正欲のレビュー・感想・評価
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人格形成が完了した大人が一歩前進するには
2023年劇場鑑賞69点 優秀作 72点
結論、若い頃の人格形成がなされる前に多種多少な人物のと関わりがあれば、その先未来の自分の理屈が積み上がってからも、明後日の方向から飛んできた理屈も理解しようと出来るのかもね
だからこそ、自身の特性に気づいたら恥じる事なく早くにそれを表にするべきだし、それを表にしても恥じない社会を作らないといけないし、親がまずは子がオープンに出来るような寛容さを日頃から印象づけ、理解しようと歩み寄らないといけないね
稲垣が悪い人とかじゃないし、所謂世間一般の感覚の持ち主の敬称だけど(随所に普通じゃないなというところもあるけど)、彼の人格が形成されてからのこの出会いだから、もう難しい
こんな社会、特に日本の国民性だもんね何年語になるかな〜
多様性と社会
多様性がテーマの話。原作を読んでないが、十分メッセージ性も伝わり、面白かったと思う。時間の制約で後半は駆け足になっているが、スピーディーな展開であり良かったと思う。
特異性嗜好で悩んでいる人が現実世界でもいることを思うと、多様性と社会の在り方について考えさせられる。少数の性嗜好も社会としては存在を認め、受け入れることが大切だと思う。安易にありえないやおかしいといった評価は人をひどく傷つけることがある。
一方でやはり社会システムとしては誰かが被害を被るような性嗜好の行為は抑止しなければならないし、多数派のボリュームゾーンの人向けの社会システムにする必要があると思う。つまり多様性と社会のバランスが大切であり、昨今の少数派(社会的弱者にイメージが持たれている)を優遇して多数派を締め付けることになっている流れは良くないと思うと考えた。
このように現代社会へのメッセージも含まれる個人的に好きなタイプの映画。
多様性が謳われる現代では様々な考え方が理解されやすくなってきたと思...
多様性が謳われる現代では様々な考え方が理解されやすくなってきたと思う。それでも周囲に理解されない人がいるのも確か。常識とか価値観が人によって違うということを改めて感じる作品だった。
純水
被害度合いを高めて世間との壁を必要以上に高く築き、自分たちは美化してピュアに描き、傷を舐め合うようでもある。ぼっちはフェチではないし、フェチだから犯罪者でもない訳で、こういうテーマの作品であればより配慮すべきところが欠けているように思える。
夜中に人の家のガラスを割るのは犯罪であるし、子供の動画配信を家にあがり込んでまで支援するボランティアと家にあげる妻というのもどうかと思える。出てくる食事の粗末さは意味を含めているのだろうか?
ラストで勝ち誇る夏月の笑みの凄み
原作が好きすぎて、映画館では観なかったんですが、Netflixのラインナップに入ったので鑑賞しました。
映画化にあたり省かれてしまったものが結構あり(長いし複雑ですからね)、まずは残念な気持ちもあったことをお伝えします。
でもでも!
ラストで寺井が「調停中」とぼそっと言った後に、夏月が佳道への伝言として「普通のことです」「いなくならないから」と言うときの新垣結衣さんの微かな、でも確実な笑み、そしてそれに呼応して、愛の次元において己の敗北を悟っていく稲垣吾郎さんの消沈していく感じがとてもよかった。
このシーンは小説を読んでるときにもっと劇的なイメージを持っていたのですが、この演出とおふたりの演技には圧倒されました!!
あと最後に。
冒頭と中盤で、夏月と大也が自慰するシーンありますけど、そこで性器(の周辺?)を触ってると想像できる演出しちゃうのはいただけないです。
だって、それだと佳道と夏月の、真似事セックスの泣けるほどの切実さ・滑稽さが台無しに感じられちゃうからです!
難しい
一番初めに思った事は
単純にガッキーってこんな表示して出来るんだ!
と言う驚き。
そこから一気に引き込まれたのだけど、
話が進むにつれて自分は分からなくなった。
自分はどこまで行っても、社会によって作られた普通の中で生きて来て、普通にバカ話で性欲、性癖もぶちまけるような雑な青春を送って来たので、
ここで描かれたキャラクター達の性癖が、そこまで
生きづらくさせてる物が何なのかが分からなかった。
その分からなさが彼女らを生きづらくさせてる事は
分かったのだけど、
問題が難し過ぎて心がズンっと重たくなってしまった。
共感と理解は違う。
異質なものを理解しようとすることはできるはずだ。
しかし共感をすることはそうそうできるものではない。
だからこそ、理解できないもの・異質なものに出会った時にはとにかく理解しようと努力することが我々には必要なのだと思う。
そう気づかせてくれる作品。
新垣結衣の死んだ目がすごく良い(褒めてます)
人気アイドルや俳優を使って注目を得る事がデフォルトで、結果、おざな...
