月のレビュー・感想・評価
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悪臭は精神を蝕む
洋子が小説執筆を再開したときの、小説の冒頭があまりにもありきたりで陳腐、上っ面だけの文言で、これを良しとする程度の映画か、とがっかりした。
だがさとくんと対決した場面の洋子の脳内独白でそっくり覆って、そこからちゃんと見た。
堂島夫妻が、お互いに気を使いすぎ、緊張感できりきりしていて、観ていて疲れる。
オダギリジョーの夫は観た限り優しい人だが、感情を溜め込んで爆発しそうな危うい雰囲気があって(3年も働かないでシュミに没頭させてもらってる後ろめたさから?)、私には二人がなんか居心地悪い、気持ち悪い夫婦に見えた。
夫婦の再生を描きたかったのかもだが、無駄に尺とってるようで思い切って端折っても十分伝えられたのではないかと思う。夫婦のパートの比重はもっと小さくて良いです。
「成功者」の洋子と、埋もれたままで鬱屈のある陽子とさとくん、汚いものにあっさり蓋できる洋子と、向き合ってしまう陽子とさとくん、両者の対比が常にある。
陽子とさとくんの周囲には「汚いもの」しかない。
さとくんは「がんばれ、もっとがんばれ」と自分を叱咤激励して逃げ道を許さずそれらに向き合う。
全部に向き合って我が事にしたら人として崩壊しますよ、全部は背負いきれないし、しなくて良い。神ではないから。
汚いもの全部を我が事として背負い込むさとくんは、ある意味神のような性質なのかも。
生きていい人殺していい人を「自分が」選別するという、人の分限を遥かに超える発想をするのはそれ故か。
施設の同僚たちはクズだが、利用者のことは他人事と割り切って自身の心身を守っているとも言えると思う。
陽子は、他人を「問題に向き合っていない」と非難するが、自分はそうではない、と上から目線のマウンティングのようだ。彼女は嘘をついたりマウンティングしたり飲酒して管巻いたり、自分をごまかし逃げ道を許しているので、極限まで思い詰めることはないと思う。
さとくんはなぜ凶行に及んだのか
原因と考えられるものはいくつも提示されているが、映画として特定し、そこに誘導しないのが良い。
個人的に、さとくんがよく指摘していた「臭い」が、結構な引き金ではと思う。
悪臭は精神を蝕む。鼻につくのでいつまでも記憶に残って何かにつけ蘇ってくるし。
綺麗事とリアルで決定的に違うのは「臭い」だ。
施設の、労働環境が劣悪すぎる。介護職一般、低賃金で重労働、なのに尊敬どころか蔑まれたりする仕事。こんな環境も凶行を引き起こす大きな要因でしょう、職員が入所者を虐待する気持ちも責められない。
例えば同僚が言うようにさとくんが「教師にでもなっていたら」こんな事件は起きなかったはず。
重度の障害者を抹殺することと障害児の堕胎はどう違うのか
どこかのナチが言った、ホロコーストは、ウィルスの駆除と同じではないか
こんな問いについて、おそらくほとんどの人が、線引きの基準を持っているが敢えてあからさまにしない。自分の設定した基準が正しいと言い切れないことを知っているから。
暗黙の了解ということでぼやかしておくと思う。
磯村勇斗がとても良い、というか凄い。
さすがに五代雄介は言わないけど、磯村くんはまだ「アラン」とか呼んでしまいそう。
アランだからとことん向き合っちゃうのかも
改善策はあるのだろうか
重い。ただひたすら重い…そして辛い。
おそらく例の悲惨な事件がモチーフになっていると思いますが、それはあくまでモチーフであり、施設における職員の言動を含めてフィクションだと認識しています。
ただ、あのような障がい者や高齢者の施設には往々にしてありがちな事も実体験として持っています。あれほど虐待されたわけではないけど、あの母親の「(虐待は)分かっていますけど、でもここに預けるしかしょうがないんです」という台詞はとてもよく理解できます。
