「ハリウッドはこの事件と闘った女性たちを忘れてはならない」SHE SAID シー・セッド その名を暴け 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ハリウッドはこの事件と闘った女性たちを忘れてはならない
2017年、その事件は暴露された。
映画プロデューサーで映画会社のCEO。ハリウッドのドンとも言われた超大物、ハーヴェイ・ワインスタイン。
彼が、多くの若い女優や女優の卵、若い女性スタッフや会社の従業員らにセクハラ、暴行、脅迫を…。
その期間、プロデューサーとして名を馳せ始めた90年代から暴露された昨今まで。
被害者の数、100人以上とも。数え切れぬとも。
ハリウッドを、映画界を、世界を、激震させた…。
私はこのニュースを知った時、衝撃ではあったが、特別驚きはしなかった。ああ、やっぱりな、と。
ワインスタインの黒い噂や横暴は色々と聞いていたから。
監督と事ある事に対立、揉める。勝手にフィルムを編集。色々要求を押し付ける(『ギャング・オブ・ニューヨーク』が微妙な作品になったのもワインスタインが色々注文付けてきたから)。アカデミー賞を受賞する為だったら過剰なゴリ押しPR(『ダークナイト』を押し退け『愛を読むひと』がノミネートされたのもそれが要因の一つとも)…。
数々のヒット作や名作を手掛けてきた敏感プロデューサーである一方、スーパーワンマン。ハリウッドは俺様に跪け、と言わんばかりの傲慢さ…。
このセクハラ事件もそう。何かで聞いた事がある。例えば、狙われたのが女優の卵だとする。夢を抱いてハリウッドにやって来た。関係を強要する。拒む。すると、「俺はお前みたいな奴をこのハリウッドから消し去る事など簡単に出来るんだぞ」。
つまり、ハリウッドで永久に仕事にありつけなくしてやる。自分の権力や地位を使って。愚か者が権力を握った時、どんな振る舞いをするか、その典型的凡例である。
もし、ワインスタイン事件が今も暴露されていなかったら、ハリウッドはどうなっていたのか…? 考えただけで戦慄。
ハリウッドは夢や憧れの場所。世界中の映画ファンにとっては聖地。
そこで、一人の愚者が権力を使っていた悪行…。
単なる性的スキャンダルじゃない。大事件。間違いなく、ハリウッドの歴史に汚点として残るほどの…。
では、何故誰も訴えなかった…?
こんな長きに渡って、多くの女性が被害に遭ったというのに…。
それほどの絶対的権力者だったから。ワインスタインに逆らったら、ハリウッドで仕事が無くなるとも。
報復を怖れて。
口止め料などの裏工作、妨害、隠蔽…。
闘っても無意味だった。闘いすら出来なかった。被害女性たちは泣き寝入りするしかなかった。
この闇と悪行が明るみに出る事はないのか…?
しかし、
遂に暴露された!
