夜明けのすべてのレビュー・感想・評価
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心が温まりました
早くも今年一番と感じることができる作品に出会えました。
三宅監督の作品はケイコ〜から見始めましたが、登場人物を俯敗で見せるのがとても心地よい作品作りをされる方だと感じてます。本作も登場人物の表情を映すというよりは、その時その場所で起こっていることを切る取ることで、しっかりと物語を紡いでらっしゃるなと思います。
題材としては藤沢さん山添くんそれぞれが抱えてる病に注目される方が多いかもしれませんが、症状というよりは病と共存しながら生活する人々の共存を描かれていて、そういうものを押し付けるような形は一切なかったです。とは言っても、自身がPMS持ちで友人がパニック障害を抱えてる身としては、苛立ちやパニック発作のシーンもとてもリアルに感じ、役者がちゃんと学んで芝居に取り入れたことが伝わってきました。
プラネタリウムの締めの言葉や、山添くんのラストの語りは、言わずもがな心に温もりを与えてくれましたが、個人的には栗田科学冒頭の藤沢さんが大福を買ってきた時に久保田磨希さん演じる先輩が掛けた言葉がとても優しいフォローで、なんてことないシーンなのに刺さりすぎて泣いてしまいました。
上映期間が終われば、サブスク配や円盤化はされると思いますが、ぜひ劇場で観て優しさに包まれて欲しい作品です。
キャラの解像度が高いようで低い。それが人生ですか????ん?
原作未読。不安障害を抱える身として何か共感できる部分はないかと思い視聴。PMSとパニック障害に翻弄されるふたり、グリーフケアの会に参加する社長と元上司、の割に掘り下げられない登場人物たちの背景に少し物足りなさを覚えたが、綺麗な映画。
PMSにあそこまで苦しめられてたら、いくら家族に血栓症がいたってピルを処方してくれないものなのか。ピルがダメだからと精神安定剤を処方されていたが、パニック障害が発作を起こした時に服用するような薬をPMS患者に一発目に処方するものなのだろうか。そっちの専門家ではないので単なる疑問だが。(主人公2人を引き合わせるキーポイントとして使いたかったのは分かる)私だったら、仕事中に眠ってしまうほどの薬なら先生に再度処方しなおしてもらうけどなぁ。そもそも、最初の辞職するまでのストーリーを急ぎ足にする必要はあったのか?
また、月に一回必ずヒステリックになる、というのも中々生理に対する解像度が低いのではないかと思った。ものすごく単純すぎる。映画として分かりやすいようにしているのだろうけど女って、PMSって、そんな単純なものではないはずだ。あ、今月はなんか平気^^みたいな演出一個でもあったらめちゃめちゃおもしろかったのにな。
主人公1人くらい背景とストーリーをもっと深掘りしてほしかった。
ただ、お友達に謝りLINE考えてるシーンの「俺パニック障害なんで(笑)」のくだりは妙にリアルで心にチクっときた。パニック障害もPMSも、受け取る人からしたら言い訳にしか聞こえないこともあるだろうし、逆に過保護にされることもあるだろうし、難しいね。
人の温かみ、繋がりに焦点を当てたせいか、細かいところにツッコミどころ、気になるところ満載で主人公たちに対する没入感はそこまでだった。
主演2人、他の俳優陣にあそこまでの演技力がなかったら、なかなかの駄作になってたのではないだろうか。なんだか奥にすごく濃いミソが固まってるのにうわずみだけ飲まされてる感覚。だが、それが人生なのだ。みたいなメッセージを込めた作品なのだろうか。みんな何かを抱えながら生きている^_^みたいな映画なんだろうか。
映像的にあの放送部の子達が撮った映像を見せられてる体なのだろうか。
パニック障害ではないからなんとも言えないが、気持ちがいっぱいいっぱいになった時帽子を被ったり、2人で読書してる時、「あとがき」のページまで読んだら本を閉じたり、終盤になって初めて会社のみんなの朝の挨拶が聞けたり、細かな演出はすごく気を使っているのは良かった。
