ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い : インタビュー
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ初となるオリジナル長編アニメーション映画「ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い」が、12月27日から公開される。監督を務めたのは、「東のエデン」「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」「精霊の守り人」などの神山健治。絵コンテも全て自ら手掛けた神山監督に、キャラクター作りや、アニメーションならではの強みを聞いた。
本作は、J・R・R・トールキンによるファンタジー小説「指輪物語 追補編」の一部である、ローハンの最強の王ヘルムについての記述をふくらませたオリジナルストーリーを描く。「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズを手掛けたピーター・ジャクソンが製作総指揮、「Studio Sola Entertainment」がアニメーション制作を担うほか、VFXプロダクション「WETAデジタル」が全面協力。全編手描きのアニメーションでありながらもシリーズの世界観を忠実に再現している。
【あらすじ】
誇り高き騎士の国ローハンは偉大なるヘルム王(CV:市村正親)に護られてきたが、突然の攻撃を受け平和は崩れ去ってしまう。王国の運命を託された若き王女ヘラ(CV:小芝風花)は国民の未来を守るべく、かつてともに育った幼なじみでもある最大の敵・ウルフ(CV:津田健次郎)との戦いに身を投じていく。
■原作小説に書かれていたのはたった1行だけ 主人公・ヘラはどのように作られていった?
――原作に書かれた騎士の国ローハン最強のヘルム王についての記述をふくらませ、映像化されました。どのような経緯でヘルム王の逸話に着目し、ヘラを主人公にしたのでしょうか。
ヘルム王は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズファンの間では有名な伝説の王だったので、彼のエピソードを選ぶのは面白いと思いました。映画としてのサイズもちょうどよかった。1本の映画なので、「ロード・オブ・ザ・リング」3部作みたいに大きな話よりも、ローハンの“人間”たちにフォーカスして作れるので。
原作(日本語版)でヘルム王について書かれていたのは6ページでしたが、その部分をふくらませるにあたり、ヘルム王だけだと映画にならないとも思いました。事象だけが書き記されているので、ヘルム王の内面がわからない。途中で死んでしまいますしね。そこで物語の最初から最後までヘルム王の行動を見とどけた人が必要になると思ったんです。
原作でヘラについて書かれていたのは、冒頭たった1行だけ、ウルフに求婚されるもヘルムが断ったと書かれて人兄弟がいて、一人が女性。そして生死は記されていない。ならこの女性を主人公にすると原作者のトールキンの世界観も補完できると思いました。原作にしっかり明記されてはいませんが、おそらく、女性が王位をつぐことなどは許されない時代だったんだと思います。「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのエオウィン姫も剣を持つことが許されず男に変装して戦っていたので、そういった世界観も補完しつつ、ヘルム王の顛末を見届けるキャラクターとしてヘラが生まれました。映画側が生み出したオリジナルキャラクターというよりは、追補編にも書かれていないけれど史実はこういうことだったんじゃないかというように、原作をリスペクトした形でオリジナルキャラクターを作ろうと考えました。
――ヘラは滅亡の危機に瀕した王国の運命を託されることになります。内面的な部分のキャラクター作りでは、どんなことを意識されましたか?
よくある、戦うヒロインにはしないようにしましょうと話しました。そのうえで、フェミニズムを強調しすぎたり、ただのラブストーリーにもしないよう気を配りました。キャラクターを肉付けしていくとき、原作の設定がしっかり作られているからこそ、オリジナル要素がトールキンの原作と違和感がないように、フィリッパとは何度も話し合い、最終的には僕の方で背景を肉付けしていきまいた。
ヘルム王はヘラが産まれた時にどう思ったのか? お母さんがいないのはヘラが産まれた後に亡くなられて、ヘルム王はそのことをどんな風に受け入れたのか。ヘルム王としては子どもたち全員を愛していて、ヘラのことも溺愛している。ヘラに家を継がせることはできないけれど、もしかしたらヘラが一番王様に向いているって思っていたんじゃないかとか、そういったバックストーリーを考えていきました。
――監督自ら絵コンテも全て手掛けられました。ご自身の希望だったのでしょうか?
