メイ・ディセンバー ゆれる真実 : 特集
【2大女優が仕掛ける今年一番“意地悪な映画”】
36歳女性と13歳少年が不倫、獄中出産、出所後に結婚。
実際にあった衝撃事件を基に、観客を予想外の沼へ沈め、
エグい演技と演出で映画的セオリーが全崩壊する極上作
いきなりですが、結論からお伝えします。7月12日に公開となる「キャロル」のトッド・ヘインズ監督最新作「メイ・ディセンバー ゆれる真実」は、
第96回アカデミー賞では脚本賞にノミネートされ、第81回ゴールデングローブ賞では4部門の候補となり、話題となったのも納得のクオリティー。
そしてラストシーンでは、これまでの人生であなたが積み上げてきた“映画的セオリー(きっとこう展開するはず、という予想)”が全崩壊する可能性も……。
さらにさらに、ジュリアン・ムーア(「エデンより彼方に」)とナタリー・ポートマン(「ブラック・スワン」)という、世界屈指の演技派として知られる2人のアカデミー賞女優が初共演し、狂気的ともいえる“あまりにも生々しく恐ろしい”演技合戦を展開する点も観応えたっぷり。
観る人の数だけ解釈がある。意地悪だからこそ、面白い――。ぜひご堪能いただきたいので、魅力をわかりやすく語っていきます。
【極上①:物語が衝撃】36歳女性と13歳少年の不倫
騒動…だけでも刺激的なのに本作は“もっと先”を描破
まずは、基本情報を紹介します。
[どんなストーリー?]
アメリカでは誰もが知っているスキャンダルが、映画になる。主演女優が役作りのために当事者に会いに来るが…
1996年に実際に起きた“メイ・ディセンバー事件”は、アメリカでは誰もが知る事件であり、あの“ジョンベネ殺害事件”と同じくらい有名だそうです。
映画では年齢や出来事などに変更・脚色が加えられつつ、以下のようなストーリーが紡がれます。
“メイ・ディセンバー事件”から23年後。事件の映画化が決定し、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、映画のモデルになったグレイシー(ジュリアン・ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)のもとを訪ねます。エリザベスは役作りのためにグレイシーらと心を通わせていきますが、いつしか “演技のための取材”の範囲を超えていって……。
ちなみに“メイ・ディセンバー”とは、親子ほど年が離れたカップルという意味の慣用表現です。
[描くのは“事件のその後”]
時を経て変化する当事者の本心に、新たな証言。ふたりの関係は純愛か、洗脳か。事実と憶測が混ざり合い、予想できぬ展開へ――
物語は事件のその後と、当事者たちが隠していた・気づいていなかった本心に焦点を当てていきます。
現在のグレイシーとジョーの夫婦仲は良好。心ない人から“排泄物が入った小包”を届けられる嫌がらせを受けても、「近ごろは回数が減ってきた」と慣れた様子で、引っ越すこともなく幸せそうに生活しています。
そんな夫婦ですが、どのような想いを抱きながら生きてきたのでしょうか。ふたりの関係は純愛か、洗脳か、それとも……。女優エリザベスの出現によって、当事者たちの本音が見え隠れし、“真実”(とされていたもの)が揺れ動いていきます。
【極上②:意地悪な演出】セリフ、結末、全て映画的セオリーの逆? 意図を考察すれば物語が異常に面白くなる
ここからは、注目すれば物語の魅力が10倍、20倍に膨れ上がる考察ポイントをご紹介。映画.com&本作の宣伝部による分析・解釈ですが、この考察要素こそが、冒頭で触れた“今年一番意地悪な映画”だと思った最大の理由なのです。
[意地悪な主人公]真相を暴いてくれるはずなのに…この主人公、信用できる?
普通の映画ならば、主人公に心情を重ね合わせれば、「物語の正しい終着地点」に運んでくれるはず。しかし、本作の主人公エリザベスに感情移入するのは非常に“危ない”。
監督のトッド・ヘインズは、ほほ笑み混じりにこう語っています。(オフィシャルインタビューより一部発言を抜粋)
「彼女が真実を追求してくれると最初の頃は感じる。“彼女なら信用できる”と。でも物語が展開していくうちに、彼女を信じていいのか不安になってくる。彼女には誰でも自分の思うように操る傾向がある。本人も気づいていない一面が、話が進むにつれあらわになってくる」
つまり本作は、エリザベスに心を重ね合わせるか否かで、その映画体験が大きく変わる稀有な一作。さて、あなたはどう観ますか? いずれにしろ……あなたは最後にはとんでもない“しっぺ返し”にあい、エグみの強い衝撃的なひとときを噛み締めているだろう――。
[意地悪な鏡]本来は本心を映すもの。しかし本作では…本当の意味で、人の心をのぞくことはできるのか?
