劇場公開日 2024年4月5日

インフィニティ・プール : インタビュー

2024年4月3日更新
ブランドン・クローネンバーグ監督
(C)2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

独創的なSFホラー「アンチヴァイラル」(2012)、「ポゼッサー」(2020)で世界中に衝撃を与え、カルト的な人気を誇る鬼才ブランドン・クローネンバーグ監督の長編第3作「インフィニティ・プール」が4月5日より公開される。北米で「パラサイト 半地下の家族」(2020)や「落下の解剖学」(2023)などを世に放ってきた気鋭の製作・配給会社NEONが制作を手掛けた本作が描くのは、金さえ払えばどんな犯罪もクローンに肩代わりさせられるリゾート地で若い夫婦が体験する未知なる恐怖。

倫理観が揺らいでいく主人公ジェームズを演じるアレクサンダー・スカルスガルドと、謎めいた女性ガビを演じるミア・ゴスの実力派コンビは本作が初共演。キャスト陣の怪演やスタイリッシュな演出に加え、父デヴィッド・クローネンバーグを彷彿とさせるボディホラー要素もあり、あらゆる角度から観客の感覚を刺激する本作。そこに込めたテーマや撮影時のエピソードについて、監督ブランドン・クローネンバーグに語ってもらった。(取材・文/ISO)

【「インフィニティ・プール」あらすじ】

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スランプ中の作家ジェームズと資産家の娘である妻エムは、高級リゾート地として知られる孤島へバカンスにやって来る。ある日、ジェームズの小説のファンだという女性ガビに話しかけられた彼らは、ガビとその夫と一緒に食事をすることに。2組の夫婦は意気投合し、観光客は行かないよう警告されていた敷地外へとドライブに出かける。実はその国には、観光客は罪を犯しても自分のクローンを身代わりにすることで罪を逃れることができるという恐ろしいルールが存在しており……。

●ユニークなSFを介して人間社会における永遠のテーマを描く

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――「アンチヴァイラル」や「ポゼッサー」同様に、今作でもそのアイデアのユニークさに驚かされました。この物語はどのような経緯で誕生したのでしょうか?

起点となったのは随分前に執筆した「男が自分自身のクローンの処刑を目撃する」という内容の短編小説です。アイデンティティや正義と罰についての私の考えを探求するために書いた物語で、それを今回長編映画へと展開していきました。罪を犯しても責任を問われない奇妙な世界を想像した時に、架空の国家のリゾート地という設定が適していると考えたんです。

――今作にはアイデンティティや倫理観の揺らぎなどさまざまなテーマが込められていますが、中でも外国文化やリゾート地の消費に対する鋭い批判のまなざしが印象的でした。

もちろん描いたのはそれだけではありませんが、それが本作で意図した重要なテーマの一つというのは間違いありません。興味深いことに今作は北米で「ザ・メニュー」(2022)や「逆転のトライアングル」(2022)と同じタイミングで公開され、人々が「イート・ザ・リッチ(金持ち喰い)映画」と呼んだ階級の分断や逆転を描く映画ムーブメントのひとつとして認識されたんです。

ドラマ「ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル」(2021)が放送されたのも同じ時期というのも大きいですね。私が本作の原案を書いたのは2013~14年頃なので、流れに乗った訳ではなく完全に偶然なのですが。そこから分かるのは、そういった階級の分断やツーリズムに伴う問題はずっと我々の社会につきまとう永遠のテーマということですね。ただ本作は他の「イート・ザ・リッチ映画」ほど、ストレートにそれらのテーマを描いてはいないと個人的には思っています。

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――本作では階級の分断を描く中で、貧富だけでなく富裕層の中にあるヒエラルキーも明確に表現していたのが非常に印象的でした。それを描いた理由を教えて頂けますでしょうか。

なぜなら類人猿というのはヒエラルキーを作り、互いを支配しようとするのが好きだからです。そして私が好きな作家、J・G・バラードが執筆した「ハイ・ライズ」(1975)という興味深い本があったことも大きいですね。70年代に書かれた小説で、40階建ての巨大住宅に住む人々が住む階に準拠したヒエラルキーを作り始める物語です。その小説にはさまざまなことが書かれていますが、特に興味深いと感じたのは、人間はたとえそこにヒエラルキーがなかったとしても積極的にヒエラルキーを作り出し、お互いを支配したいという衝動に駆られてしまうという点でした。

そういったヒエラルキーを作るのは類人猿の古くからのやり方なんです。人間の心はとても可塑的で変化に富んでいるので、ひとえに「人間の本質」というような言い方はしたくないのですが、人間も動物であることから、ある種の衝動を持っているのは確かです。人間が上下関係を作り、お互いを攻撃し合う傾向があるのは、高校に行ったことがある人なら誰でも知っていますよね。

●監督・キャストが賞賛するミア・ゴスの驚くべきパフォーマンスとは…

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――主役を演じたアレクサンダー・スカルスガルドミア・ゴスのキャスティングが見事にハマっていましたね。彼らを起用した流れを教えてください。

私のキャスティングのプロセスはかなり風変わりでして。言葉にしづらいのですが、私の中で感覚的な資質を持った俳優というのがいるんです。やることすべてを面白いと感じさせたり、スクリーンを通じてそのエネルギーや誠実さ、リアリティと興奮を体感させてくれる俳優といいますか。そんな素質を持った俳優の中からさらに厳選し、作品の中に挿入するというのが私のスタイルです。もちろんキャラクターの適性もあるのですが、私にとってはそういう感覚的なものを与えてくれる人をキャスティングすることのほうが重要なのです。

脚本も手掛けているので、撮影を開始する頃には生み出したキャラクターが私の中で眠ってしまっていることがよくあります。なので私が求めるのは、演技を通じてキャラクターに新しい命とエネルギーを注入し、新鮮な驚きでキャラクターを目覚めさせてくれる俳優なのです。ミアとアレックスはそれを実現してくれる俳優だと思い、今回出演を依頼しました。彼らのことは初期の頃から素晴らしい俳優だと思っていたので、遂に仕事ができて光栄でした。2人とも最高のパフォーマーです!