「PMSとパニック障害って比べものにならなくないですか。」みたいなセリフもよかった。生きづらい、なにかを抱えてても比較になるものではないし、そこで一回対立があってもおもしろかっただろうな。でも、開口一番パニック障害ですか?とか、あ、僕PMSに興味あるだけなんで。とかなんかこう節々にモヤつく部分がある。
まあ、あの世界の2人が良ければいいんだけど。
と思わせてくれるくらい現実味のある世界観。なんだけどなんだか足りない、物足りないなぁ。
救われました
藤沢さんのPMS対策として作中で出てきた方法のどれも、私自身試したり、取り入れたり、失敗したりと、とても共感するもので、映画を見ながらどこか藤沢さんが”私”に思えてなりませんでした。症状の度合いや種類は千差万別で、藤沢さんとは違う症状を持つけれど、たしかにそこにはPMSに悩む”私”がいて、これからは、誰にも話せないまま孤独に症状に耐えているのではないと思うことができて嬉しかったです。
山添くんが「お互い」に違和感を覚えるシーンでは、病気が違えば症状も違い、できることできないことも違う、同じ病名だとしてもその症状は個人によって全く違う、今苦しみ悩んでいるときに他者からひとまとめに頑張ろうと括られて、ひっかかる心情が痛いほどよく分かりました。一方で藤沢さんの言う「お互い頑張ろう」も間違っていない言葉だと感じます。山添くんが藤沢さんと話すようになっても、「お互い」の件を藤沢さんに謝罪しないでいてくれて、どちらの意見・感情が正しくてどちらが間違っているかを決めない作品で個人的にすごく良かったと思いました。
山添くんの表情が晴れやかなものになっていったり食べ物を美味しいと言ったりしても、最後まで電車や飲食店の屋内に入る描写はなく、藤沢さんのPMSもなくなるわけでもない。エンドロールのその後もそれぞれ抱えて暮らしていく一人と一人がいる。
自分自身は大きな世界のなかの小さな一人であることはこれからも変わらないですが、手元に温かくて優しい光をポンと乗せてもらえた気がしました。
自分でも信じられないくらい泣けた
最初に泣いてしまったのは、ずっとカーディガン姿だった山添が栗田科学というジャンパーを羽織った場面。
そして、涙が止まらなくなったのは、渋川清彦演じる山添の元上司が、山添の言葉を聞いて顔を歪ませるカフェでの場面。元部下が自分の居場所を見つけたことを泣いて喜んでくれる元上司って…。
自分でも「疲れてたんかなぁ」とも思うが、信じられないくらい泣けた。
「ケアすることはケアされること」とは言われるが、映画に登場する誰もが、そんな風に大上段に構えて誰かをケアしてはいない。
むしろ、ケアしたかったのに、それに気がつけずに今も悔いを残している人たちが登場する。
発作に苦しむ藤沢や山添に対して、彼らの振る舞い方の自然さに救われる。
そして、藤沢や山添を面倒くさがる奴らも、勝手にアウティングする輩も出てこないことがありがたい。実際の世界の中には、そうした行為をする者も山ほどいるだろうが、そんな行動はいずれ消え去るべきもので、この映画の中では雑音にしかならないので必要ない。そのきっぱりとした演出がいい。
栗田科学のような会社のあり方は、本当に理想的だなぁとしみじみ思うが、それも、弟の自死を経験している社長の「日常的に人を大切にする振る舞い」が社員をそうさせているのだろう。
(追記:2回目を鑑賞して、栗田科学には「人にやさしく 自分にもやさしく」というポスターが貼られていることも確認。社訓も「想像する心 創造する力」で、なるほどと思わされる)
それにつけても、「知る」ことの大事さもよく伝わってきた。藤沢も山添も、互いの病気について知ったことで、わずかでも相手を助けられるようになり、ひいては、それぞれ自分の病気とも向き合えるようになったのだと思う。
山添が自転車を漕ぎ出す場面、そして、日陰の登り坂で自転車を降りて押す場面を見て、自分の病気との向き合い方を身につけてきたんだなあと感慨深かった。(ママチャリに追い抜かされても穏やかな山添、ナイス!)
