ミッシングのレビュー・感想・評価
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個人評価:3.8 吉田恵輔監督らしい、リアルで荒々しい物語。 この...
石原さとみの演技が凄いとの事でどんなもんなんだろうと鑑賞。 うーん...
苦しみと光
体当たり・・・
取材中の石原さとみが感情的になって思わずこぼした言葉がたまたま虎舞...
わかってるけど見なきゃいられないんだよ
私的には、青木崇高と中村倫也の役が逆の方がしっくり来たかも・・・・
自宅レイトショー『ミッシング』
劇場パスした作品シリーズ
こんな石原さとみ見た事ないって話題だった作品
少女失踪を軸に苦悩する親が・・・
追いかけるマスコミと無責任なSNS投稿に翻弄される姿は、ワイドショーで見たことのある光景
終始ドキュメンタリーを観てる様な作品で、終始辛さしか伝わって来ない観てて苦しい
映画として観れば、ラストが拍子抜けでモヤモヤが残る
私的には、青木崇高と中村倫也の役が逆の方がしっくり来たかも・・・・
狂った世界にも救いがありますように
現実が忠実に描かれていて、すごく良かった。
辛く重い映画だと思う。
ちょっと見るのに勇気がいると思う。
石原さとみがほぼノーメークで体当たり演技してるらしいと聞いて、
ネトフリ鑑賞。
石原さとみの演技力に圧巻。
勢い、表情、とにかくすごい。
えっ、かわいい石原さとみしか知らんかった…こんな石原さとみがいるんか…。と絶句。
大切なお子さんがある日突然消えたら、誰だって感情がおかしくなる、平常心じゃいられない。
そしてネットを利用する誹謗中傷、悪意あるいたずら、今の世の中必ずある。
あちこちから苦しめられて、お金も無くなって、すごく現実をみさせられた。いつまでもきれいごとじゃいられない。自分も幼い子がいるので自分がこうなったらとどうするか、非常に感情移入してしまい、終始いたたまれなかった。
最後もこれが正解だと思う。だって、石原さとみは、そうじゃないか。
ずっと、こうやって抱えるしか、ないじゃないか。
現実はそうだよ、これはただの娯楽ではない、現実世界に起こりうる、警鐘だと思う。
いっそどんな状態でも見つかったら、区切りがつくという考えもよぎる。
でも、希望を捨てずに、どうか、生きているんじゃないかという可能性を考えたら、どちらも、苦しくて、自分なら、選べない。
報道の在り方も考えさせられる映画だったと思う。ちょっとしたことで被害者がたたかれる。真実を伝えたいのはわかる、上層部に視聴率を求めらるのもわかる。救いのない、苦がたくさん存在する映画だったと思う。
うーん
はじめての石原さとみ
リアルでしたね。リアル過ぎて自分にはキツかったな。 観てる途中で何...
えーっ
ちょっとだけ消化不良
石原さとみさんの演技は素晴らしく、見てて苦しくなって涙出るんだけど、
ストーリーで、ミステリーの要素を期待してたからその部分が消化不良。
はじめから、行方不明事件の関係者とマスコミの心の葛藤ドラマとして見てればよかったかな。
石原さとみの失禁シーンがあるほどの迫真演技
熱演なのはわかる
沙織里(石原さとみ)は必死さをだそうとしているのがわかった。が、必死さをだそうとすることと、必死に見えるのはちがった。
砂田(中村倫也)は局の方針に疑念をもつ情け深い記者──という設定だが、昨日今日番組づくりをはじめた──わけでもない局内でヒューマニズムと視聴率主義が対立している様子にはムリがあり、結局憐憫をかせぐ状況をつくりだそうとしている気配が、リアリティを上回ってしまっていた。つまり世間の冷たい風にあてられる沙織里たちと、局内で葛藤する砂田を描くことで、惨禍を盛り上げようとしている雰囲気が濃厚で、それがあたかも荻上直子の波紋のようにあざとく見えた。
おそらく映画があざとくなってしまったのは、この映画が「なりふり構わなくなった母親」を描くことに焦点したからだった。
ではなぜ「なりふり構わなくなった母親」を描くことに焦点したのかといえば、それが石原さとみの野望だったから。
憶測に過ぎないが、この映画は演技者としての脱皮を望む石原さとみの野望に付き合うことで、あざと映画になった──と思われる。
言ってみれば石原さとみ脱皮プロジェクトだった。
映画は沙織里を世間と対比させながら描くことで「なりふり構わなくなった母親」を際立たせることに執心していた。日常に「なりふり構わなくなった母親」を投入することで、そこで起こる不協和やAwkwardな空気感を拾っていく。
だから沙織里はつねに狂騒的な状態であり、あるいは、たとえば、テレビの取材で沙織里が娘・美羽の特徴や思い出を話しているとき「なんでもないようなことが幸せだったと思います」と表現したのを、カメラマンが虎舞竜(のロードの歌詞)を思い浮かべてしまうと口を挟むシーン──なんてのもあった。
そのシーンは思いっきり気恥ずかしくて苦笑いした。
結局この映画のつらさは、必死な沙織里の姿に哀憐を感じてのつらさではなく、あざとさ・わざとらしさが小っ恥ずかしいゆえのつらさだった。個人的には「うわあ見ちゃいられん」という共感性羞恥心が発動しまくる映画だった。
このことは石原さとみがぜったいに石原さとみにしか見えないことにも由縁している。
以前シン・ゴジラのレビューに『常に不自然な「気張り」を感じてしまう女優でもある。』と書いたが、この映画の石原さとみも役の沙織里には見えず「とても頑張ってなりふり構わなくなった母親を演じている石原さとみ」にしか見えないのだった。本作で確かに石原さとみは石原さとみにしか見えない女優だと再確認できた。
またリアリティを追求するために出演者たちが一般人の見た目に落としていることも、素直にリアリティにはつながらず「リアリティ追求のために一般人の見た目に落としているんだな」という風に見えてしまっていた。
石原さとみは役作りのために髪を洗わなかった──とプロダクトローンチ(公開前マーケティング)していたことも個人的には裏目だった。
ただし日本では「頑張りに対するねぎらい」点の加算が期待できる。
だからこそ日本映画には深刻な主題を頑張ってつくりました──という独自マーケティングがあり、本作もConsを抑えて高評価されているわけであって、不満を言いにくい防壁をもった映画になっているが、わたしはとりわけ逆張り(あまのじゃくな物言い)をしているわけではない。じっさい見づらい映画だった。
もちろん事件に対する見解に異論はなく、世の中は理不尽であり被害者や遺族に誹謗中傷が浴びせられることがある。池袋暴走やキャンプ場女児失踪事件でもそういうことがおこった。がんらい事件で精神的打撃をうけた被害者遺族にさらなる追い打ちをかける匿名の誹謗中傷は卑劣かつ残酷であり、そんなことをする奴はしねばいいのだし、我が子の失踪や暴行に遭った親がとりみだしてなりふり構わなくなることは当然であり、狙いもキャラクター設定もよくわかる。ただ世の秩序と映画の見た目は別腹という話。
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