「ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ何者だ」DOGMAN ドッグマン れっどべるべっどケーキさんの映画レビュー(感想・評価)
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ何者だ
最初はポスターのビジュアルから「ジョーカー的な模倣感」を受け、宣伝会社の必死さが透けて見え、正直B級映画だろうと侮っていた。だが、冒頭からその予想は裏切られる。
あと、パルムドッグ賞とかあげなくていいのだろうか。
🕺ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
存在感に圧倒され、彼は一体何者なのかと惹き込まれてしまった。女性的でありながら狂気的、化け物のようでありながら繊細さを漂わせる。その得体の知れない雰囲気は、まさに唯一無二。
😈 人間の奇妙さ
主人公ダグラスは純粋で素直、理にかなった人物として描かれる。しかし突如として豹変する姿は、人間の愚かさを鮮烈に映し出す。犬は純粋で素直で愚かだが、人間もまた虚栄心や尊大さ、傲慢さに支配されている。では、犬と人間のどちらがより愚かなのかなのか。その愚かさに人間性を感じてしまったのも束の間、犬と人間どちらが人間的なのか。その問いが作品全体を貫いている。
🐕 犬の忠誠と欠点
犬たちがダグラスに忠実に従う姿は爽快であり、同時に切ない。犬の唯一の欠点は人間を信じてしまうこと。ダグラスを囲む犬たちの姿は、まるで彼をキリストとして拝んでいるかのようだ。幼少期に銃弾を受けて倒れた場面と、クライマックスの構図が重なることで、彼の人生は「迫害と救済」の円環を描いているように見える。
⛪️ キリストとの重なり
ダグラスは明らかにキリスト的な側面を持つ。
そして同時に「人間性」とは何かを突きつける。
1. 犬との無条件の愛と絆――犬はダグラスの信徒。
2. 社会から迫害される救済者としての構図。
3. 女装という異端的な自己表現。
これらを通じて
「人間が失った愛の形」
「犠牲によって人を救うことは人間性なのか」
「自分らしさを表すことは異端なのか」
という問いを投げかけている。
📖 詩的な台詞
物語に繰り返し登場するシェイクスピアの引用は、主人公の「本好き」を反映し、詩的な台詞として響く。一瞬「それはどういう意味?」と考え込ませる言葉は、ダグラスの異端性や奇妙さを強調し、キャラクターをより魅力的にしていた。結果として映画全体に統一感と洗練された雰囲気を与え、独特のおしゃれさを生み出していた。
🎞️総評
とてもおしゃれな映画だった。そして、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの存在感が凄まじい。声優も良い意味で奇妙さを出していた。
この作品は、ダグラスと犬の無条件の愛と絆が「人間性とは何か」を問いかけ、自分らしさが異端であることされ社会から迫害される矛盾を私たちに突きつける作品だった。
人間は最も残酷で愚かな動物であることは間違いない。