だから「見たくないものを見ないようにしている」という言葉は辛いです。その通りなのですから。
映画の話に戻ります。
登場人物はみんなどこかしら壊れかけています。犯人だけでなく、あの夫婦も、施設の所長や職員たちも、ビル警備員も、、、
でも、それを許容せざるを得ないと自分を誤魔化していかないと、生きていけないから。
とにかく、重くて、そして辛い映画でした。
人、命、心、、、愛
長女が産まれた時、看護師さんの「五体満足ですよ。」の声に自然と涙が溢れた。
大病をしたことがなく、仕事も休んだことがない。ある年配の方に「丈夫な身体に産んでもらって親に感謝しなよ。」と言われて、素直に感謝した。
ある時、障害がある子どものドキュメンタリー番組を見ていて、複雑な気持ちになったことがある。
答えは出ない。出せない。
表現に賛否はあろう。
メイン・キャストとスタッフがそれぞれ最高の仕事でこの作品を世に出してくれたことに敬意を表すとともに感謝したい。
宮沢りえとオダギリ・ジョー演じる夫婦の愛の物語としてもう一度観たい。
俳優ってしんどいだろうな。
「Gメン」や「ゆとりですがなにか」で俳優さんたちがいきいきと楽しそうに演じてるのが解る気がする。
宮沢りえと磯村勇斗はこの辺で一度はっちゃけた役でリフレッシュした方がいいんじゃないかと、心配になるほど役に入り込んでいた。鬼気迫るものがあった。
追記
宮沢りえが主演でなかったら観ていなかっただろうし、
オダギリ・ジョーでなかったらただただ暗い物語になってただろうし、
磯村勇斗でなかったら嫌な映画になってただろうと思う。
あらためて素晴らしい俳優さんたちなんだと思った。
あなたは、あの犯人と何が違いますか?
望ましい現実と、望まない現実。その端境に何があると思います?。
先日「アンダーカレント」を観て、家族を大切にしようと思いましたが、その一方で、老いて身の回りのことができなくなった親の手を引いていると、これがいつまで続くのかしらと思う私です。
少しネタバレしますが、泣きながら人の道を説く洋子師匠と、それを冷静に見つめる、もう1人の洋子師匠…。全くもって泣きたいのは、私のほうです。だって世の中、イヤなもの、見たくないもの沢山ありますけど、一番見たくないのは、自分の本心だよね。映画は二時間半で終わるけど、私の生涯、まだ終わらないのよ。この先、もう1人の自分と対話しながら過ごす羽目になりそう。
そう思うと、もう一度観るのはキツイ映画です。でもだからこそ、一度、キッチリ観ることをお勧めします。2倍速できない劇場でね。
どんな理由があろうとも、ヒトは生きる。格好良く死ぬことより、最期まで生ききることが格好いい。だとしたら、他者がそれを阻害する、この世界は…。
ところで…
あなたは、あの犯人と何が違いますか?。
この映画、新聞の解説に、そう記されていました。何が違うのかしら。私の正義感は、私を何処に連れて行くのかしら。
「オーバーフェンス」
月は、世界をほんのり照らすだけでなく、ヒトの心の闇まで照らすようですが、どん詰まりな世界でも、フェンスの先には何かある。そう思わせてくれるのが、本作。併せご覧下さい。
やまゆり園をモチーフにする必要があった⁈
誰しもの問題を誰しもが逃げるから先が見えない
石井裕也監督、宮沢りえ主演(ひょっとすると磯村勇斗が主演?)の、実際に起きた障害者殺傷事件をモチーフにした小説の映画化で、原作は未読です。
この事件は「PLAN 75」の冒頭にも似たような事件をモチーフにしていましたが、作品の方向性は全く違っていました。
YOU TUBEの舞台挨拶で宮沢りえが「賛否が出る作品だと思うが観て欲しい」と述べていましたが、見る人は最低限上記の“実際に起きた事件をモチーフとした小説の映画化”だという位の予備知識は頭に入れての鑑賞した方が良いと思われます。
そして、そうではなく全く予備知識なしで見た(若しくは見せられた)人の否定論は無視しても構わないと、個人的には思っています。
