「槙生に比べて、朝のキャラクターや成長が今一つ伝わってこない」違国日記 tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
槙生に比べて、朝のキャラクターや成長が今一つ伝わってこない
人との関わりを避けてきた小説家の槙生が、姪の朝と生活する中で、人と関わることの素晴らしさに気付いていくという物語は、ありきたりではあるものの、心がホンワカと温かくなるような心地よさを感じることができる。
特に、それまで終始無愛想だった槙生が、ラストで、朝が歌う姿を観ながら浮かべる笑顔は魅力的で、そこには、「母親」の眼差しすら感じ取ることができた。
その一方で、朝のキャラクターが今一つ分かりにくく、彼女の変化や成長があまり感じられなかったのは残念だった。
両親が事故死したことを学校の皆に知られたことが分かり中学校の卒業式を欠席したかと思えば、高校の入学式では、自ら友達にそのことを話したり、両親の死を素直に悲しめないようなのに、死んだ母親の幻影を追い求めたりと、15歳の頃は、確かに面倒くさくて支離滅裂なところがあるものだと思いつつも、どこか釈然としないものを感じてしまう。
解説では、朝が「人懐っこい」と表現されているのだが、映画を観た限りでは、そんな性格とも思えなかった。
朝を取り巻く同級生にしても、LGBTQの中学時代からの友達や、女性という理由で海外ボランティアに選ばれなかった優等生や、作詞と歌の才能を認めてくれた軽音楽部の花形部員とか、面白そうなキャラクターが揃っているのに、彼女達の存在が十分に物語に活かされているかと言えば、そうとも思えない。
槙生が、頑なに話すことを拒んでいた、姉(朝の母親)のことが大嫌いな理由や、朝に、その存在を隠していた、姉が娘の朝のために書いていた日記の内容とか、物語の核となるようなエピソードが、終盤でサラリとしか描かれないのも、物足りないとしか言いようがない。
さりげない日常の一場面として、あえてドラマチックな展開になることを避けたのかもしれないが、それでも、朝が、両親の死後、初めて大声で泣くことができた場面に繋がるエピソードだっただけに、もっと感動的な盛り上がりがあっても良かったのではないかと、残念に思ってしまった。