話は少し変わるが、今回は、妻と一緒に鑑賞して、同じ場面でも、こんなに捉え方が違うのかという経験をした。
一つ目は、山添の部屋で、藤沢が残ったポテチをガァーっと口を開けて流し込むカット。
自分は「男の部屋でもこうした気を使わない振る舞いができる関係性だよっていう表現かな?」という捉え方をしたのだが、妻は「あぁ、あんなに食欲が抑えられないって、もうすぐPMSが発症するなぁ…」と思って見ていたらしい。
二つ目は、藤沢が、日曜日に車を洗いに出社するカット。
自分は「前回の発作の時に、山添に教えられた事が、コーピングレパートリーの一つとして、ちゃんと身についたんじゃん! これって、メンタルクリニックで否定されてた認知行動療法じゃないの?」などと思っていたのだが、妻に言わせると「生理が来る時って、急に色んな物をきれいにしたくなったりするんだよ。お風呂磨きしたくなったりさ。生理が来るとぐったりして動けなくなっちゃうから、本能的にそうなってるからかもしれないけど。それにね、ケアすることでケアされるって、物に対してもそうだからね。丁寧に洗濯物を畳んだり、整頓したりって、相手が物だけど、自分もケアされるんだから」とのこと。
…何も言い返せませんでした。
いやぁ、自分の知らないことを知るってやっぱり大事。
あと、夜明けをテーマにしているだけあって、光と陰影の対比表現はとても素晴らしかった。
「あのプラネタリウムの外にいる山添の顔の陰影がさ、太陽に照らされている地球や月みたいでさぁ…」「あの自転車を降りた坂道は日陰になっていてさ」などと熱く語っていたら、妻に「よくそんなこと考えながら観ていて、号泣できるねぇ」と呆れられてしまった。
けど、自転車に乗る山添の顔に光が当たったり、時折陰になったりっていうのが、山添の人生を表しているようで、そういう所もよかったのだから仕方がない。
けど、そういう所を語り過ぎるのがうざいのだろうなということもよくわかる。ごめんなさい。
最後に出演者について。
藤沢の友人役に、ドラマ「silent」で、主人公の紬の友人役を演じた藤間爽子、山添の恋人役に、「朝がくるとむなしくなる」の芋生悠、自助グループのリーダー役に、「さよならほやマン」の漫画家役の呉城久美など、以前に観た作品で好きだった役者が次々と出演していたのもうれしかった。
現時点で、本年度ベスト作品。
(ホントは、2回目は、コメンタリーを聞きたかったのだが、なぜかUDCASTがちゃんと起動せず、聞けなかった。同じ様な人いますか? 原因不明で困ってます…)
個を見つめる
私もPMSとまではいかずとも(そもそも諦めて診断を受けたことがない)生理前は偏頭痛と微熱に悩まされている。また、息子が軽度の発達障害と自閉症で、たぶん私自身も。今でこそ病名がつくけれど、20年30年前は、その生きづらさがただの甘えだと片付けられていた。
映画の中で藤沢さんが「病気にもランクがあるか、PMSなんてまだまだだよね」って。これを聞いて私は憤った。これを聞いてというか、この言葉を言わせた山添君に憤った。何が辛いかなんて人それぞれで、弱い、甘いと言われればそれまでだけど、姿形が違うように、好きな歌が違うように、人が人である限り同じ物を見聞きしても人が10人いれば10通りの感じ方がある。勝手に決めつけないでほしい。と同時にこれを言わせてしまった山添氏も自身の失言を感じ変わるきっかけを作ったように思う。
栗田科学の朴訥な優しさの中で出会った事で二人は救われて、二人の成長で社長も救われて、本当にそれぞれの夜明けがあった。
自分の弱さを受け入れる事、人を思いやる事で少しでも生きやすい世界になればと思える作品だった。出来る事なら、新たな1歩を踏み出した藤沢さんをこの先も見守りたい。
優しい映画、原作を読んでからもう一度観たい
大きく感情を動かされたりするということではないのですが、とにかく丁寧に作られていて、登場人物が皆優しくて温かくて、好きな映画だなと感じました。主演のふたりの塩梅とか空気感がすてきです。個人的にはあっという間すぎて、あと2-3時間あっても観られそう。
