愛を耕すひとのレビュー・感想・評価
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彼の作品は本当に安心してみていられる
マッツミケルセンが自ら望んで出演したといわれているようで
彼が主演でこそ画面に説得性が生まれている
面白くも、楽しくもない物語なのだが(映画がつまらないのではない)
140分間は決して長くないのは彼所以である
この映画を一言でいうなら、あのどうしようもない貴族気取りの
腐れ外道シンケルが物語の最初にミケルセンに何度も言うセリフ
「人生はカオスだ」だが、私が映画を見終わった時に計らずも
私もそう思ってしまった事がなんだか悶絶するほど悔しかった
25-034
ミケルセンとテーマに惹かれて久々に観た洋画
めっちゃ好き
タイトルなし
乾いた荒涼な大地に響くデンマーク語がマッチ
耕したモノが永続的に実を結び続けるとは限らない現実の苦さ
外部から来た開拓者ケーレン大尉が
地域の有力者のシンケルに何度となく危害を加えられるが、
屈することなく忍耐強く開拓を進めていく。
有力者シンケルはなかなかの外道で、残酷で容赦ないので、
主人公が立ち向かって逆襲するシーンではスカッとする部分もあるが、
一方で多くの犠牲も払うため、苦さも残り、笑顔にはなれない。
なによりこの映画を印象深いものにしているのは、
主人公ケーレンが徐々に大切さに目覚めていく愛が、
開拓で対峙する自然や気候と同様にときに予想外に行き来するもので、
農作物のようにどれだけ心血を注いで耕しても、
必ずしも永続的に実を結んでくれないという苦さを
対比させて描いている部分にあると感じた。
馴染みのないデンマークの歴史や習俗の一端に触れられるのは面白く、勉強になります。
歴史ものだが、今に通じる優れたドラマ
歴史ものが好きな人も、普段は現代劇しか見ない人も、デンマーク史をよく知らなくても十分に楽しめる高度なドラマ展開。美しい大地の映像と壮大なカメラワーク、キャストは一流、監督はよく知らなかったけれどトップランク。素晴らしい映画でした。
なぜ、主人公のルドヴィ・ケーレンがドイツ兵だったのか。傭兵のような扱いではないので不思議で調べたみたのですが、当時のデンマーク王はドイツ・ホルシュタイン公爵領を保持し、ドイツ領での軍事作戦に参加していたらしいので、実在のケーレンもホルシュタイン連隊で昇進をめざしたようです。
史実に基づくイダ・イェッセンの小説「キャプテンとアン・バーバラ」が映画の原作。当時の世相を反映していますが、フェミニズムとDEIの視点から女性・弱者が重要なキャラクターとして創作され、単なる歴史小説ではないという海外書評欄の評価です。
映画のキーワードとして、「辺境」「差別」「権力」「分断」「家族」「尊厳」「暴力」などが想起されました。今、ウクライナやパレスチナで行われている理不尽な暴力や米国・日本で行われているよそ者いじめ問題に通じていて、他所から来た人も土地の人も、今ここで協力して生きるという課題に、リアリティを感じたドラマでした。
25年間も戦場にいて、人はどんな現実に直面するのか?寡黙で冷徹とも言えるケーレンですが、「家族」を得て徐々に変化していく。その内面を少ないセリフと身体の動き、そして目の表情で伝えるミケルセンの演技は素晴らしい。
さらに、小説タイトルにもなった"アン・バーバラ"の格好良さには惚れ惚れ。また、ロマの子である"アンマイ・ムス"を演じたメリナ・ハグバーグの生き生きとした演技が暗い色調の画面をとびきり明るくしています。彼女が腕を上げて『パンケーキ!』と叫んだシーンはアドリブ(本物のパンケーキが出てきたから)、台本にないセリフでしたが、あまりに素晴らしく美しいと感じて、そのまま映画に使ったという監督ニコライ・アーセルの弁。
蛇足ですが、家族の食事シーンは何かハリウッドの「古い西部劇」を見るような懐かしさもありました。
感動的な力作だが、見ていて余りにも辛い
横暴な領主は、なぜ、ただの退役軍人を苛め抜いたのだろう?
18世紀の中頃、退役軍人のための救護院で食いつめていたルドヴィ・ケーレン元大尉は、耕作不能であるとされていた荒地(ヒース)の開墾をデンマーク王室の行政官に願い出る。開墾ができた暁には、貴族に叙せられることを条件として。荒地の開墾が王の望みでもあったことから、異例なことに許可が下りる。
開墾を志した王の土地に対して、近くの荘園領主フレデリック・デ・シンケルは領有権を主張し、ケーレンの邪魔をし抜く。なぜあれほどまでに、虐めたのだろうか?
