劇場公開日 2023年5月5日

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「純粋な精神を取り囲む素晴らしい家族愛」銀河鉄道の父 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5純粋な精神を取り囲む素晴らしい家族愛

2023年5月6日
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鑑賞方法:映画館

直木賞を受賞した原作は未読である。宮沢賢治の父についてはあまり資料がなく、出てくる作品ごとに人格が大きく変わっている。井上ひさしの「イーハトーボの劇列車」に出て来た父は、理屈ばかり先走る息子の行動を、自分は門外漢のはずの法華経信仰に立脚した理屈によって息子を論破して、花巻に連れ帰るという強靭な人格の持ち主だった。

本作の父・政次郎は一見厳格な人物のようで、実は息子にも娘にも甘さを残した好人物であった。自分も人の子の親として子育てを終えた時期であり、子よりも親の方に関心が向く。個人的にこの政次郎には同感すること甚だしく、実に好ましい人物であった。人は誰もが純粋な精神を持つが、時々妥協しないと生きて行くのには非常に苦労する。賢治はこの妥協が苦手な人物で、あくまで自分の理想を追求しようとして生きた。こういう子を持った父親はさぞ大変な思いをしたはずである。

政次郎が主人公と言いながら、話の軸は息子の賢治と娘のトシになっている。賢治は中学卒業の時に法華経を読んで感動し、家の宗派が浄土真宗であるにも関わらず法華経の信仰を続けて死ぬまで変えなかった。賢治の創作は全て法華経信仰の上に成立していると言って良い。それをちゃんと描いて欲しかったのだが、周囲の空気も読まずに太鼓を叩いてお題目を唱えまくるという行動は、怪しげな新興宗教の信者のようで少し違うのではと思った。それにしても、あれほど熱心に法華経を信仰した賢治を若死にさせたのでは、法華経のご利益も頼むには値しないとしか思えない。

作品を自費出版したもののほとんど売れず、死後に評価が高まって、今や宮沢賢治研究を本業とする者までいるというのは、あたかもゴッホのようである。彼らの作品は、妥協を嫌って自分の純真さを保ち続けた者だけが見せられる世界のように思える。人々が彼らの作品に魅せられるのは、自分たちが成し得なかったそうした純真さの追求が何物にも代え難い尊いものに思えるからであろう。「鬼滅の刃」の竈門炭治郎の心象世界のような美しさといえば伝わりやすいかも知れない。

残念だったのは「イーハトーボ(ヴ)」という言葉が一度も出て来なかったことである。賢治が理想郷として提唱したもので、この世界観があってこその賢治の人生ではなかったか。自分が何者で、何を成すために世の中に生まれたのか、人の人生とはそれを探求するためにあるとも言えるものであり、我が子を育ててみるのが最も早道だと思うのだが、未婚だった賢治には、そういう理想郷が必要だったのであろう。

役者は本当に文句なく、役所広司も菅田将暉も森七菜もハマり役だった。菅田は結核で死ぬ役に合わせてかなり減量して臨んでいたようだった。役所広司の若作りは CG のようであったが、それほど違和感はなかった。菅田はチェロを自分で弾いており、見事な成り切りっぷりだったが、それならば賢治が帽子をかぶってコートを着て農場に佇む有名な写真も再現してほしかった。

音楽も演出も感動を盛り上げる力が半端なく、本当に泣けて仕方がなかった。唯一腹が立ったのはエンディングの全く関係もない能天気な歌である。何故あんなもので感動に水を差すのか、真意が図りかねた。
(映像5+脚本4+役者5+音楽4+演出5)×4= 92 点。

アラカン
アラカンさんのコメント
2023年5月12日

とにかく感動に水を掛けられた腹立たしさは半端ないものでした。

アラカン
YOUさんのコメント
2023年5月11日

いきものがかりが悪いわけではないけれど、ミスマッチでしたね。
アレ?ドラえもんみてたんかな、みたいな(笑)

YOU
アラカンさんのコメント
2023年5月9日

全くです。

アラカン
大吉さんのコメント
2023年5月9日

歌は残念でした。

大吉