バンクシー 抗うものたちのアート革命 : 映画評論・批評
2023年5月15日更新
2023年5月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺ほかにてロードショー
バンクシーが起こした数々の事件に驚嘆しつつ、その正体について考察してみる
現在も活動しているモダンアーティストの中で、バンクシーは群を抜いて有名、かつ作品が高額で売買されている人物ということで間違いないでしょう。
バンクシーに関するドキュメンタリーは過去に何本か存在しましたし、バンクシー自身が監督を務めた映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」(2011)はアカデミー賞にもノミネートされました。2011~12年ぐらいにミニ・バンクシーブームがあったと記憶しています。
しかし、一連のバンクシー映画は興行的にはあまり成功したとは言えません。特に日本ではバンクシーの知名度は低く、あくまでカルト的な、知る人ぞ知るアーティストにすぎませんでした。
ところが、2018年10月に起きた「サザビーズのシュレッダー事件」で、その知名度は爆上がりします。オークション会場で起きた前代未聞の事件。ハンマープライス直後に絵が額縁からせり出し、短冊状に切り刻まれる衝撃映像は、唖然とするスタッフや、嬉々として報道するニュースキャスターの姿とともに拡散し、世界中の人々に「バンクシー」の名はかつてないほど鮮烈に刷り込まれました。
2019年1月には、小池百合子東京都知事が、都内で発見されたバンクシー作と思われるネズミの絵をツイッターにポスト。すっかりワイドショー案件になってしまったバンクシーの名は、ここに到って完全に日本でも定着したと言っていいでしょう。2020年には、横浜で大規模なバンクシー展がスタートし、2年かけて全国を巡回しています。
今回の映画「バンクシー 抗うものたちのアート革命」は、そんなバンクシーの生い立ちから今日までの軌跡を分かりやすく説明した、非常にタイムリーな一本です。バンクシーの出身地である英国ブリストルのグラフィティ・シーンの変遷、バンクシーの作風の変化とそのモチーフに関する解説などが、関係者によって非常に懇切丁寧に語られています。
中でも語り草になっている、テート・ブリテンなど各国の美術館に自作を勝手に展示した事件、また、パレスチナの防御壁に作品を残して名声を得た事件などは、改めて映像で見るにつけ、相当にエキサイティングでクレイジーです。バンクシーのアート公開行為は「展示会」とか「インスタレーション」というよりは「事件」と表現する方が相応しい。バンクシーは「画家」とか「アーティスト」という枠に全然収まっていません。
さて、バンクシーの正体はいったい何者なのでしょう? 映画の中では、マッシブ・アタックのベーシスト、ロバート・デル・ナジャと覆面をしたバンクシーの姿が連続して現れるという、その正体に関するヒントみたいなシークエンスも出てきます。
しかし、この映画を見ながら考察するに、バンクシーのイベントは近年だいぶ大がかりです。ディズマランドとか、ウォールド・オフ・ホテルとか。もはやバンクシーは個人ではなく、チームであり法人にまで拡張していて、数名から十数名規模の集団なのではないかと考えられます。個人ではないと考えると、「正体不明」という概念は吹き飛んでしまい、「バンクシーというチーム(会社)」が次に何をするか、その作品がいくらで売れたか、が最新情報になる。コンセプト部隊が作品を作り、実行部隊がそれを壁に残し、SNS担当や広報担当が拡散する。何だかとっても今どきなアートユニットという感じがします。
もちろん、本当のことは分かりませんが、バンクシーの偉業の数々を改めて確認しながら、その正体についてあれこれ考えを巡らせるのもまた、この映画の楽しみ方です。バンクシーとその作品は、色んな感情と考察を見る者に投げかける、非常に希有な存在です。
(駒井尚文)