アニメ映画の場合、各キャラクターを演じるのは監督なんです。キャラクター全員の心象を1回自分で追体験して、その人になって映画を観ていかなければいけない。声を当てている俳優はいますが、その役を自分として演じる実写とはまた少し違って、しゃべっていないところは監督が作らなければなりませんから。なので、通しで絵コンテを描かないとキャラクターが揺れちゃう。特にウルフは複雑なキャラだったので、そういう部分を一貫するためにも、今回は通して描かないといけないと思いました。
ただ、物量で言うとめまいがするくらい大変で(笑)。感覚としてはこの映画を『3回〜5回撮った感じ』ですね。まず絵コンテとして1回、その後コンテムービーに合わせてプレスコ(※映像より先に音声を録音・収録すること)をして2回。それをもとにモーションキャプチャーを使用して全シーン撮影、そのデータを使って次はカメラを置いてCGシーンで全カット撮影、それを元に手描きによる作画で全カット演出。3年間で5回くらいこの映画を通しで撮ったイメージです。大変でしたが、映画の世界に集中して入り込めるのは、映画を撮る1番の醍醐味でもあります。それを5回もやれたのは本当に楽しかったですし、楽しいと思えたからやり切れたんだと思います。
■アニメが持つポテンシャルとは? 本物になれないからこそ、本物っぽさをスパイスとして追加
――そんな大変な作業を経て本作が完成した今、日本の手描きアニメーションならではの強みを感じた部分はありますか?
映像にはそれぞれの意味性があって実写は実写、CGはCG、手描きは手描きで、同じものを描いてもそれぞれ観客に与える印象が違うと思うんです。手描きのいいところは、全部が絵(嘘)なので、ちょっと本当のことを入れることによってリアリティーが増す。実写は一応全部が“本物”なので、ちょっとでも嘘が入ってくると映っているものがリアルであるがゆえに、途端に嘘っぽくなってしまうんです。CGはCGで、なんでもできるからちょっとリアルにしたくらいでは説得力が出にくいという特徴がある。手描きのアニメはリアルになれないからこそ、“本物っぽさ”をスパイスとして入れることで、すごさがより引き立つと思います。
わかりやすい例では、実在の商品や実際にある街を登場させるとかですかね。見たことがあるものが手描きの絵で出てくると、アニメを観ている人に「この世界は実在するんだ」と思ってもらえる比較的容易な手法です。僕もよく使いますが、ファンタジーのときはそういうことができない。昨今本格的なファンタジーやSFが作りにくいのは、そういう理由もあると思います。うまくやっている作品もたくさんありますが、別の方法で説得力を持たせているんだと思います。
「ロード・オブ・ザ・リング」の場合は、実写映画と提携している点を活かして、三部作に登場した舞台を共有することで、実在感を補っていましたし、そのほかにもCG空間にカメラを置いて実写のようなカメラアングルや、ライティングを施して、アニメだけれど実写のような感覚をえてもらえないかという表現にも挑戦をしています。
■どうしてアニメ? 疑問を覆すクオリティーに自信「実写と遜色ない映像が作れた」
――実写の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズファンの方へ向けて、アニメーションならではの本作の魅力を教えてください。
実写シリーズのファンの方のなかには、普段アニメを観ない方もいると思います。アニメのいいところは、先ほども言ったように全部が絵(嘘)なので、一度その表現のルールに入り込めば、リアリティーという壁にぶつかって現実に引き戻されることがないところです。
実写シリーズのファンの皆さんからすると、「どうしてアニメなの?」っていう疑問もあると思います。でも、アニメだからこそ豪華に感じられる、全部手で描かれているがゆえに感じる凄みがあると思います。普段アニメを観ない方でも、何か違った凄みのある映像が作れましたと思っています。アニメの「ロード・オブ・ザ・リング」もいいなと思ってもらえたらいいですね。
■「映画」の正体を追い求めて「とにかく映画を作りたい」
――普段はアニメ作品を観ることが多いのでしょうか?
アニメも観ますが、9:1くらいで実写映画を観る方が多いです。僕はとにかく映画を作りたいと思ってこの仕事を始めました。ハリウッド映画を作る人、「スター・ウォーズ」を作る人になりたかったんです。でも日本で作るなら、アニメで作った方が海外の映画に負けない映画を作ることができる――アニメにはそういうポテンシャルがあると思ってアニメの世界に飛び込みましたが、今でも“映画”を作りたいという思いが強いですね。
映画って、なんなんでしょうね? 映画の“正体”を知りたいんです。よく皆さん「これは映画だな」とか「あんまり映画っぽくなかったね」とか言いますが、それってなんなのか誰も教えてくれない。僕自身、その正体を知りたくてずっと映画を作っている気がします。
――素敵なお話をありがとうございました。最後に、最近観て面白かった作品を教えてください。
「ザ・バイクライダーズ」です。超大作というわけではないですが“映画っぽい”なって思いました。