「それでも世界は美しく、目を凝らせば刹那の幸せがある」PERFECT DAYS ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
それでも世界は美しく、目を凝らせば刹那の幸せがある
心が洗われる映画を久しぶりに見た気がする。日常の風景の小さな美しさ、小さな満足感を大切にする平山の生き方に惹きつけられた。
トイレ清掃員平山の日常、それも起きてから寝るまでのルーティンを淡々と追う。話の骨組みはそれだけだ。
風呂のない古びたアパートは今の時代では一見寒々しいものだが、大量の古本とカセットテープが整然と並んだ簡素な和室で規則正しく寝起きする平山には、一片の侘しさもない。
朝は竹箒の音で目覚め、缶コーヒーとカセットテープの音楽と共に出勤する。昼は神社の境内で木漏れ日をフィルムカメラに収めたり、樹木の新芽を摘んで楽しむ。決められた仕事を精一杯した後は、銭湯でさっぱり汗を流し、行きつけの居酒屋でいつもの酒を飲む。古書店で見つけた本を読みながら床に就く。
そんな生活をしていても、彼の心を揺らす小さな出来事はたくさん起こる。判で押したような日常など、本当はありえないのだ。
平山の過去を明確に示す描写はほとんどないが、彼の嗜好や、日々の出来事に対する姿勢からうっすらと推し量れる部分はある。役所広司の表情の繊細な変化が、彼の周囲の人々に対する気持ちの動きなどを雄弁に語る。
音楽の趣味や読書の嗜み、清貧に楽しみを見出せるメンタリティなどから、過去に経済的な豊かさを経験している人なのだろうとは思った。果たして、実家は相当裕福なようで、妹は今もその恩恵に預かっていたが、父と平山の間には、彼に生きる世界を変えさせるほどの断絶が横たわっていた。普段心の底に沈めている記憶がよみがえった時、彼が流した滂沱の涙。それは心の古傷の生々しさからか、もう取り戻せない過去を悔いるものなのか。
そんな平山に、家庭で生きづらさを感じている姪のニコは、同じように親族に馴染めない者として、幼い頃からどこかシンパシーを感じていたのかもしれない。昔彼からもらったフィルムカメラを大切に持ち続けていたのもそのためだろう。
ひとりでいたら何をするかわからないとうそぶき、「十一の物語」に魅入られ、最後に母が迎えに来た時平山に「ヴィクターみたいになっちゃうかも」とニコは訴えた。この短編集に収録された作品「すっぽん」に登場する少年ヴィクターは、高圧的な母を刺し殺す。彼女の抱える閉塞感が滲む。
それを踏まえて振り返ると、夕暮れの橋の上でニコが平山を誘って行こうとした海が、なんだか人生の終着や死を暗示するもののようにも思えてくる。
だから、平山がそれを断り、「今度は今度、今は今」とふたりで楽しそうに繰り返したことに少しほっとした。
過去への陰鬱とした思いを胸の奥にしまって、日々小さなことに満足し、時々困ったりもしながら生きてゆく平山。昨今持て囃される、個性を発揮するとかクリエイティブであるなどと言われる生き方とはある意味対極の生き方だ。それでも平山の生活がどこかまぶしく見えるのは、彼の目が日々刹那の幸せをきちんと捉えていて、そのことによって過去の絶望や、無常がもたらす不安に打ち勝っているからではないだろうか。
ラストの平山の表情のうつろいは圧巻だ。彼がこれまでの人生に感じてきたこと全てが、あのシーンに詰まっている気がした。最初笑顔だった平山の目に涙が浮かんできた時点で、私も胸がいっぱいになった。わけもなく、「ああ人生ってこうなんだな」と思った。
台本には「平山は突然泣く」としか書いていなかったそうだ。ひとことの台詞もないそんな場面を、表情だけで1本の映画のクライマックスにしてしまう。名優の面目躍如。カンヌで主演男優賞を取るわけだ。
平山の生き方を見ているうちに、こちらも自分の日々同じなようでいて変わりゆく生活をもっと慈しみ、信じてみたくなる。心の風通しがよくなるような作品。