それと“賛否”と言うより、この映画の場合は映画そのものよりも現実に起きている事件そのものの“可否”、“良否”、“善悪”を観客に問いかけている作品であり、いくら否定しても現実社会では実際に起きてしまっている事に対する問題提起でもあるので、そちらの言葉の方が適切な様に思えました。
更には、本作はあくまでも小説の映画化で(原作は未読だが)本作の主要登場人物は完全に創作された人物であって、現実とは全く違う架空の人物だという事も忘れず前提として見るべき作品だと思いました。
何故なら、多くの否定派のレビューには現実の事件や加害者を物語と混同している発言が目立ちましたからね。
ここからは個人的な話ですが、私は障害者と暮らした経験はありませんが老母との二人暮らしで、95歳と68歳が一緒に日常生活を送るのには(お互いにでしょうが)意思の疎通だけでもままならず、様々な苦労やストレスが伴います。
日々の暮らしの中で、このままだと気が狂ってしまうのではないかとまで感じてしまう時があります。母親は認知症ではありませんし、他人から見ると歳の割にはしっかりしている様にも見えます。
そういう意味では凄く恵まれている環境なのですが、それでもそのように感じてしまうしストレスも溜まってしまうというのが現実なのです。
なので、もっと酷い障害や症状を持っている人たちに対して家では面倒見れなくなった場合、どんな立派な施設であろうが、赤の他人に面倒を見て貰わなければならないという(逃れられない)現実があります。
この映画ではまるでホラー映画の様に薄暗く不気味な施設として描かれていますが、考えて(想像して)みて下さいよ。
本作の主人公であり加害者さとくんの台詞の「こんなにきつくて辛くて気が狂いそうになる仕事を月十七万円の給料でしているんだよ」って意味を政治家も国民一人一人も、もっと考えた方が良いと思いました。
正直、普段最も考えたくない項目でもあり、出来たら蓋をして見えなくしてしまいたい部分であるのはよく分かりますが、自分で思っている以上に今後の人生に誰しもがのしかかってくる問題でもある訳です。
どれだけ愛情豊かな人間だったとしても、肉親でもない重度な障害を持つ人の世話をしながら過酷すぎる仕事の中にいると人はどうなってしまうのだろう?…本作はそれを「自分には関係ない世界だ」と思っている人にこそ見て欲しくて作られたのだと思えました。どんなに逃げたくても逃げることの出来ない問題ですからね。
逆に日常で少しでもそのような日々を送っている人は逆効果の場合もありますので見ない方が良いかも知れません。
「月」ってタイトルをつけた理由は分かりませんが、球体であるのに表側しか見えないからこそ月は愛されるのでしょうね。世の中もきっとそうなんだと思いますよ。
日本社会の潜在的な歪みを写し出す。
そもそも主人公の夫婦の関係性がおかしい。
3歳で病死した息子について、お互い思いの丈をぶつけ合わない夫婦関係。
施設運営と施設従業員の思想と行動。
これらの異常性が日本社会に普通に蔓延しているという昨今。
数年前に観た映画、「帆花」とは全く正反対の映画。
「帆花」は愛に溢れ、「命」の尊さをリアルに教えてくれた。
日本社会はハラスメントで溢れきっていて、単純な解りやすい優生思想や生産性によって人の価値を決めるという事が日常茶飯事…。
相模原やまゆり園事件をモチーフに作られたという事だけど、どこで起こってもおかしくない現状に自分達は生きているのだと思った。
自ら殺人、殺戮しないにしても無言の圧力や誹謗中傷によって人を死へ追いやる事への抵抗感がない。
ジャニーズ問題が典型。
全ての内容に日本社会壊れてますよぉ❗と警鐘を流す内容。
今、ここにある命が大切。
誰もが唯一無二で、天上天下唯我独尊という事を認め合う社会が大切なのに…。
パワハラ、いじめ、監禁、差別、殺人、隠蔽、忖度、エホバの証人がキーワード
「舟を編む」の石井裕也監督が宮沢りえを主演に迎え、実際に起きた障が...
