配信開始日 2022年12月9日

自由への道 : 映画評論・批評

2022年12月27日更新

2022年12月9日より配信

被差別と抵抗、自由と暴力。19世紀奴隷制の題材が2022年の“事件”と図らずもリンクした不遇の良作

米南北戦争のさなか、合衆国大統領リンカーンによる奴隷解放宣言が発布された1863年。連合国側(南軍)の土地から逃げてきた元奴隷ピーターの写真が雑誌に掲載され、さらに国内外で広く流布された。裸の背中に残る鞭で打たれたおびただしい数の傷跡が、奴隷制度の残酷さと暴力性を雄弁に語り、奴隷制反対の世論の高まりに大いに貢献したという。この実話に基づき映画化されたのが、Apple TV+で配信中の「自由への道」だ。

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南部ルイジアナ州の綿農園で家族共々奴隷として働き暮らしていたピーター(ウィル・スミス)は、南軍の陣地設営に駆り出されて過酷な重労働を強いられる。だが、リンカーン率いる北軍の陣地に行けば解放されるとの噂を聞き、南軍兵らの一瞬の隙をついて野営地から脱出。冷酷で執拗な追手(ベン・フォスター)が迫る中、凶暴なワニが生息する湿地帯を抜け、ピーターは自由と家族との再会を求めて走り続ける。

監督は、「トレーニング デイ」でデンゼル・ワシントンにアカデミー主演男優賞をもたらしたアントワン・フークア。近年はやはりワシントンと組んだ「イコライザー」シリーズなどでアクション演出の切れ味に磨きをかけていたが、本作でもピーターが内に秘めた不屈のエネルギーを爆発させて反撃し逃走を開始するシーンや、サバイバル術を駆使して危機を乗り越えていく過程を緩急織り交ぜて活写した。アカデミー撮影賞を3度受賞した名撮影監督、ロバート・リチャードソンによるステディカムやドローンを駆使したダイナミックな映像も、高精細だが彩度を抑えることで歴史の雰囲気を醸す画作りと相まって、ピーターが直面する困難を観客に体感させつつ、俯瞰ショットでの神の視点も提示してドラマの立体的な構成に寄与している。

企画が立ち上がったのは2018年。コロナ禍による製作の遅れ、(マイノリティの投票を阻む)投票制限法を可決したジョージア州からのロケ地変更、ハリケーンの襲来など、まさに試練続きだった本作に極めつけの一撃となったのが、22年3月のアカデミー賞授賞式でスミスが起こした暴行事件だ。スミスは妻の髪をジョークのネタにしたプレゼンターのクリス・ロックに腹を立て、平手打ちを食らわせた。この事件の影響で、配給権を持つアップルは配信開始の延期も検討したという(結局は予定通り12月9日に開始されたが)。

差別と暴力を伴う奴隷制度の廃止に貢献したピーターを熱演したスミスが、映画の公開と同じ年に自ら暴力沙汰を起こしてしまったことに、皮肉な巡り合わせを感じずにはいられない。だがこの事件は、出自や外見の違いから差別や嘲笑が生まれ、それに抗う形で新たな暴力が生じるという、時代や国を問わず繰り返されてきた悲劇を思い知らせる出来事でもあった。さまざまな要素が複雑に絡み合う難題を、「そういうものだから」と諦めて今をやり過ごすのではなく、時には長い歴史のスパンで俯瞰することも含め、考え続けること。そんな気づきを得るのも、「自由への道」のような歴史ドラマを現代の私たちが観る意義のひとつだろう。

高森郁哉

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