「それでいいんだよ、アリ・アスター」ボーはおそれている 唐揚げさんの映画レビュー(感想・評価)
それでいいんだよ、アリ・アスター
些細なことでも不安がる怖がりの中年男性、ボー。
彼にとって母親は特別な存在だった。
そんなある日、突然母親が怪死したという訃報を受けるボー。葬儀のためになんとか帰省しようとするのだが、様々な災難がボーを襲い……
全世界待望のアリ・アスター監督最新作。
不穏には不穏なんだけど、前2作とは明らかに毛色が違う。
母親からの圧迫、近隣住民からの嫌がらせ、薬を間違えて服用し、母親の怪死を知る。殺人鬼や謎の男に追い回され、ようやく治安の悪すぎる街を走って逃げ出したと思ったら車に轢かれる。保護されたと思ったらそこの娘にいじめられ、さらには殺人容疑でまた追われることに。森の劇団で癒され、父親らしき人物に出会ったと思ったら追手が合流し、阿鼻叫喚の地獄。現実でも夢の中でも悪夢を見続ける。
ようやく実家に着いたら葬儀は終わっており、初恋の人と再会して初めてセックスをするも彼女は腹上死、結局母親は生きており屋根裏部屋にぶち込まれる。そこには双子の兄弟と変わり果てた姿の父親が監禁されていて、脱出して母親を絞殺、逃げ出したら何故か裁判にかけられ、脱出した船は爆発し、ボーもろとも沈没して終了。
ストーリー内容文字起こしするだけで面白いし、あまりにも不憫で可哀想。
ここまで主人公いじめてる映画もあまりない。
今までのアリ・アスター映画って、鑑賞中に恐ろしさを体感して、鑑賞後の考察でさらにゾクっとするみたいな感じだったのだが、今作では本当に何もかもどうでも良くなる。
あまりにボーが可哀想なので途中までは笑っていいのか微妙だったけれど、ペニスお化けのお父さんが出てきた時点でこれは笑っていいやつだと思えた。
治安の悪すぎる街も、次々と降りかかる災難も全て心理状況が投影された幻想と思われる。
現実がとか悪夢がとかそういう話の前に、現代の寓話的な“おはなし”として観た方がいいのかもしれない。
いつもの「あの!ミッドサマーの!」の宣伝のせいでだいぶ期待外れだった人も多そう。
実際、観にきてたお客さんたちの反応が絵に描いたような苦笑いって感じで面白かった。
そりゃ爆破エンドからの静寂エンドロールは何も言えなくなるよな笑。
観客が求めるものはヘレディタリーのエグさとかミッドサマーのキモさなのかもしれないが、多分アリ・アスターがやりたいことってまさにこの映画詰まってるようなことなんじゃないだろうか。
アリ・アスターのオナニー映画。
それをお金払って観させてもらってるんだ、我々は。
実はこの脚本が10年以上前から練られていて、デビュー作の予定だったけどプロデューサーに「良いと思うけど、君は映画を作りたくないのか?」と言われて断念したってエピソード好きすぎる。
他人のオナニーなんてつまらないように、この映画の内容も正直つまらないけれど、映画ってものはやっぱり快楽物質が分泌されるわけで、この歪みまくった不条理な世界で哀れな主人公が惨めに死んでいく姿を見るだけでちょっと気持ちいいような、なんだか胸が苦しいような。
人の不幸は蜜の味。
この作品も君のことも、大好きだよ♡アリ・アスター。