福田村事件のレビュー・感想・評価
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忘れません
NHK「クローズアップ現代」でこの映画が紹介されていて、この事件を初めて知りました。
殺される場面の残酷さに、どれほど怖かっただろうかと、胸が痛みました。鑑札を確認しに行った人も、早く帰ってきたらいいのに…。インテリ村長は、ダメだと言っておけばいい、自分は言ったからな、という感じで、迫力がない。でも、実際にあの場にいたら、私もああいう感じになるのかもしれない。
勇気を出してその人たちは日本人だと言っても、狂った皆には聞こえない。そのことがとても怖かったです。
現代は、あんなにあからさまな差別はなく、人を堂々と殺すのもあり得ないけれど、ネットでの誹謗中傷があります。人の中身なんて、そんなすぐには変わらない。今の私たちも、どんなきっかけで福田村の人たちと同じように暴発するかもしれない。
せめてデマを流す片棒を担がないようにしたい。
この事件を忘れないようにします。
台風に煽られ🌀福田村まで
マジで凄いの出来たな!🥹
友達に誘われたので今日まで我慢してた
100年前の事件ゆえに映像資料はほとんど無く、森監督は初めて劇映画(フィクション)に稀代の名脚本家 荒井晴彦氏と共にクラファンで映画化に挑戦、大手映画会社には全て断られ自主制作となりました😑
ドキュメンタリー映画だって製作者のフィルターを透過するから完全なノンフィクションなんてものはそもそも存在しない
しかし、30年前なら右翼にコ⭕️サレルかもしらんね😑
今も本質はちっとも変わらない上に、更に民度も地に落ちそうな愛しの我が祖国で製作した、真の勇気を先ずもって称賛だ🫶
エンドロールに我が名も見つけて、本当に応援してよかった、この映画に関わった全ての人たちを私はココロから誇りに思います😾
とんでもない
恐ろしい。
朝鮮を併合して一方的に朝鮮人を虐げてきたのに関東大震災では数千人の朝鮮人が虐殺され、今作の福田村では日本人まで惨殺してしまった事実。
この史実が恐ろしいし、そう書いてる自分も誰かがイジメられているのを見て見ぬふりをした事もあればフェイクニュースや一部のみ切り取られた動画をSNSで拡散した事もあり、本質では同じでないかと身体の芯が冷えた。
本当の事かも分からず流れてきた情報を信じて拡散し、無差別に加害に加担しているという意味では今でも同じような行為が繰り返されている。
福田村事件からもう100年経つのに、まだこんな事をしている絶望感。
猜疑心や差別意識、村社会の集団心理など人が抱きやすい要素が複合的に絡んでいるとは言え、それでも、何の確証もない中で一方的にリンチ殺人を犯してしまえる人間が怖い。ごく普通の人たちが変貌してしまう姿が怖い。その辺のホラー映画よりよっぽど怖い。
このおぞましさを直視していかないといけない。
問題の本質は、日本人が殺されたことではない
「日頃から酷いことしているので、どんな仕返しをされるか分からない。やられる前にやってしまおう。」という、理屈にもならない自分勝手な言い分がまかり通ってしまったことに暗澹たる気分になる。
過剰な防衛意識が攻撃的な残虐行為に転嫁していく様には戦慄を覚えるし、過激な群集心理に同調していく人々の姿を見て、自分だったらどうするだろうかと考えさせられる。
事件が起きる前、薬売りの集団を巡り「日本人か朝鮮人か」という押し問答が繰り返されるが、本当の論点はそこじゃないだろうとモヤモヤしていると、瑛太演じる薬売りのリーダーが叫ぶ「朝鮮人なら殺してもいいのか?」という問いかけに、「その通り!」と膝を打ちたくなった。
これは、部落民として苦汁をなめてきた者だからこそ発することのできる「差別」に対する問題提起であろうが、後から考えれば、「福田村事件」そのものに対する問題提起にもなっているのではないかと思えるのである。
朝鮮人に間違えられた日本人が虐殺されてしまったことが、この事件を「事件」たらしめているのだろうが、問題の本質は、日本人が殺されたことではなく、何の罪もない多くの朝鮮人が、差別や偏見によって殺されてしまったというところにこそあるのだろう。
そういう意味で、虐殺の引き金にもなったこの問いかけが、ことさら強く心に響くのである。
その一方で、虐殺に至る被害者側と加害者側の日常が丹念に描かれている割には、特に、加害者側が、どうしてあのような暴挙に走ったのかがよく分からないのは気になる。
仮に、村民たちが、日頃の鬱憤を晴らすために虐殺行為に及んだのであれば、彼らが溜め込んでいた不平や不満を、もっと明確に描くべきだったのではないだろうか?