「舟を編む」の石井裕也監督が宮沢りえを主演に迎え、実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした辺見庸の同名小説を映画化。
オダギリジョー、磯村勇斗、☆二階堂ふみが出演。この人たちが物語を引き立てるぅぅ、。
自分はどう思うのか
不用なものが多すぎた
迷ったけど
劇場じゃないと
見ないなと思って
見てきた
重いとわかった上で
見に行ったのに
見終わった後辛すぎた
重いし痛いし切ないし
悲しいし見たくないし
そっぽむいて
向き合わずに
気づかないふりして
生きていたい
でも、それじゃぁ駄目だ
何事においても
当事者と家族だけじゃない
逃げるなよ向き合え
知らないとは言わせない
傍観者ではいさせてくれない
鋭い刃は間違いなく私にも
向けられていた
改めて考えさせられた
でも、
残念ながら人にすすめられない
作品だった。せっかくなら
重いけど是非見てほしいと勧められる作品であって欲しかった。
不用な演出、効果音、CG、暗さを演出しすぎ、もっと淡々としたものでよかった。フィクションなら良かったが、これはフィクションではないから。(ノンフィクションではない)だからこそ、最後の数十分も不用だと感じた。無くても結末は皆知っているのだから。妊娠に3.11も容易に盛り込みすぎた感じが否めない。そして終わり方も尻切れトンボすぎた。
重く非常に難しい題材を─
難しいテーマを突きつけられて、かなり引きつけられます。根底にあるものは、普遍的で、個人的なものとしてもその答えを見いだすことはかなり難しいものだと思います。それ故に尚更、食い入るように観賞しましたが、この吸引力は果たして作品に潜む難しい問題の為なのかそれとも巧みな演出によるものなのか─。
決してエンタメ的に難しい問題を扱っていることに異議があるわけではありません。このような社会問題をドキュメンタリーで扱うより、むしろ劇映画で見せられた方が真実味があったり考える度合いもかなり強まると思うので、この作品も非常に意義深い作品であると確信できました。見るものの興味をなるべく引いて、多くの人に見てほしいという意志も感じます。
原作は未読ですが、事件のことは知っています。たまに本当の出来事に脚色を加えて面白く仕上がっている作品を目にしますが、実際の出来事をあまりにも想起してしまう創作物は、多少、眉唾な思いにかられてしまって、せっかくの重要テーマが台無しに・・・。
あのような職員もいるんだろう、実際にそういったニュースも目にするし─、でもあの園で本当にあったことなのか・・・作品として実際にあったかどうかは重要ではないとは承知の上で観賞しているのですが、相当あの事件を想起してしまうので否が応でも作品と事件をリンクさせて見てしまいます。そうなると、演出とか創造性なども、嘘という嫌な意識がまとわりついて、大事な問題が頭の中に入りづらくなってきてしまいます。
この作品で扱われている、医療行為とかハンディキャップとか、もっと大きな括りとしていえば、生きることそのものへのテーマが、あの事件への想起によって、一気に飛びそうになりました。でも、必死に何かが、誰かが、それをくい止めてくれたように思います。それは、新しい命なのか、宮沢さんなのか石井さんなのかオダギリさんなのか分かりませんが、それ故に非常に意味深くそれでいて見やすい作品だなぁという印象です。
ぜひ観てほしい
★3.5+★0.5
今、こういうテーマで映画を作ることがどれだけ難しいかを考えると、やはり点数も「映画の質+敬意」という感じになってしまう。
今回の★4つはそういう感じ。
多くの方が、あの事件について「否」の立場であるのは間違いない。
でも、そこに「自分」や「家族」を投影すると、心が揺れてしまう。
作中、立ち入りを禁じられた奥の部屋のドアを開けると、糞尿まみれで自分の陰部をまさぐる老人。
私は、瞬間的にあの老人に自分の将来を重ねてしまった。今は障害がなくても、痴呆やケガなどで、数年後こうならない保証なんてどこにもない。
…と思ってたら「ともくん」が同じ事を考えていた。
さすがにドキっとする。
あの事件に向かう経緯を通して、こういう当事者性を観客に求めてくる作りになっている分、非常に観ていて辛い。
ただ、どのくらいこの映画が事実に則しているのか分からないけど、実在するあの事件の「本当の当事者」、つまり被害者やその遺族、現場職員の方はこれを観てどう思うんだろう。
