「是枝裕和監督最新作というだけでなく、坂本龍一の遺作としても心して鑑賞したい一作」怪物 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
是枝裕和監督最新作というだけでなく、坂本龍一の遺作としても心して鑑賞したい一作
非常に見応えある作品であることはもちろんですが、まずは触れておきたいのは本作のパンフレットです。やや控えめなサイズながら、内容が非常に充実したパンフレットには、闘病しながら書き綴った坂本龍一の文章(絶筆?)が掲載されており、それだけで手元に置く価値は十二分すぎるほどにある読み物となっています。
流石に坂本龍一本人が本作のために作った劇中曲の全て演奏することは不可能だったようですが、静謐で美しい、しかしどこか不穏なメロディーは、映像の雰囲気と絶妙に絡まって、耳から離れなくなるほど印象的です。
映画本編では、思わず演技であることを忘れるほどに観客の感情を高ぶらせる是枝監督の演出が冴え渡っていて、序盤の小学校における理不尽なやりとりでは、教員たちの丁寧だが非人間的な対応に思わず安藤サクラと同様、つい声が出そうになるほどです。
しかし是枝監督は時系列と視点が変えて、同じ場面の全く異なった側面を見せることで、さきほど観客が心で振り上げた拳の置きどころをなくしてしまいます。このように本作では、観客の単純な予断を許さない登場人物の内面(中村獅童演じる役は除く)を、独特のリズムを伴った映像の積み重ねで表現しています。
なお本作では映像と同じくらい、言葉の使い方も重要な意味を帯びています。多くの台詞は、決して説明的ではないものの、ほんのちょっとした抑揚のつけかたや間合いで、一聴しただけでは取りこぼしてしまうそうな、話し手が込めたほんのりとした悪意を表現してみせます。巧みだけど、良い意味でいやらしさの漂う演出であるとも言えます。
なお作中には、主人公の二人の少年の関係性に関する、ちょっと気になる要素も含まれるんだけど、監督ももちろんその問題は認識していて、そもそもそうした描写を含めることが妥当なのか、適切に演技指導するためには何を配慮すべきなのかについて、専門家を交えて綿密に検討したとのこと。こうした制作における丁寧な問題の洗い出しと対応の積み重ねが、本作を傑作たらしめた、と言えます。