劇場公開日 2023年6月2日

「圧倒的没入感と、二つの断絶。」怪物 BDさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0圧倒的没入感と、二つの断絶。

2023年6月10日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

前半部は雑感。
出だしの安藤サクラがまずいい。ネガティブを抱えながらポジティブを装うが、いつも気持ちは臨界点寸前のシングルマザー。

そして永山瑛太もまたいい。安藤サクラパートでの不気味なテイストと打って変わり、なんやワレ好青年やないかい。怪物は人間だった。

この二人の演技力、静謐な映像美と音楽によってこの映画の基礎は出来ているんだと思った。伏線が多く、時間軸があっちこっちに行きがちな映画なのに、集中力を途切らせずに入り込んで見る事ができました。

演者の力量だなぁと思うのは、実質的にみんな「怪物役」と「人間役」の二役出演をしてる感じですよね。無表情だった田中裕子の最後の温かい表情だったりもよかった。

で後半部、核になる部分であるところの「子供の世界」に入っていく訳ですが。
いじめってすごい即席にも関わらず、とても強靭な組織構造ですよね。いろんな感情が未文化で錯綜するであろう子供でさえも規律正しく従ってしまう「オマエこいつと仲良いの?仲良いんならハブるよ?」の同調圧力。見たいものを見、感じたいものを感じる事が許されない世界。この映画の中で「大人の組織構造」として描かれた先生たちの社会に対し、「子供の組織構造」として描かれるのがいじめの構造。

ただ一点違うのは、自分たちなりの「ふざけんな!あんたたち人間じゃねぇ!」を怪物である他者に突きつけた大人の二人に対して、子供たちはそこまでの「生きしぶとさ」を持っておらず、怪物を自分自身と定義してしまいます。上手くやれない僕ら。生まれつきの欠落がある僕ら。他と比べて劣っている僕ら。

どんなに不幸があっても、辛くても、解釈の違いで他者を不幸に貶めても、貶められても、私たちは生きていかなければなりません。時にはふざけるなと誰かを罵倒したり、枕を涙に濡らしても。それが、「アナタが大人になるまでは頑張るよ」と誓った早織の言葉。大人にとって生きるというのは、そういうことなんだと思います。

しかし、子供は違います。簡単に(とあえて言いますが)自分の生まれを呪い、世界の全てに絶望する事が出来てしまう生き物です。その絶望は、繊細な保利先生には最後にようやく片鱗が伝わったように思えますが、生きしぶとい早織には最後まで伝わっていなかったように見えます。

「怪物」を描くにあたり、早織や保利先生それぞれの怪物との理解の断絶を描いていたこの作品ですが、実は最も深い断絶が、大人と子供の間にあったように思えるのです。

世の不幸とどこかで折り合いをつけなんとか生き抜いていく大人。自分たちの世界で良いも悪いも増幅させ、無限に進んでいってしまう子供。彼らを理解する事ができる大人は、一人もいなかった。(最後の校長が一番寄り添っていたかも知れません)結果、彼らは不幸に進んでいった。その痛切な読後感が本当に痛く、観劇後しばらくボーッとしてしまいました。

総じて、腹の中にゴロンと重い石を投げ込まれたような映画だったと思います。もちろん良い意味で。いい映画でしたね。

BD