ネタバレということではないかもしれませんが、藤沢さんがみかんを食べながら歩いているのがなんだか妙によかった。原作もそうなのかな、と読んでみて、今度は夜観てみたいと思いました。
【"人に優しく、自分に優しく。そして明けない夜はない。”今作はPMSの女性とパニック障害の男性の関係性の変遷を軸に心に哀しみを抱えながらもきちんと生きる人たちの姿を優しい視点で描いた映画である。】
◆感想
・藤沢さん(上白石萌音)はPMSの為に、最初の会社を入社直ぐに辞めざるを得なくなる。だが、5年後に小さな所帯の栗田科学で勤めている。
山添君(松村北斗)は、2年前に発症したパニック障害の為、栗田科学に就職する。電車にも怖くて乗れないからだ。
ー 栗田金属の社長(三石研)や社員たちが、藤沢さんや山添君に接する態度が優しい。社長は仕事熱心だった弟をある日突然亡くし、喪失感を抱えながらも毎日一生懸命に生きている。山添君の元上司(渋川清彦)も同僚を過去、過労死で亡くしている。
故に、社長も元上司もグリーフケアに通っているのだが、今作を観ると心に哀しみを抱えた人ほど、人に優しいのではないかなと思ってしまうのである。-
・藤沢さんはPMSの症状が出ている時に、山添君がいつも飲んでいる炭酸飲料の音が気になると言って、山添君にキツク当たってしまうが、直ぐに謝る。
ー 彼女は、頻繁に会社の人達にお土産を買って来る。PMSの症状が出ない時は、他人に気を使う良い人なのである。-
・山添君は、少しづつ隣席の藤沢さんがPMSの症状が出そうな気配を察し、気分転換の為に洗車をさせる。
ー 山添君も、他人の気持ちが分かる良い人なのである。そして、山添君は彼を気遣う元上司に”今の会社で働きます。”と告げるのである。その言葉を聞いて涙を拭う元上司の姿が沁みる。-
■二人の関係は、恋愛には発展しない。但し、いつもお互いに相手の事を気遣っている。そして影響し合っている。藤沢さんは山添君に自転車をプレゼントし、山添君は藤沢さんが体調不良で早退した時に、その自転車で山添さんの忘れ物(スマホ)を以前藤沢さんが山添君の体調を気遣ってイロイロと買ってくれた時の袋に入れて持って行き、帰りに会社の皆にたい焼きを買って来るのである。藤沢さんのように。
<今作は、PMSの女性とパニック障害の男性の関係性の変遷を軸に、心に哀しみを抱えた人たちが生きる姿を優しい視点で描いた映画なのである。>
地球は動いてる。
PMS(月経前症候群)のせいで月1にくるイライラが抑えられなくなる藤沢(上白石萌音)さんと会社の同僚、山添君(松村北斗)の話。
月1のイライラがくると上司であろうと怒ってしまう藤沢、それもあって会社で居づらくなり転職、その転職先の栗田科学で何かそっけなく愛想なしの山添君と出会うが…ある日、会社で発作をおこす山添君を目にした藤沢さんは、病気は違えど同じく病気で苦しむ山添君に少しだけ歩み寄っていく…。
本作の予告や解説を見ると、パニック障害、PMSとちょっと重たそうなんて思ってたんだけど違った。
とりあえず何か説明しにくいけど雰囲気が終始いい、ここ最近使われてるフィルム?昭和の様な色合いが、この作品に良くあってて心地いい。
恋人ではなく会社の同僚という関係性だったけど、互いへの思いやりの優しさと言動には涙。「友達以上恋人未満」という言葉があるけど、どの辺りにハマるんだろう。
人との関係性やストーリー、フィルムの色といい温かい作品でした。
タイトルなし(ネタバレ)
瀬尾まいこ原作は雰囲気が優しいので全体に好き。
これも例にもれず優しい。
距離感がいい。べったりせず、程よい関係。
藤沢さんと山添くんの距離もそうだけど、栗田科学の人たちの距離感。
職場が優しくて、いい。
誰かを助けることができる、かもしれない。
静かに、淡々と。
劇中に出てくる2つの病気のどちらも体感は無いので正確には分かりませんが、
でも何かのきっかけで酷く落ち込んだりする症状の出る人は見たことがあるので、何かの病気とかを抱えながら生きている人達は居るんだろうな、と思いました。
病名の付く症状であるかどうかに関わらす、劇中の2人のように「自分を理解してくれる人」がいたら幸せだと思います。ちょっと変な自分やちょっと他の人と違う自分も「あなたはこういうとこもあるから無理しなくていいよ」って解ってくれる人。
