数年前、イスラム文化圏の女性たちがいっせいに怒りを爆発させるという場面に遭遇したことがあります。北アフリカのとあるハブ空港で出張の最終目的地に向かう飛行機を搭乗ゲートで待っていたところ、ゲート付近に航空会社職員と思われる男性が現れ、フランス語で何事か説明し始めました。そうしたら、その場にいた搭乗予定客のうち、恐らく20名弱の女性たちがいっせいに金切り声を上げ、口々に抗議を始めました。オマケみたいな英語での説明を聞いてみると、どうやら搭乗予定のフライトがキャンセルになったとのこと。夜10時離陸予定で1時間くらいで目的地到着の便で、なくなっちゃったらどこで寝るのよ、とほほ…と途方にくれておりましたが、その間も女性客の猛抗議が続いていました。男性客は数にして女性客の3倍ぐらいはいたと思うのですが、割と静かでした。彼女たちは様々な年齢のようでしたが、ほとんどが一人旅のようで、共通点はみな頭にヒジャブを被っていることでした。服装は欧米、アジアと照らし合わせてみてもまあ普通で、それなりにオシャレもしている感じ、ヒジャブの色や柄もいろいろでその被りこなし(?)もファッションの重要なポイントなのではと感じました。
(この件、アフリカ大陸内の「横飛び」~かの地に詳しい日本人がそう呼んでるらしい、大陸内移動のフライトのこと~ではよくあることみたいで、航空会社にマニュアルでもあるのか、空港近くのホテルにバスで連れてゆかれ、そこで宿泊代航空会社持ちで一泊、翌早朝の臨時便で移動という経緯をたどりましたーー閑話休題)
ということで、話があちこちに跳んでおりますが、彼女たちの異様なまでにすさまじい抗議行動を目の当たりにして、また、その周囲にいたであろう同胞男性諸氏の冷ややかな態度を見るにつけ、この場面での爆発の背景には、女性たちが常日頃感じている、かなり根深いルサンチマンがあるのでは、と感じた次第です。いずれにせよ、私にとってはかなり強烈な異文化体験でした。
で、ここでようやく、この作品の話です。四姉妹の長女、次女が十代にして出奔し、「イスラム国」《注》 に参加したことを扱ったドキュメンタリーです。上記の話を長々としたのは、そこに登場する四姉妹やその母親にその根深いルサンチマンの存在を感じ取ったからです。
《注》イスラム国(Islamic State)は過激派が自称しているだけの名称であり、特に一般のイスラム教徒の皆さんが不快に感じることもあり、日本のメディアも呼び方を変えてきています。現在はイスラム国を名乗る過激派組織: ISIL(アイシル)のような呼び方をしています。ここでは以下ISILと記します。なお、ISILは統治機構を持ち、シリアの内戦につけ込んで勢力を拡大した2010年代半ばの全盛期には、面積にして30万平方キロ、人口800万人を統治下においていましたが、今は壊滅状態にあります。興味のある方は検索してみてもよいかと。
Personal is political. という言葉があります。ちょっと怪しげな英語ですが、個人的なことは政治的なことである、という訳をあてられ、TVドラマ『御上先生』で松坂桃李が演じる教師がよく使っていました。そのドラマでは、ごく個人的な事情と思っていたのに、実は政治の影響を受けている事象が描かれていました。このドキュメンタリーも一見すると、よく機能しなかった家族の固有の問題にも見えますが、母親の母になるまでの経緯とか、母と四姉妹との関係とか、四姉妹と社会との関わり合いとかの件には、政治だけでなく、宗教やら文化やら経済やらの社会の諸事情の影響も大きかったのではないかと思われます。何よりも上記のルサンチマンが生まれる根底にあるのは、そういった諸事情です。で、そのルサンチマンを抱えて生きている人間のうち、姉ふたりの行き先がISILだったーーISILの独善的で排他的な「正義」が、不幸なことに、彼女たちの、母親を含む世間一般に対する怨念の受け皿だったのかもしれません。また、彼女たちの陰には、四姉妹の三女、四女を始めとする何百、何千、何万の、もしかしたら、そちら側に行ってしまったかもしれない人々がいたことも忘れてはならないと思います(ちなみに、公安調査庁のサイトによると、ISILに合流目的でシリアやイラクに渡航した人数は、世界110国から4万人以上、チュニジアからは2,926人でした)。
海外の、こういった諸事情、別の言葉で言えば、世間の様子といったものは一般のニュース報道では捕まえることができません。ここで描かれていたのは極端な例かもしれませんが、かの地の空気感を切り取っていて面白かったです。また、チュニジアでは、ヒジャブやニカブが禁止されてたいた時期があったんですね。一口にイスラム文化圏と言っても様々な考え方があることがわかり興味深かったです。
ドキュメンタリーに登場した四姉妹それぞれとそのお母さん、また、四姉妹それぞれの次の代の子供たちが少しでも心穏やかな日々を過ごせる未来が来ますようにー