数々の映画で印象的なモチーフとして使われてきた鏡。通常はそこに映る人の内面を表現する装置として使用されますが……
本作では、鏡はグレイシーがエリザベスに「自分のメイク方法」を教える場面に登場します。横並びで鏡に向き合い、和やかに会話するグレイシーとエリザベス。筆者はここで「2人の心が重なった、エリザベスは完全にグレイシーのことを理解した」と思ったのですが、実際に示唆されるのは“その逆”。果たして人の心は、本当に覗くことができるのか?と鏡が問いかけてくるような緊張感がみなぎるのです。
ジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンという2大女優の繊細な表現力と演技力をこれでもかと浴びることができる特別なシーン。ぜひ、映画館の座席で、集中してご覧いただきたいです。
[意地悪な映像×音楽]まったく合っていない。この違和感、あなたは何を思うか?
普通、映画の音楽と映像は調和し、そのハーモニーが観客の感情を増幅させるもの。しかし本作は、音楽と映像が合っていない(もちろん意図的)シーンがかなり多いのです。
例えば、「冷蔵庫を開けてホットドッグが足りない」という、グレイシーの些細な動きにも煽るような音楽で笑わせようとしたり、爽やかな鳥の鳴き声が聞こえたと思ったら、不穏さを感じさせる重低音が効いたBGMがかぶさったり……。作品全体をブラックユーモアで包んでいるかのようでした。
音楽を担当したマーセロ・ザーボス(「ワンダー 君は太陽」「THE GUILTY ギルティ」)は「(監督の)トッドは、音楽がストーリーの流れに完全に従う必要はないと考えていた」と、ヘインズ監督の希望だったと明かしています。
犯罪者の日常を覗き見る私たちの心情を翻弄するかのような音楽が何を意図しているのか、、自分なりに考えてみてほしいです。
[意地悪なラスト]事件の核心が「わかった」と感じたとき、思わぬ仕打ちが待ち受ける――
本編鑑賞後、配給関係者や映画.comスタッフらで集まって感想を交換したとき、一番盛り上がったのがラストシーンについてでした。全員が全員、その結末にまったく違う解釈をしていたため、「そんな見方もあるのか、面白い!」となったのです。
筆者個人の感想としては、事件の核心や、ラストのエリザベスの行動の理由など、すべてが「わかった」ように感じました。しかし、意見を交換するうちに、自分はわかってなどいなかったことに気がついて、今まで積み上げてきたはずの映画的セオリーが一気に全崩壊……。人間(他人)を知るということの難しさ、人間を理解したと思うことの愚かさを突き付けられました。
ああ、なんて意地悪なラスト!と思うとともに、なんて秀逸な映画なんだ!と驚きもしました。これはあくまで個人の感想で、もちろん映画に正解はありません。でも、監督からの“挑戦状”のようにも感じられるこのラストシーンからさまざまな思いを受け取って、皆さんにも自分なりの“真実”を考察してほしいと思います。
【極上③:1000%の熱演】ナタポがエグい、ジュリアン・ムーアも不安定でヤバすぎ! アカデミー賞女優の“本気”が噴出
最後に、本作を語るうえでは絶対に外せない大きな魅力=ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアの初共演について取り上げます。2大女優が生々しくエグい演技を披露することで作品の質をさらに上げているのです。
実際に観たら、この2人が本当に凄まじくって、恐ろしくって。ヘインズ監督の美学に沿いながらも、こだわり抜いた表現力で、こちらの想像を凌駕する演技対決を存分に見せつけています。
●ナタリー・ポートマンが怖すぎる 当事者の本性を暴こうとするうちに、女優の本性もまた…
エリザベスの第一印象は清楚で知的――実際にナタリー・ポートマンに抱くイメージに近い感じで、演技に対しても真摯に向き合っていますが、そののめり込み方がめちゃめちゃエグいです。
過去にグレイシーとジョーの情事が起きたペットショップを訪れて驚きの行動をとる(このシーンのカメラワークが超おしゃれで最高!)ほか、グレイシーのかつての夫や子どもたちのもとを訪れるなど、段々と「あれ……?」と思う行動が増えていき、やがて常軌を逸していきます。
そんなエリザベスの変化が恐ろしく、グレイシーが憑依したかのようなナタリー・ポートマンの演技も震えるほど恐ろしく、ラストシーンの表情にも釘付けになりました。
●ジュリアン・ムーアが不安定で生々しい 13歳の少年と不倫したのは純粋な愛だったのか、洗脳だったのか対するジュリアン・ムーアが演じたのは、世間から大バッシングを食らう騒動を起こすも、ずっと価値観を曲げず幸せそうに生きているグレイシー。一方で夜に泣きだしてしまうなど情緒が不安定で、か弱さも持ち合わせています。
このグレイシー、ストーリーが進めば進むほど、本当はどんな人物で、本当は何を考えているのかが全然わからなくなっていく……。「ヤバい人かも」と思わせる雰囲気を醸し出し、筆者も「ジョーが彼女に洗脳されていた可能性は?」と勘ぐってしまったり。ジュリアン・ムーアのさすがの名演、何度でも堪能したいです。
【まとめ】誰目線で事件を見つめ、何を思う?
考察が脳内を全力疾走し、誰かと話したくなる“ゆれる真実”は絶対に劇場で
最後に伝えたいのは、本作はどのキャラクターに寄り添って、誰目線で観るかによっても意見が大きく変わるということ。
あなたは何を思うのか――。7月12日(金)公開です。自分なりの“真実”を見つけに、ぜひ劇場に足を運んでください!