劇場公開日 2023年7月14日

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星くずの片隅で : 映画評論・批評

2023年7月11日更新

2023年7月14日よりTOHOシネマズシャンテ、ポレポレ東中野ほかにてロードショー

香港の片隅の孤独な心をやさしい眼差しと美しい映像で捉えた新世代映画

かつて“東洋のハリウッド”と呼ばれた香港映画産業。1980年頃から約20年間、香港映画は黄金期と称され、世界中の映画人、作品に多大な影響を与えた。そして、1990年代末から20数年が経った現在、スターやベテラン監督たちは中国大陸や海外で映画を撮ることが多くなり、命がけのスタントマンたちの活躍の場も減少。香港映画はかつての輝きを失ってしまったのだろうか。いや、新しい才能が新世代の香港映画を牽引しはじめている。

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2019年の香港民主化デモを背景に描いた青春群像劇「少年たちの時代革命」(2021)で共同監督を務めた新鋭ラム・サムが単独でメガホンをとったのが「星くずの片隅で」。コロナ禍の香港の片隅で生きる人々の孤独な心を、やさしい眼差しと美しい映像で紡ぎ出したヒューマンドラマだ。カンフーの達人や凄腕の刑事、マフィアのボスや殺し屋たち、そして滑稽な小市民や幽霊も出てこない。本作の主人公は、不器用でやさしい中年男と、ずる賢くも憎めない若いシングルマザーだ。

2020年、コロナ禍でシャッターが降り、静まり返った香港の街はまるで時間(世界)が停止してしまったかのように見える。清掃会社を経営する中年男のザクは、車の修理代や洗剤の品薄に頭を悩ませながらも、ひとり消毒作業に追われる日々を黙々と過ごしていた。そんなある日、幼い娘ジューを育てるために仕事を求める若いシングルマザーのキャンディが現れる。最初は適度な距離をとっていたが、ジューを挟んで徐々に距離を縮め、恋人でも家族でもない関係を築いていく。しかし、あることがきっかけで窮地に追いやられてしまう…。そんなふたりが眺める香港の夜景は、「男たちの挽歌」(1986)でチョウ・ユンファ演じるマークが「いつどこで見ても目に沁みる」と呟いたように、コロナ禍であっても美しい。

仕事と人生に行き詰まりながらも不正を許さない実直なザクを、香港の人気シンガーソングライターで、映画やドラマではコメディ俳優として定評のあったルイス・チョンが演じ、新境地を開拓。キャンディとジューに手を差しのべ、リウマチを患う母や友人を思いやる姿が、じんわりと心に沁みてくる。娘を生んでから誰にも頼らずに生きてきたキャンディを演じるのは、香港のトップモデルであるアンジェラ・ユン。ド派手な服装で、まともな暮らしもできずにいたが、ザクとの出会いによって徐々に心を入れかえていくキャンディをキュートに好演し、新世代の最注目女優となっている。

息が詰まりそうな中でも、お互いが輝いている瞬間を愛おしく思える気持ちをラム・サム監督は、香港の生活の息吹が感じられる街の光や、朝焼けの空、小さな窓から見上げるまぶしい太陽などの美しい映像とともに、人物の感情を丁寧に描いて、香港映画と言えばという黄金期のイメージ、さらにはウォン・カーウァイ作品のイメージさえも塗り替える。誰にも気づかれずに街の片隅で生きていた中年男が誰かのヒーローとなり、幼い娘のためにも生き直そうとする若い母がヒロインとなる。こんな時代だからこそ、一歩近づいてお互いを見つめ、助け合う姿が、小さな希望を与えてくれる。

2014年の香港反政府運動(雨傘革命または雨傘運動)、2019年3月からはじまる香港民主化デモ、そして国家安全維持法の2020年6月30日施行を経て、多くの人が香港を離れる中、香港映画はどこへ向かうのか。アラサー女性の中国大陸の男性との偽装結婚を題材に描いた「私のプリンス・エドワード」(2019)や、IT企業に勤める青年が香港中を彷徨う羽目になるラブ・コメディ「縁路はるばる」(2021)など、2014年以降の香港の空気感を捉え、世代や国を越えて共感を誘う香港映画は生み出されている。

和田隆

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