雑然とした事務所、建物のあちこちで蜘蛛が巣を張り、廊下の奥は見えないほど暗く、どこからかうめき声が聞こえる。
映画に登場する職員の中に、この仕事が社会のために必要だ、と誇りを持って働いている人は一人も登場しない。
私は傍観者だから、当然それを求めるのは綺麗事なのかも知れないけど、現実にああいう施設が必要な患者とその家族が存在するという現実の中で、その綺麗事なしで日本中すべての施設が運営されているなら、それは余りにも救いがないし、私は決してそうではないと信じたい。
また「収容された人々はコミュニケーションが取れなかろうがもちろん人間で、人間を殺してはいけない」って事実は、法的にも倫理的にも生物学的にも揺るがないのに、犯人がそれを打ち明けた際に主人公は「私は認めない!」を繰り返すだけで、まるで個人的な見解の相違の様にしてしまっている。
耳の聞こえない彼女も、まるで耳が聞こえていないから止められなかったみたいな描き方。
そう、この映画は全体を通して、犯人が自然と犯行を思い立つことを後押しし、そして誰も彼を思い留まらせることがない設定に、あえてしてしまっている様に感じた。いわば、彼の犯行を「こうなったのは仕方ない」と言おうとしている様に。
おそらく作り手もわざとそうしているんだろうけど、そこはなんだか「意地の悪さ」を感じてしまう。
細かな部分について、その奥の部屋の老人が立ち入り禁止にされている理由もよく分からない(園長が面倒みてるの?)し、冒頭から始まる東関東大震災のエピソードも、本質的にこの話とは違う気がする。
散りばめられたピースが、どれも何となく本筋と噛み合わない。
気になるところはたくさんあるけど、そんなの吹っ飛ぶくらいやはり宮沢りえの熱演が素晴らしい。
記者会見で言葉を詰まらせてたけど、そりゃ、あの演技しようと思ったら、よっぽど役に没入しなきゃいけなかっただろうし、それだけで拍手モノ。
この社会的にも歴史的にも大きな事件を、風化させちゃいけない。
不都合な事実は見せたくない、見たくない、という心理
2016年のやまゆり園の大量殺傷事件を下敷きにしています。
事件の関係者にとってはとても辛い内容だし、私も観ていてきつかったです。本作における犯人がもともと正義感の強い人物だった、という描き方には、批判もあるでしょう。
制作者も、万人が手放しで絶賛する作品を作るつもりは無かったと思います。
冒頭、青白い三日月の下、元作家の洋子が歩く線路上には、おびただしいガラクタが散乱し、よく見ると魚も散らばっています。振り返ると大量の瓦礫があり、東日本大震災の事だと分かります。ただ、汚泥は全くなく、魚は腐っていない、つまりこれはイメージで、真実ではありません。これが本作を象徴していたと思います。洋子は同僚の陽子に、「あなたはきれい事だけを書いている」と言われます。鋭く胸を抉られるセリフが幾つかありました。
洋子は作家業に見切りをつけて障碍者施設で働き始めます。大変で、感謝される事も少ない仕事にやりがいを感じられず、洋子の目には担当のきーちゃんの姿はぼんやりした影のように映ります。
熱心なさと君や心無い職員の様子を見、厳しい現状を目にするうちに、きーちゃんが一人の女性に見えて来ましたが、事件は起きてしまいました。
事件は本当に辛く悲しい事で、犯人の主張を正しいと思う人は居ないでしょうが、では何が正しいのかと問いかけてくる作品でした。
とても重たい作品に出演した方の勇気に感服しました。
ただ一つ、私は事件の細かい所までは知りませんが、犯行前にさと君の外見を敢えて実際の犯人に寄せたのは、良くなかったです。
きれい事と現実
さとくんは今の日本社会の「象徴」
建前の善人より、本音のやりとり
衝撃的問題作
久しぶりに邦画でヒリヒリするほどの緊張感を味わえた作品でした。
生々しい本音のぶつけ合いをここまで描いた作品も珍しいし見ごたえも十分ありました。
磯村勇⽃演じる青年の穏やかで冷静に主張する言葉に影響されてもおかしくないと感じるのは自分の年のせいもあるのかも。
人間とは何か?生きるとは何か?を問いかける強烈な作品でした。
宮沢りえとオダギリジョーの理想の夫婦の関係と磯村勇⽃と二階堂ふみの働く介護施設の厳しい現実。
衝撃的なラストをどう考えるか、尊厳死も含めて難しいテーマだと思いました。
娯楽作品ではないですが今を精一杯真面目に生きてる人が見るべき作品です。
おすすめ度は100%です。原作もじっくり読みたいと思います。
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