人気アイドルや俳優を使って注目を得る事がデフォルトで、結果、おざなりな演出に陥りがちな日本映画の限界か・・。
きっと原作は、もっと面白いのだろうと思えるので読んでみよう♪
途中まではよかった
今の世相を色濃く映した内容で、新鮮さもあり、まとまりもあった。ただ、ラストがもう少しみたかった。どう終わるのかと期待してしてしまっていたので、最後肩透かしな印象で終わってしまった。
「理解する側だって思うなよ」
っていうセリフが刺さった。
あぁそっか、「理解する」って思ってる時点で、自分はマジョリティの立ち位置なんだな…。
正直、自分は「明日、死にたくない方の人間」なので、苦しんでる佐々木や桐生や諸橋には「思いつめすぎなんじゃないのかな…」と言いたくなるのだが、そんな自分の中にも「無事に死ぬために生きている」とか「(自分の中の)正直な部分が終わってる」と思う部分はある。
それがあっても、今こうやって生きていられる(しかもマジョリティの立ち位置のつもりになって…)のは、「自分をわかってくれている人がいる」って思えているからだろう。
そういう点で、劇中の彼ら彼女らそれぞれに、わかってくれる存在ができていく展開に救われる思いだった。
対比的に、世の中的には、結婚もし、子どもにも恵まれ、出世もしている寺井は、我が子に対して四角四面な対応しかできないことによって、関係が崩壊していく。
彼が、自分の考える明確な正しさをもとに「知らないと思うが」と前置きしてまで正論で断じてしまうのは、検事という職業柄ゆえか、それともエリートとしての成功体験がベースなのか。
彼の言動を通して、世の中の「普通」や「当たり前」や「正しさ」の曖昧さや危うさが、ズバズバと投げかけられてきた。
それ以外にも、劇中では、人を傷つける呪いの言葉が至る所で出てくる。しかも、一見、それらは呪いの言葉らしく見えないところがタチが悪い。
とにかく「ありえない」と平気で言えるような奴にならないように生きたいと思った次第。
おもわず書き留めたいセリフも多く、役者たちの演技も素晴らしい。彼ら彼女らの表情だけで、深い思いが伝わってくる。
全体として、とてもいい映画だった。
第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説を、...
第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説を、稲垣吾郎と新垣結衣の共演で映画化。「あゝ、荒野」の監督・岸善幸と脚本家・港岳彦が再タッグを組み、家庭環境、性的指向、容姿などさまざまな“選べない”背景を持つ人々の人生が、ある事件をきっかけに交差する姿を描く。
横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突を繰り返している。広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月は、中学の時に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。大学のダンスサークルに所属する諸橋大也は準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子は、大也のダンスサークルに出演を依頼する。
啓喜を稲垣、夏月を新垣が演じ、佳道役で磯村勇斗、大也役で佐藤寛太、八重子役で東野絢香が共演。第36回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品され、最優秀監督賞および観客賞を受賞した。
8 E-3
いなくならないから
映画を観て原作も読んだ「少女は卒業しない」の朝井リョウの原作映画化「正欲」を
TOHOシネマズ日比谷でポイント鑑賞。
磯村勇斗が給水器の流水を見つめるファーストカットの意味が後で判った。
TVの「逃げ恥」とは違う新垣結衣の目、眼差しに彼女の新境地を見た。
また、彼女が自分の部屋で水に浸るシーンは、邦画では珍しいイマジネーションの表現だと思った。
ノーマルとアブノーマルの境界は何処だ。
ラストの垣対決で新垣結衣が稲垣吾郎に言い放つ「いなくならないから」が強烈。
帰りに三省堂で原作文庫本を買った。
原作を読んでみて、映画の脚本の方が良いと思った箇所は新垣結衣がコロッケ買った時に稲垣吾郎と出会った事があった事になっていたところ。原作では最後に接見するまで接点がない。一度でも普通の主婦(?)の姿に接していた事が、最後の「いなくならないから」のインパクトを強めていたと思った。
生きずらさ
生きづらい、生きずらい、どっちだったか。
辛い(つらい)で 生きづらい
人それぞれ、誰にも言えない、言える人がいない
辛い悩みを抱えて生きている。
生きるとはこうあるべき
なんていう固定概念なんて捨てて
みんなが自由に生きれる社会になれればいいのに。
自分の悩みがちっぽけに感じられる映画でした。
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