てっきり主演の2人はそのまま恋人どうしになるのかな?と思ったらそんなに単純な話ではなかったけれど、
恋人になる前に既に「人生の相方」というか。。「自分の理解者」になってる感じは良かったです。理解し合ってても依存はし合っていないというか。ベタベタにくっついていなくても離れていてもそもそも1人ずつちゃんと1人でも生きていける上で絆はあるというか。
原作とかは何も知らないんですが、5年後くらいとかにまた再会して2人は一緒に暮らしていけてたらいいな、と思いました。
ほんわか、静かに過ぎる時間で良き、でした。
日常が淡々と流れていくようなそんな映画
自分が障害者支援の仕事に関わっていることもあり、まだ私自身も過去にPTSDを患ったこともあるため予告編で内容が気になり見てみました。
内容的にはパニック障害とPMSを抱える男女それぞれの生きづらさがありながらもお互いを少しずつ理解し、さらにそこに関わる人や環境が映し出されていき、特に大きな展開や事件が起こることもなく淡々と日常が流れていくような映画に感じました。主人公2人は互いに生きづらさを抱えながらその中で辿り着いた小さな会社はみんな優しく接してくれて受け止めてくれて、以前の会社の上司もそれを見守ってくれて、でもそんな会社の社長や以前の会社の上司も実は過去に大事な人を亡くした大きな悲しみを背負っていて、それぞれみんな何かを抱えながらそれでも少しずつ自分や相手を理解し歩み寄って生きているんだよなーとなんとなくそんなことを思いました。作品の最後的にもわりとぼんやりで2人が結ばれハッピーエンドみたいなわかりやすいものではないけど、なんかたまにはこういう映画見るのもいいよなと思いました。若干、シーン的にこれはアドリブかな?と思うとこが気になりました、松村さんがばっさり髪切られたとことか!まあ、ぜひ見てみてください!
自分ではどうしようもないことを受け入れるということ
キネマ旬報1月号で監督のインタビュー記事を読んだこと、原作者が瀬尾まいこだということで、観ようと決めていた映画。原作小説は未読。公開日2024年2月9日に鑑賞(2024年劇場鑑賞4作目)。
物語は、治療の難しい「上手く付き合っていくしかない病気(症状)」を抱えて生きる若い男女(山添くんと藤沢さん)の交流を軸に穏やかに、ゆっくりと展開していく。藤沢さんと山添くんが出会って、関わるうちにお互いを受け入れて成長していくというストーリーかと想像していたが、どうやらそう単純な話ではないようだと途中で気づく。
2人の周囲には、近親者を自死で亡くした人、介護を必要とする人(藤沢さんの母ら)が登場する。何故そういう人たちが登場したのか?。見終った後しばらく考えていると、タイトルの言葉が浮かんだ。
難治の病、老い、身内の死。自分ではどうしようもないものを抱えて苦しんでいるとき、心で寄り添ってくれる人がいると、そうした受け入れ難いものを受け入れて生きていく大きな力になる。そういうことを原作者と監督は言いたかったんじゃないのかな。
三宅監督のインタビュー記事によると、原作とは舞台設定が異なっているらしい。栗田科学というプラネタリウムを作る会社は原作には登場しないようだ。星の話、宇宙の話が出てくるので、星空が重要な意味を持っているのかと思い、星空がどこで出てくるのかを待っていたのだが、終盤にプラネタリウムの星空がちらっと出ただけ。星空それ自体は、この物語の重要な演出要素ではなかったようだ。
クライマックスの重要な演出要素は、藤沢さんを演じる上白石萌音の語りだった。星空は見せる必要はなかった。彼女の語りで十分だった。ずっと聞いていたくなるような語りだった。
難しい役を演じた松村北斗と上白石萌音の2人の自然な演技は良かったが、個人的には「君の名は。」で聞かせてくれた上白石萌音の声の魅力を再確認させられた作品だった。歌手、声優、ナレーター、朗読。彼女には、そういった声の仕事も、もっとやって欲しい。きっと長く、多くの人を魅了する名優になるはずだ。