そして今の“#MeToo運動”に続く…。
ワインスタインの悪行を暴いたのは、ニューヨーク・タイムズの二人の女性記者…。
ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンター。
本当に二人の不屈の闘志と信念には敬服する。
ある時ハリウッドに蔓延するワインスタインの性的暴行の情報を掴む。二人は取材を始めるも…
誰もが口をつぐむ。被害女性たちすらも。
相手が相手だから。被害女性たちにとっては、傷口に塩を塗るような、思い出したくない事だから。
関係者や当事者たちにとって、時に面倒で煩わしかったかもしれない。
が、彼女たちは諦めなかった。
この悪事がこのまま闇に葬り去っていい訳ない。
必ず、真実を明るみにする。
皆口をつぐむが、中には声を上げたい人だって、きっといる。
粘り強く、取材を続ける。
有力な証言を得るも、公に出る事を怖れ断られる。
確かに苦しい事かもしれない。難しい事かもしれない。再びトラウマと向き合う怖い事かもしれない。
だが声を上げないでいると、何も変わらない。ずっとこのまま。ハリウッドに闇が続く。
勇気を出して。声を上げて。
夢と憧れの場所のハリウッドを、本当にそうする為に。
今、行動に移る時。今、変える時。
声を上げた被害女性たち。
奔走し、尽力した二人の記者。
二人は幼い子供がいる母でもある。我が子やこれから産まれてくる子供たちの未来の為にも。
権力や妨害に屈せず、闘ったからこそ、巨悪は挫かれ、悪行は暴かれた。
記憶に新しく、未だハリウッドに尾を引くこの事件。
だから映画化されると聞いて、これは絶対見逃せないと思った。注目の一本だった。
そして、よく映画化したと思う。ハリウッドにとって、自らの暗部をさらけ出すようなもの。劇中のように、色々圧力や横槍があったかもしれない。
スタッフもキャストも女性が多い。だからこそ、意義がある。
演出も展開もドキュメンタリータッチのようで派手さは無く淡々としているが、題材も相まって飽きや間延びはする事なく、終始引き込まれた。マリア・シュラーダーの真摯な手腕。
生々しい証言や実際の肉声も。ワインスタインは勿論、被害に遭った多くの女優たちの実名も。本人役として出演も。隠す事なく、巧みに昇華した脚本。
この手の作品の十八番、アンサンブル劇。主演のキャリー・マリガンとゾーイ・カザンの熱演。
実録社会派とエンタメ性も踏まえた一級の作品。本当に、よく映画化した!
…にも関わらず、批評は良かったが、興行的には不発で、アカデミー賞でも一部門もノミネートされず。
映画化には早すぎたのか、あくまで業界の醜聞であって一般観客の興味を惹かなかったのか、アカデミーも業界もまじまじと見せ付けられる恥や暗部を見たくなかったのか…?
いずれにせよ、この興行不発やノミネート落選は、変わろうとして変わらないでいるようなハリウッドの問題に感じる。
2017年に暴露され、2020年に刑が確定。その後余罪も。
禁固23年が言い渡され、現在収監の身。
70歳を過ぎているワインスタインはおそらく、刑務所の中で生涯を終えるだろう。
が、一切同情はしない。
劇中でも記者たちに圧力をかけ、社に抗議の脅迫電話をかけ、最後の最後まで往生際悪く。
お前にキャリアを潰され、人生を狂わされた女性たちがどれほどいるか、知っているのか?
自分は権力や地位を使ってやりたい放題甘い汁を吸ったろうが、どれほどの女性たちが苦しんだ事か。
女性たちはお前の性の玩具じゃない。人間なのだ。
本当にそれを分かっているのか? 自分の犯した罪も分かっているのか?
ハリウッド全てに悪影響を及ぼし、自身の会社は破産、他社に売却。関係ないスタッフまで路頭に迷わせた。
関わった作品にまで今後もマイナスイメージが付きまとうだろう。
我々映画ファンの楽しみも砕いた。
罪を認識し、刑務所の中で朽ち果てろ!
劇中でも触れられていたが、ワインスタインのような愚者や事件は、世界中にまだいるだろう。
この事件の直前に起きた、アメリカの大手TV局、FOXニュースで起きた同様の絶対的権力者によるセクハラ事件。(『スキャンダル』として映画化)
またミーガンは、大統領になる前のトランプのセクハラを糾弾していた。が、苦渋を舐めさせられ、トランプは大統領となったが、再び過去のセクハラが暴露され、今正念場を迎えている。こんな奴、二度と大統領にするな!
バカで愚かな男どもの傲慢がのさばり続ける限り、同様の悪行も続く。
が、自分の権力が永遠に続き、隠し通せるものか。
必ず、暴かれる。
屈せず、闘う者たちが現れる。
女性たちの声が、世界を変えようとしている。
ハリウッドは、この事件と闘った女性たちを絶対に忘れてはならない。