「この人はどんな人? この人はその人?」怪物 humさんの映画レビュー(感想・評価)
この人はどんな人? この人はその人?
この人はどんな人?
そう考えながら、取り込める情報をかきあつめて組み立てている自分がいる。
早織も保利も校長も湊も依里も…出てくる人を全員。
主観で固めた人物像は、尾びれ、背びれをつけそれっぽく出来上がると満足気に頭のなかを生き生きと泳ぎだす。
泳がせながら訂正を入れ、また変貌させていく。
はて?
私が作りあげたこの人は、はたして本当にその人なのだろうか?
視点がかわったとき、はっとした。
それが事実にそぐわない歪みにみちていたこと、今ここで虚像をこしらえていたことに気がつく。
そのとき、虚像達は沈黙して私を取り囲み、つくりあげる行為そのものが〝怪物〟であり、世の中に与える影響は未知だよとささやく。
なんだかすこし気まずい気持ちを抱きながら、これまでを思い返す。
いつからだろう。
知らず知らずに使いこなしてきた想像の製造マシーン〝怪物〟。
〝怪物〟の産物が麻痺するほどに巨大化し、何処かで暴れたり、誰かを傷つけてたりするのを見聞きしても、人ごとのように意識にオブラートをかけ、まだわたしはそうでもない、大丈夫と変な自信を持って。
現世から離れたような空気感のあの美しい景色の基地。
湊と依里が〝怪物だ〜れだ〟と連想ゲームをする。
無邪気でほほえましい声がこだまする。
そんな小さな彼らの大きな罪をつくってしまったのはなに?
連想が走りすぎる大人たちがリードするこの世界をおもう。
立ち帰らなければならないところにすでにいることをわかって。
胸に伝う涙のようなピアノの音色が、2人を包んだラストシーンにやさしく切なく響いた。
修正済み
コメントありがとうございました。
>〝怪物〟の産物が麻痺するほどに巨大化し、何処かで暴れたり、誰かを傷つけてたりするのを見聞きしても、人ごとのように意識にオブラートをかけ、まだわたしはそうでもない、大丈夫と変な自信を持って。
ここの部分が特に共感します。
坂本龍一のピアノは本当に美しく、BGMも最小限だったところは素晴らしかったと思いました。
カンタベリーさん
コメントありがとうございます。
視点や、状況によって変貌自在な性質そのものを言うように私は受けとりました。確かに誰かにとっては性の目覚めを指す場合もあります。湊と依里に関しては、その自覚はまさに〝怪物〟との対面だっただろうし、彼らの世界にいる限られた周りの大人の理解の無さも〝怪物〟だったでしょう。共通点は圧倒的に手に負えないと感じさせ、容赦なく惑わし他に波紋を広げさせることかと。
hum様
共感、コメントをいただきとても光栄です。
子供は2人がクローズアップされていますが全体に眼を向けるならこういう表現かな、と。悪者を仕立て上げることを息をするように行い、教師はそれぞれの子の親とのバランスを取りながらそれを諦めるように見つめている。そして天才と個性は道を外れていってしまう。
しかし自らがそれぞれに虚像を作り上げていることは恥ずかしながら意識していませんでした、自己の中に怪物を抱えながら見るラストシーン、もう一度見直したくなりました。
「私が作り上げたこの人は、はたして本当にその人なのだろうか」
よく考えてみれば、私自身、そんな世界(自分が作り上げた相手を本当の相手と信じている世界)に疑問も持たず生きていることを感じます。
humさん
コメントありがとうございました。
「真実は一つ」なんて言ったりしますが。事実は一つでも真実は一つではないですよね。
で、その一つしかない事実も、角度によって見えるものと見えないものがありますよ…というのがこの映画。
複数の角度からの事実を並べて見せて、さて各人各様の真実はなんでしょう?と観客に投げ掛けてます。
その答えも、観客の各人各様で良いんですね。
hmuさんの素敵なレビュー、感心しました。
ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
湊かなえさんの小説は『告白』と『母性』とあと2冊くらいしか読んでないので、少ないサンプルでの印象ですが、基本、人間性のダークサイドを炙り出していると感じてます(対象的なのが辻村深月さん…ダメダメな部分を晒しておきながら本人の気づきと希望で終わる)。
主人公のダークな部分の〝わたし〟が相手の不幸を企図して達成したときのどす黒い〝してやったり〟のほくそ笑み。
湊くん達の嘘や振る舞いも(見かけに騙されてるだけで)決して無垢ではない。
胸につたう涙のようなピアノの音色!
坂本龍一さんが音楽を担当したのは是枝裕和監督のいつかは仕事でご一緒したいとの希望があって
生前にお手紙を書いてお願いしたそうです。
視点が変わることで美方が変わってくることを見ている方知らせるメッセージ性のある作品でした。
色んなこうあるべき、こうに違いない。humさんも言及されてる「虚像」が、そこに当てはまらない人達に及ぼす影響の深刻さを、考えるきっかけをくれる作品でした。
コメントすごく嬉しかったです!ありがとうございました。
humさん、コメントありがとうございます。
なんだか照れくさいですが、お褒めいただき恐縮です。
humさんの「(虚像を)つくりあげる行為そのもの」を「怪物」とする解釈は、思いつきもしませんでした。なるほどです。勉強になります。
コメントありがとうございます😊。おっしゃるとおり俳優は熱演。イジメの描写が曖昧なもので、自分も 眉間にシワでした。イジメは昔からありましたが、それなりの雰囲気背景もあるのですが、子供の先入観、愚かな表層的なものが多かった気がします。ありがとうございます😊😭
コメント共感ありがとうございます。本当に怪物の正体を巡る認識論は、見るものの心を掴んで離さないモヤモヤが非常に上手く表現されてましたね。色で言えばグレイ🩶な感じか全体が曖昧であり刹那が切ない作品でしたね。いつもレビュー楽しみに読まさしていただいております。有り難うございました。
共感ありがとうございます( ˶'ᵕ'˶)
鑑賞前は「怪物だーれだ?」というフレーズがおどろおどろしく感じてましたが、子どたちのゲームだったんだーとほっこりしましたよね。
視点が変わるとこんなにも印象が変わるんだ、上手いな〜と思える映画でした。
ピアノがまたさらにじんわりきましたね。
コメントありがとうございます。
自覚なく虚像を作り上げて、その虚像の存在意義までしれっと作り上げる自分自身にも思い至ります。「豚の脳」を他の言葉に入れ替えただけの他者への決めつけは、咎められることもなく日常に溢れていて。
共感作レビュー、楽しみにしています😊
humさんへ
コメントありがとうございました!
三面目だけは"怪物誰だ"に対する、明確な、意思を持った作者の回答があるんですよね!つまりは、それが主題。モンペも教師も学校も、三面目を「真実の暴露」に仕立てるためのフェイクってところが好きです!
コメントありがとうございます。まさしくパンフレットの一部にある様に「人は誰でも自分の中に一匹の怪物を飼っている。から始まる『怪物を制御する主体』(内田樹・思想・武道家)を詳細にする違った視点に共感します。中でも純粋無垢な子供が解き放つ『怪物』は恐ろしいと思いますし、それを表現する精密な時計の様に練り上げられた脚本には自然で非常に面白い作品でしたね。