もっと暗く重い話だと思っていたが全然ちがった。心が温まり優しい気持ちになる。相手を気づかうような気づかわないような感じの会話が良い。「パーフェクトデイズ」程ではないが日常的な出来事しか起きない。
お互いの病気(?)を知ってからの、相手を気づかうような気づかわないような感じの会話が良い。2人が友達でも恋人でもない関係なのも良い。ただの同僚だ。お互いけっこう言いたいこと言ってるのもいい感じだ
例えば、後半、日曜日の会社内での会話。ちゃんとは覚えてないが、
山添が藤沢に「何かあったらPMSのせいにすればイイから便利だよね」みたいなことを言う。皮肉やイヤミで言ったというよりは、思ったことをそのまま言っただけのように感じた。だから言われた藤沢も気にすることなく、「あっ、そだね今度からそうしよう」みたいな感じで受け流す ( ← 実際はこんなセリフ言ってません)。
藤沢も山添に、「パニック障害ってことで日曜に出勤してる」みたいなセリフを返す(ぜんぜん正確に覚えてません)。
何がどういいのか分析して説明出来ないが、「何か良くネ?」って思った。
あと、終盤の移動プラネタリウムのテントの中で、藤沢が山添と解説文を作った話が良かった。
観賞後、本屋で原作をパラパラっと見たら、映画であったような描写や会話がてんこ盛りで面白そうだった。買ってないけど図書館で予約した。
そして、2人の抱える問題が特に何か解決するわけでもない。
治っわけでも、症状が出なくなったワケでもない。PMSのときの憂うつ、イライラ、怒りは抑えられないし、パニックのときは死の恐怖を味わう。
だけど真っ暗闇に何となく微妙に光明が射したかな~?みたいな感じで終わったのが良かった。
それから、見ているうちに2人がホントに栗田科学の社員のような気がしてきた。
苦しみへの援助ではなく、ただ隣にいるということ
私自身も生理前になると気分がどーんと落ち込んで一人になりたかったり、人に不貞腐れた態度をとってしまうことがある。なので、そうした悲しみやイライラを引き起こすPMSには理解があるつもりだった。でも、藤沢さんのように、もはやイライラを越えて自分でコントロールできないほど怒り狂ったりする症状もあるのだと驚いた。
パニック障害についても理解していたつもりだったけど、発症のきっかけは人それぞれで、発作が起こるタイミングも人それぞれなのだと思った。劇中、山添君が会社の給湯室で発作を起こしてしまう場面がある。あれは何が原因だったのだろうか。電球が切れてチカチカしたことだろうか。「山添くんはパニック障害」という意識で観ていたため、忘れ物を取りに深夜の会社に行くシーンや、電車の通る線路横の道を自転車で走るシーンには内心心配しながら観ていた。発作が起こったらどうしよう…と。
PMSもパニック障害も、外見からその人がその病気を持っていることはわからない。私の身近にも、街中ですれ違う人の中にも、もしかしたらそういう人がいるかもしれないのに、思いやりができてないことがあるな、と我を省みた。
この作品では、思いやりが「わかりやすい助ける行為」で描かれるのではなく、「ただ隣にいること」として表れていた。苦しみを抱えている人が身近にいるとき、変に気を遣ったり助けたいと思ってしまうことがあるが、こんな風にいつも通りただ隣にいて会話したり日常を一緒に過ごすことだけでいいのだと思えた。
疲れた時に観るととても心に沁みる映画だ。主演のお二人以外の方たちもとても温かく優しい人柄を演じている。何より時間がゆっくり流れている感じがして、観ながらもこちら側に考える余白を与えてくれる。藤澤さんのお母さんはなぜデイサービスに通ってるのだろうかとか、二人が会社帰りに食べていた中華まんの中身はなんだろうなとか、藤澤さんは次の職場でどんな風に働いてるのかなとか。陽だまりの暖かさを感じさせるエンドロールもとてもよかった。
それでも生きていく
雨の中、ずぶ濡れになっている藤沢さんのシーン。オープニングから引き込まれた。
あいだあいだに挟まれる夜の街の光も素敵。
山添くんが電車に乗れず倒れ込む後ろ姿がたまらず、藤沢さんの柔らかい雰囲気とイライラした時の狂気めいた落差の表現。
二人とも自然で映画を見ていることを忘れてしまう。脇を固める役者さんも本当に存在する人たちみたい。