ケーレンが、横暴な貴族の落としだねであったことが大きかったのではなかろうか?この映画のデンマーク語の原題は、「出自のはっきりしない者」。シンケルは、顔を見ただけで、それが判ったと言っていた。しかし、シンケルが、食料の足りない開墾者たちに、クリスマスのごちそうの残りを持ち込んだり(ケーレンは、むろん拒んだが)、彼としては異例この上ないことに、取引を申し出たりしたのには(入植が成功した時には、彼に有利になる条件をつけてだが)、他にも、二つの理由があった。
一つは、ケーレンがジャガイモの栽培をしようとしたことだろう。ジャガイモは欧州の救いの神だった。最初に、スペインに入った年代こそ、はっきりしないが、その後は戦争のたびに拡がっていった。フランスには16世紀末に、ドイツでは18世紀初頭に重要な作物になり、デンマークの隣国スウェーデンには18世紀の中盤には持ち込まれている。痩せた土壌と厳しい気候でも収穫が可能なジャガイモは、このヒースにこそ格好の作物であり、偏ってはいるが、ある種の感性を持つシンケルには、それがわかっただろう。
二つめは、やはり女性のことか。一人は、シンケルの従姉妹で、ノルウェーから連れてこられたエレル、もう一人は、かつてシンケルの使用人であったアン・バーバラ。あとは、見てのお楽しみ。
一つ不思議だったこと、タタール人、とりわけアンマイ・ムスと呼ばれる少女が大きな役割を果たすが、タタール人は普通トルコあたりから流れてきた人を指す。アンマイ・ムスは、南から来たと言われ、肌の色も浅黒く、どう見ても(インドから流れてきた)ロマだった。
彼は幸せだったのか
でも僕が欲しかったのは君だけなんだ
いつもはあの女優さんが
一大叙事詩
「007/カジノ・ロワイヤル」(06)で強敵ル・シッフルに扮したマッツ・ミケルセンを初めて観たとき、悪役なのにあまりの魅力的な存在感に心を鷲づかみにされた映画ファンの一人ですが、今作もまた、非常に重厚で見応えのある歴史ドラマのど真ん中にミケルセンが鎮座し、先の読めない怒濤の展開に固唾を呑んで魅入ってしまいました。舞台となる18世紀半ばのデンマーク、荒涼とした荒野(ヒース)の自然の厳しさと対比して、人間のちっぽけさがひしひしと伝わってきました。こんな痩せた地を鍬で開墾しようとするケーレン大尉(マッツ・ミケルセン)の無謀とも思える挑戦の前に立ちはだかる広大な自然、さらには歪んだ権力意識をもつ残忍な領主デ・シンケル(シモン・ベンネビヤーグ)との対立を軸に、様々な人間模様が絡み合い、ぐいぐい引き込まれました。予測不能の展開の先にある結末は、まさに驚きと感動があり、しばらく余韻にひたったまま現実世界に戻れないような充実した映画体験でした。
王
貴族の称号、それなりの報酬を求め王の家を作り、苦を乗り越え偉業を成し遂げた男。
彼は優しく偉大なるも、時に人生の選択を間違えたり。
行動すべき所で踏みとどまったりする。
彼の人生は晩年まで描かれるが、その選択ミスは一生の効後悔、懺悔となったり。
いくら大きな事を成し遂げても人生に悔いは残るんだな。
王たる者も、人で有ればやっぱそうなんだな。
でも彼は最後あれほど欲しかった貴族の称号、お金、地位を、全てを投げ捨てその後悔を取り戻しに行動する。
そうだ、それで良いんだ!
キミの一番はもう持っていたじゃ無いか、ただ無自覚だっただけだろう、キミが得たモノは偉業や、農産資源じゃ無いよね。
彼が施設で娘抱きしめ、最愛の人を救い出し、何も無い野原に強引だろう、法に背いてもただ妻を助けたかった転げ捨てられた手錠に、切なさと正しさと、決意の行動が描かれてた。
正しい王でも選択を誤り、自分を恥じるんだな。
間違いは有るさ、でもソコを全力に、全てを捨て正しさに向かうのが本物で有って欲しい。
これが史実だって?やるやんカッコいいやん。
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