みかずきです
本日、映画ニュース欄で映画.comレビュー大賞の発表があったようですが、映画.com優秀賞受賞おめでとうございます。
PERFECT DAYSでの映画.com優秀賞受賞おめでとうございます。
ニコさんらしい、知的で緻密な素晴らしいレビューだと思います。
私は、他サイトにもレビュー投稿しているので、対象レビューが無かったのですが、事務局に相談し、主旨を変えて再投稿すれば対象となるということで、グリーンブックを一夜漬けで書き直して応募しましたが落選でした。実力ですね。
ー以上ー
見事なレビュー、感銘しました。
平山の長い人生に何があったにせよ、彼は平穏に繰り返される日常にこそ歓びや愉しみを見出すことができるという境地に達した人なのかと思います。
なんだかんだ言っても、やってくる毎日を過ごしていくしかない平民の私に、日々の生き方を教授してくれた気がします。
まさに三浦友和のそのセリフでした!うまい英訳だなと感動してたら日本語忘れちゃいました。w
人と比べず、人を羨むことなく、若い子を叱ることなく、ただ淡々と日常を送ることの神々しさを、平山から感じました。トイレ掃除グッズを持ち歩く姿も美しかったです。
返信ありがとうございます。たしかに平山さんのルーティンは自身を保つ砦のようなものだったんだなと。。。同感です。
ニコちゃんが頼ってきてくれた事はそんななかでも嬉しかったようですね。次の朝の2個のコーヒ〜に余韻が漂うかわいい平山さんでした^_^
みかずきさん宛のコメントに書かれていた「ルーティンによって自分の心を必死に守っている」との見方にハッとしました。私は、彼が執着を捨てた生き方を選んだように捉えていて、それは自分自身にも向いていると思っていました(なのでスナックのママの件でショックを感じたこと自体がショックだったのかと)。でも侵されたくないコアな部分があると考えた方がよりよく理解できますね。
みかずきです
主人公の清貧生活は、父親との壮絶な確執から解放されるためだと感じましたが、清貧生活になかで、小さなことにも喜びを感じ、心を豊かにできるようになったのは成長の証だと思います。
しかし、人は人との絆を糧にして生きていくものなので、
主人公も、濃厚な人間関係を築くことができるようになれば、
主人公の人生は更に豊かになっていくのだと思います。
フィクションですが、主人公の人生の好転を祈らずにはいられません。
では、また共感作で。
ー以上ー
コメントありがとうございます😊
ニコさんのレビュー、感銘を受けました。素晴らしい考察です。海に行くことを断るあのシーンには、そういう意味があったのですね。いやぁ、より一層この映画が愛おしくなりました。ヴィム・ヴェンダースと日本の相性、最高でしたね💕︎
ご返信ありがとうございます。
単純な寛容さだとか優しさだけだと、どうも無機質に感じてしまうんです。
その点、仰る通り(何かは分からないまでも)平山は何か抱えていて、だから人として魅力的でした。
『流れ星のやうな人生』聴きながら書いてます。
別の方は『雨ニモマケズ』を想起してましたし、そういったものを教えていただけるのは非常に楽しいです。
ありがとうございます。
こんにちは。
「ヴィクターみたいになっちゃうよ」について、未読で理解できなかったので助かります。
平山は、日々に充足は見出だせていても、過去や未来もそうとは限らないんですよね。
最後の表情で、一気に彼が“人間”に感じられました。
おはようございます。共感ありがとうございます。
ニコさんのレビューが素晴らしくて震えました。
本作で感じた気持ちが蘇ってきました!私が書き表せなかった全てが書いてありました!何度も拝読しては頷きまくりです!
映画同等の素晴らしいレビュー、ありがとうございます♪