変に恋愛に発展するような展開でないのもよかったし、山添くんと恋人の別れのシーンもバッサリカットしているのもよかった。
「互いに助け合うこと」の大切さ
共にメンタル面での問題を抱える若い男女の物語だが、変にラブ・ストーリーのようなベタベタした展開にはならず、かといって「お互いに傷を舐め合う」みたいなジメジメした話にもならないところには好感が持てる。
特別な感情はないものの、相手を大切に思っている2人の距離間が絶妙で、とても心地よく感じられるのである。
そこで描かれているのは、「人を助けることによって、自分も救われる」という関係性で、人間というものが、助け合い、支え合う生き物なのだということを、改めて思い知らされた。
ゆったりとした時間の中で、淡々とした日常が描かれるだけなのだが、冒頭の上白石萌音のモノローグや、序盤のテロップでの病状の説明、あるいは終盤の松村北斗のモノローグなどがアクセントになっていて、劇映画としての作り方の工夫も感じられる。
「夜明け」を迎えるプラネタリウムのナレーションによって、「希望」が感じられるラストになっているのも良かったと思う。
その一方で、途中、近親者を自殺で失ったらしい人達のサークルが出てきて、主人公たちが勤める会社の社長や元上司が、二度と自殺者を出したくないと思っていることは分かるのだが、かといって、主人公たちは、病気を苦にして自殺を考えている訳でもないので、そうしたエピソードが、どこかチグハグで中途半端に感じられてしまった。
また、PMSの藤沢さんが、母親の介護のために故郷に戻って行くエンディングにも疑問が残る。
世の中での「生きづらさ」を感じていた2人のうち、パニック障害の山添くんは、何とか自分の居場所を見つけることができたのだが、藤沢さんの方は、はたしてどうだったのだろうか?
じんわりと沁みる温かさ
悲しい場面もないし感動を誘われた訳でもないが、なぜかずっと泣きそうになりながら見ていた。PMSによって前の会社でうまくいかず、今の会社でもイライラが抑えられないことのある藤沢さん、パニック障害で普通の人が普通にできることができない山添くん。相手のことを知らなければ「なんだコイツ」と思ってしまうようなことをお互いしていた2人が、相手のことを知って関わるうちに、男女だろうと苦手な人相手だろうと、助け合うことはできるということを認識する。最近はよく男女間のいがみ合いや気に入らない人間には何をしてもいいだろうというような人たちが多いような気がしていたので、この映画の中の人たちの優しさがそういったいざこざに疲弊していた心に沁みた。エンドロールも秀逸で、主題歌が流れて以上映画でした、というような感じではなく、日常がずっと続いていくような終わり方がこの映画のテーマに非常にマッチしているように感じた。
主演二人をはじめ、脇を固める俳優陣も皆よかった。
なにか大きな事件が起こるわけでも、ありえないような設定がある訳でもない。私たちの日常と地続きの世界で、藤沢さんと山添くんが生きている。現代社会に生きている人々にこそ見て欲しい映画だと思える作品だった。見られてよかった。
生きることを少し楽に
#夜明けのすべて出会えてよかった
プレミアムナイトにご招待いただき、一足先に鑑賞。
パニック障害の山添くんとPMSの藤沢さんの2人が抱える葛藤や生きにくさを通して、今を生きる私たち1人1人が社会に感じる息苦しさや歯痒さを救ってくれるような作品でした。人は大小さまざまな悩みを持っていると思いますが、鑑賞後は「生きる」を少し楽にしてくれたそんな気がしました。
山添くんの藤沢さんのことをはじめは苦手意識を持っていましたが、最後には打ち解け理解していくその姿が素敵でした。人は他人を第一印象や外見で判断しがちですが、向き合うことで良き理解者を見つけていく山添くんを通して、難しいことではありますが、とても大切なことだと感じ、自分の偏見や思い込みを少なくして人と関わっていきたいなと思った瞬間でした。
2月9日公開後ももう一度観に行きたいと思います。
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