうだけど、まずは本作で使われた懐メロの数々を復習することから、作品の反芻を始めるのが良策かと思う。
【参考】※各自URLは検索してください。
『DOGMAN ドッグマン』の挿入曲とサントラ
2023.12.22
※以上、Filmarks投稿を一部修正の上、投稿
監督、もう少しカタルシスを
お約束のファーストカット、監督戻ってきてくれたんですね。
ジェットリーのダニーザドックが犬のように育った主人公の話だったのに対して、今回は本当に犬たちが出てくる話
スリービルボードで存在を知ったケイレブさん、どんなちょい役でも凄い存在感の俳優さん。
デビューは大好きなノーカントリーだったとはビックリ
何処か狂気を孕んだ雰囲気は本作でも健在、でも留置場で話すダグラスの優しい表情は新たな面を観れた。
残念なのはカタルシスが足りないところで減点1
最初に出てくるギャングの親分、結局ラスボスなんかーい。もっと姑息で変態で狂ってるやつがラスボスじゃないと物足りない。
レオンのオールドマン然りキスオブドラゴンのチェッキーカリョ然り
でも、エリックセラの音楽、良かった。
犬たちのイエスキリスト
主人公ダグラスは「規格外のダークヒーロー」であるが、犬たちのイエスキリストが誕生する物語ではないか。病的なほど理不尽に暴力的な父親の犬への扱いに反発したことから、犬小屋に閉じ込められて悲惨な幼少期を送り、それが原因で車椅子生活を余儀なくされる。あまりに過酷な境遇に置かれた状況を描けば、リアリティさからの乖離を感じるかもしれないが、DVや虐待されている当事者にとっては、大げさとはいえないのかもしれない。自らの半生を語り続けるうちにダグラス演じるケイレブ・ランドリー・ジョーンズの迫真の演技によってドッグマンの世界に自然と引き込まれていった。時には人生の伴侶であり熱烈な信者である犬たちを犯罪に利用するが、弱き者の御用聞きとなって、さらにこの世の不幸を背負うことになる。最後の十字架の影に自らの身体を授ける印象に残るシーンでは涙がこみ上げてくる。だが、これで終わりではない気がするのは自分だけか?キリストの復活を予感させる一幕でもあったように思う。
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