「アリ・アスターの悪夢に魅せられる」ボーはおそれている 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
アリ・アスターの悪夢に魅せられる
『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』の2本で映画ファンを唸らせ、一躍映画界注目の存在。鬼才の名を欲しいままにするアリ・アスター。
三度A24スタジオと組み、主演にはホアキン・フェニックス。期待するなと言うのが無理。
しかし、一抹の不安もある。この組み合わせで平凡な作品になる訳がない。
挑発的で、意欲的で、難解で、常人の理解を超えたような…。予感は的中。
客観的に見ると、コメディでもある。
アリ・アスターの新作がコメディになるとも聞いていた。
無論、ただのコメディになる筈もない。
アリ・アスターがコメディを手掛けるとこうなる。
自身のスタイル(ホラーやスリラー)を含んだダーク・コメディ。
またまたアリ・アスターが送る“問題作”が誕生。
人は誰しも不安や心配を抱えているものだが、この主人公は度が過ぎている。
独り身の中年男ボー・ワッセルマンは、日々常に何かに恐れ、心配性で不安に駆られている。
それはもう病的なまでに。カウンセリングにも通っているが、効果ナシ。
薬を必ず水と飲まなければならないが、冷蔵庫に水が無い。蛇口からも何故か水が出ない。それだけで動揺。
近くの店に水を買いに行くだけでも危険。何故なら町は治安が悪く、ホームレスやアブナイ奴らや殺人者だらけ。
何とか店に辿り着くも、何故かカードが使えない。小銭も無い。
その隙にホームレスらにアパートの部屋を占拠され…。
世界一ついてない男…?
にしても、何処か何かがヘン。
ジョーカーは悪の道に転落していったが、やがてボーは、妄想か現実か、奇怪な世界に陥っていく…。
事の発端は、母との電話。
電話で話していたばかりの母が突然怪死。発見者である配達人によると、落ちてきたシャンデリアで顔面破損…。
ショックと呆然が収まらない中、葬儀に出席する為、帰省を。
故郷への遠い道と言うか、何故かボーを次から次へと見舞う災難…。
出発しようとするが、鞄や鍵を盗まれる。
外に出たら、殺人者に刺される。
とある夫婦の家で目を覚ます。お暇しようとするが、何故か引き留められる。自分を監視してるようなヘンな男、夫婦の娘に振り回され、キチ○イな娘はペンキを飲んで自殺。奥さんに殺したと疑われ、男に追われ、森の中へ逃げ…。
ある日、森の中、劇団に、出会った。森から森へ、移動しているフシギな劇団。劇を鑑賞。“出演”するほど劇の内容に自分と父を重ね…。鑑賞中初老の男に声を掛けられ、お父さんを知っている、と。そこへ追ってきた男が現れ、場は惨事に…。ボーは再び逃げる。
ヒッチハイク。ようやく実家に辿り着くが、そこで…。
一体これは、どういう事なのか…?
考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。
漠然とこれは現実、これは妄想と分かるような所もあるが…
でも、やっぱり分からない。もはや意味不明。やはりアリ・アスターは常人の理解を超えた世界へ…。
と言うか本作は、理解しろというのがそもそも無理。
アリ・アスターの恐ろしいまでの創造世界を“見る”“感じる”作品なのだ。
あの家族の家での不条理な出来事。
森の劇団でのメルヘン?ダーク・ファンタジー?な体験。
理由を求めなければもっともっと見たくなる。ついていけなくとも。
それはさらに見る者を誘う…。
やっとこさ実家に到着。が、葬儀はもう終わり…。
頭が無い母親の亡骸と対峙。間に合わなかった罪悪感や空虚感に苛まれ…。
もう一人、遅れてきた者が。
ボーはハッとする。
子供の頃船旅で出会い、再会を約束していたエレイン。初恋の相手。
相手も思い出し、再会を懐かしむようにベッドイン。
この奇妙な旅始まって初めての幸せの絶頂。
その絶頂で、エレインが死亡。
ボー、精神崩壊寸前。いや、もうぶっ壊れているのか…?
さらに追い討ちを掛けるようにそこに現れたのは、死んだ筈の母親…!
本当に気が狂ってしまったのか…?
否。そこにいるのは紛れもなく母だ。
母から衝撃の真実。
全ては母が仕組んだ事。カウンセリングも、替え玉(家政婦)を使っての死も。
著名な実業家でもある母、モナ。
息子に必要以上の愛を求める。ママを愛してる?
その一方、息子を憎んでもいる。ママはこんなに愛情を注いだのに、あんたは奪っただけ。
この強烈なダーク・コメディ、母親からの異常な愛情に抑圧された息子の話であった。
これまで体験してきた悪夢も、母親からの重圧による精神薄弱や不安定が見せていたものと考えると、恐ろしくもあり、哀れでもある。
パパは…? 子供の頃死んだと聞かされていた。
会わせてあげる。そう言われ屋根裏に上がり、そこに“居た”ものは…!
ありゃ何だ…? 悪趣味全開のモンスター・ホラー。
母の首を絞めたボーは、ボートに乗って夜の湖へ。洞窟の中で開かれる、ボーのこれまでの悪行についての裁判。
白熱する検事、弁護士。
喚くボー。氷の表情の母。
望み絶たれたボーは湖の中へ飛び込む。
母の声。「私のベイビー!」。
私の独自考察。
カウンセリングや母からの電話は現実。
実家へ向かう道中体験した事はほとんど妄想。
実家にて母が生きていたのは現実。
それ以降は妄想と言うより、本当の悪夢。母親を殺して、自分も何処かのタイミングでショック死して、洞窟の裁判はあの世の裁判。
最大の罪は、愛せなかった事。それに苦しみ、地獄へ…。
全くの見当違いかもしれないが、Wikipediaだって完璧に当たってるとは言い難い。
これを説明出来るのはただ一人。アリ・アスターだけ。
難解過ぎる話や役柄を自分のものにしたホアキン・フェニックスの怪演もさすがだが、見る者を救いの無いどん底に落としたかったというアリ・アスター。
我々はこれからも、アリ・アスターの才気と狂気をおそれている。