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――特にミア・ゴスさんは「X エックス」や「Pearl パール」に続き、今回も作品を牽引する素晴らしいパフォーマンスを披露していましたね。

ミアは自分の中で時間をかけて人物像を練り上げることを好むので、ハンガリーで撮影開始する前から電話でさまざまな質問を受けたりと会話を重ねていました。彼女は直接会う前から、長い時間をかけて電話だけでキャラクターと作品を導いていたのです。

私はブロッキング(撮影を容易にするため、シーンごとに俳優の正確な動きや立ち位置を定めること)は行いますが、普段リハーサルはあまりしません。そんな中でもミアは事前に練り上げた見事なキャラクターを撮影現場で披露してくれて、さらには演技を微調整して演出もしてくれるのです。彼女は本作に多くのものをもたらしてくれたし、素晴らしい表現力でこのキャラクターを体現してくれました。あのレベルの俳優が我々に与える恩恵はとても大きいですね。また彼女のような俳優は、私がいろんな選択ができるようにさまざまな異なる演技も見せてくれるんです。ガビのキャラクターを作り上げたのは私というより、ミアでしたね。

――流石ですね。ミアさんはキャラクターを作り上げる中でアドリブなども披露されたのですか?

いいえ。台詞も同じですし、アドリブもありませんでした。というのも、私が脚本を書いているということもあり、脚本に忠実に作りたいんです。でもミアは脚本に沿って演じた上で、クリエイティブな力によってガビという人物にエネルギーやワイルドさをもたらしてくれました。

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例えばガビがバスの前でジェームズに銃を向けるシーンはとてもユーモラスで重要なシーンですが、脚本を書いた時点ではあくまでラストに向けての展開という認識で、それほど重要なシーンだとは思っていなかったんです。ですがミアが演じたことでその認識は一変しましたね。ミアは撮影する前から役に入りバスの周りを走り回りながら窓を叩いたり、アレックスに罵詈雑言を浴びせたりして、自分を奮い立たせていました。そして彼女が車に飛び乗ってから撮影を開始し、彼女は見事な演技を披露しました。それを見た他のキャストが口を揃えて「ミア最高!」と言っていたのを覚えています。そして撮り終えた瞬間、些細な場面だと思っていたそのシーンが映画の中で重要な意味を持ったのです。脚本に忠実でも俳優のエネルギーによってそれだけの変化が生まれるんです。

●父デヴィッド・クローネンバーグとはお互い映画を見せ合う関係性

――日本でも人気の高いカナダのサウンド・デザイナー、ティム・ヘッカーが担当したアンビエントな音楽が物語の悍ましさを増幅しておりとても印象的でした。今回初めてお仕事されたと伺っていますが、どのような経緯でご一緒されたのでしょうか?

前作「ポゼッサー」の音楽を担当したジム・ウィリアムズは偉大な作曲家でしたが、インディペンデント映画の構造上、毎回同じ人と仕事ができる訳ではありません。彼がカナダから遠く離れたイギリスの人間であるため今回は難しいと判断し、別の作曲家を探していたんです。私たちは製作チーム内で興味深い作曲家や音楽家について話し合いました。その際に言っていたのは映画音楽専門の人である必要はなく、映画の世界にハマりさえすれば良いということ。その中で名前が出てきたティム・ヘッカーは、映画音楽を専門としていないですが、本作の世界観には完璧な音楽家だと思ったんです。

彼は素晴らしい音楽家で、その作品には信じられないようなテクスチャーがあります。アナログとデジタルをミックスさせた音楽作りがとても気に入っていて、それがこの映画にぴったりだと感じました。それで彼が何か他の映像作品に参加したことがあるのか調べてみると、ちょうど「The North Water」(2021)というミニシリーズの作曲を終えたところだということが分かりました。偶然にもそのシリーズには私が仕事を共にしてきたプロデューサーや馴染みの編集者も参加していたんです。それでその仲間たちにティム・ハッカーのことを聞いたら「彼は素晴らしい仕事をしてくれる」と太鼓判を押してくれたので、一緒に仕事をすることになりました。もともと私は彼を映画音楽の人と考えていなかったのですが、既に私の親しい人々と仕事をしていたということもあり、最初から我々の映画に入る準備は万端でしたね。

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――不気味なマスクや、終盤のシーンからはボディホラーへの愛を感じましたが、それはやはり父デヴィッドの影響が強いのでしょうか。

答えるのが難しい質問ですね。というのも私にはそういう視点がないんです。彼は父親として、私に人間的な影響を与えて育ててくれましたし、今でも私たちは良好な関係を築いています。だから彼の映画を中立的な視点で観ることができないし、そこからインスピレーションや影響を受けたかどうかを判断するのはとても難しいのです。私たちはあまりに近すぎるんですよ。

――日本では昨年「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」(2022)が公開されましたが、デヴィッドとお互いの作品を観て感想を言い合ったりすることはありますか?

共に忙しい中でもお互いの映画を観ています。というのも映画を編集している時に、家族や友人など秘密を守ってくれ、新しい視点からフィードバックをくれるような人に作品を観せるタイミングがありまして。監督をしているとあまりに作品と近すぎて、繰り返し観るうちに視野が狭くなってしまうんですよね。だから周囲の人に観てもらい、どのように反応するかを確認するんです。そういったこともあり、お互いの作品を観るようにしているのですが……今作について何を言われたかは忘れてしまいましたね。

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