「アンビバレント」キリエのうた U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
アンビバレント
名作だとは思わないけれど、岩井俊二監督渾身の一作だと思われる。
とにかくアイナさんとの相性が抜群だ。
烏滸がましい書き方だとは思うけど、岩井監督の世界観はアイナジエンドの歌声によって完璧に確立されたように思う。
鑑賞中、常に胸がざわついてた。
キリエが巻き込まれる人生というか運命というか…彼女は歌声は常に哀しくて儚くて、折れそうで途切れそうで…だからこそ強く響き、だからこそ胸の奥に刺さるかのような。
この感情をどう書き記せばいいのか、的確な言葉を俺は持ってはいない。
キリエは存在自体が揺らぎを持ってるようで、無防備なまでに純粋に見える。
…純粋と書きはしたが他に適切な単語を俺が知らないだけで、ホントはそんな純粋なんて単語が当てはまるとも思っていない。
危うい、のだ。
断崖の上を裸足で軽やかに歩いてるかのように。
劇中に「ミューズ」という言葉があったが、岩井監督はついに自身のミューズと出会えたのだと思った。
そして彼女は、女神とも思える程に至高の存在であった。
時間軸がクロスしていく作風は、戸惑いもするけれど、起点と結果を交互にに見せられてるようで胸につまされる。過去を見ると未来を嘆きたくなるし、現在を見ると過去に逃げ込みたくなる。
現在を見ても過去を見てもいたたまれないのだ。
これから訪れるであろう未来はどうか幸せであってくれと願う。
彼女達の今後がどうか幸せでありますように。
子供の行く末を案じる親の目線のようにも思う。
どんな境遇であっても、次世代を生きる命を支えたいと思う本能が俺にもあるのだろうか?
懸命に足掻く全ての存在を慈しむのだろうか?
役者陣は皆様熱演だった。
広瀬さんはさすがの懐の深さだったなぁ。彼女がいる事でキリエの異色さが際立つ。
色んなものに塗れたイッコがいるから無色に近いキリエが目立つ。彼女は腹を刺されるのだけれど「こんな擦り傷」と吐き捨てる。一体、どれほどの傷を背負ってきたのだろうかとゾクっとした。
煮え切らない兄も良かったなあー。
うずくまってキリエに抱えながら泣くとことか、そこに至るまでがちゃんと残ってなかったら同情もできんもんなぁ。
黒木華さんとか…喫茶店で「悔しい」って台詞があんだけど、どの俳優さんが喋る「悔しい」より、喋る前の黒木さんが悔しそうだった。
正直、話の筋はよく分からないんだ。
クロスする時間軸も、コレ以上だと飽きるからとか、やる事ないからに思えなくもない。節目がないまま唐突に切り替わったりもする。
でも見れちゃう。
とにかく絵が美しい。色が美しい。
綺麗ではない。美しいのだ。
アングルも絶妙なとこに入るし、編集が繊細だ。いや、繊細な編集って何?って事なんだけど、そう思っちゃったんだからしょうがない。
つまり、俺は監督の言葉を100%理解できていない。いや、する程豊かな感受性を持ち合わせないのだろう。
ただただ危うくて砕けそうなキリエを見つめてた。
タイトル「アンビバレント」は「二律背反」と訳す。
互いに矛盾してるモノが成立している様をさす。
岩井ワールドはなんかそんな印象だ。
イッコの気持ちがそうなのかもしれない。
俺には理解しきれないけれど、この作品のメッセージをしっかりと受け止めれる人達には珠玉の作品なのだと思う。
なんせ、胸の内側に棘が刺さる。
不快なものではない棘が。
▪️追記
様々な楽器を従えて歌うキリエは圧倒的だった。
全ての楽器が彼女の声にひれ伏しているようで…何層にもなる音の雲を突き破り、ひたすら空に伸びていく。そんな印象を持つ。
何にも媚びず支配されず、観客すら彼女の瞳には映ってないようで、どこまでも届くその歌声に魅了されてるようであった。
彼女は直向きに歌に埋没していくようだった。