逆に、夫が出征中に他の男や義理の父親と姦通したり、セックスレスに悩む妻が不貞を働いたりといったエピソードは、それはそれでインパクトはあるものの、本当に必要だったのだろうかという疑問が残る。
威張りくさった在郷軍人が虐殺を煽り立てたり、過去に朝鮮人の虐殺に加担したことを悔やむ元教師がそれを止めに入ったりという構図も、いかにも類型的で、ありきたりだと言わざるを得ない。
ここは、むしろ、普段は何の悪意も持たない善良な人々が、デマや流言飛語に踊らされて殺戮者に豹変する様を描いた方が、集団ヒステリーの異常さや恐ろしさを強調できたのではないだろうか?
いずれにしても、100年前の事件でありながら、今の時代でも十分に起こり得る出来事を描いているという点において、大きな教訓を与えてくれる映画であるということは間違いない。
上映館が少なめなのが勿体ない佳作
当方、恥ずかしながら最近までこの福田村事件のことを知らなかった。
本作の公開や関東大震災から100年という節目にあたって、報道番組などで採り上げられたりしたのを見て初めて知った。
もしかしたら、千葉県民や野田市民であっても、そういう人が多いのでは?
ただ、歴史の片隅に葬り去っていい事件ではないはず。それくらい、衝撃的な事件だと思う。
内容的にも、事件に至る過程を描く中で澤田夫妻や井草貞次(柄本明)のエピソードを絡めることで、当時の庶民が朝鮮人に対して抱いていた感情を上手く演出している。
また、女性新聞記者・恩田(木竜麻生)をキーパーソンとして登場させるのはドキュメンタリー作品を主戦場とする森監督の矜持かな?
情報の限られた時代に新聞という媒体の世論操作に与えた影響の大きさを実感させられた。
情報網が発達した現代でも東日本大震災や熊本地震などで流言飛語が飛び交い、パニックが起きるなど人の心がいかに流され易いものかを改めて考えるのに非常に効果的だったと思う。
カトウシンスケ演じる社会主義思想家・平澤の件も当時の時代背景を知るのにサイドストーリーとして、上手く機能している。
また、全編を通してカメラアングルも寄り過ぎず、離れ過ぎず、適度な距離感が観客の物語への入り込み方を程よく誘導している。
いずれにしろ、歴史の一片の事件としてだけではなく、集団心理が間違った方向へ流された際の危うさを丹念に描いた良作だと思う。
それにしても、四六時中、軍服を着た在郷軍人会というのも、何か怖いな。
当地特有のものだったのか、日本中にそういう人達がいたのか、ちょっと知りたくなった。
井浦新の渋みも良かった。若い頃のクールなイメージから、年齢を重ねて、人情味を感じさせる役者さんへとシフトチェンジがスムーズにいった印象。
打ちのめされた
たまたまテレビで特集をみて興味をもちました。
このような事件があったことすら知らなかったです。
近くの映画館で上映していたことは幸いでした。
鑑賞後、こんなに打ちのめされた映画は今までにありませんでした。あの場にいたら、自分も少なくとも傍観者になっていたでしょう。いじめと同じで、止めようとすれば自分も虐められることが容易に想像できました。ましてやあの興奮状態。
鐘がなった時、村八分になるぞ、と若者が母親に言いましたが、ムラ社会の閉塞感が冒頭からよく描かれていました。葬式行列にあの人もこの人も並んでいて、壮行会にも全員集合。村の中での男女の濃厚な人間関係。誰もが清濁併せ持って描かれている(濁だけの人もいたかも?現代の田舎にもいる詮索好きなおばさん)ムラの閉塞感もあの群集心理にハッパをかけたように感じました。
清濁という意味では行商リーダーの方も同じで、らい病患者を下にみる一方でそれらの行いへの罪滅ぼしか僧にお布施をしたり、仲間の差別発言に怒ったりと多面的に描かれている。差別されるものもまた差別する。
上下をつけるのは人間の、というか動物の本質なのでしょうね…
被差別部落のことは教科書で学んだだけでよく知らないのですが、もっとちゃんと知らないといけないですね。死ぬまで幸せになれない、何のために生まれてきたんだ、というセリフが痛ましかったです。水平社宣言を読んでみよう。
日本人かもしれないぞと集団をなんとか止めようとした時の、朝鮮人なら殺してもいいのか、のセリフの重さ。
相反して、分団長の事後のセリフは一番不快でしたし、奥さんの夫を労るセリフも気味が悪かったです。
加害者の人達は実刑になりその後恩赦になったようですし、その後の人生をどんな気持ちでどう生きたのかが気になりました。
偉大なる失敗作か?
若松孝二だったらヒューマニズム落ちなんて、死んでもあり得ないだろう。
ちらとでもそう思われるてる時点で、あの森監督が…という感じだ。
森監督は好きだし、若松孝二も大好きだが、脚本は詰め込みすぎて無理があるし、虐殺シーンが緊張感がなさ過ぎてあちゃ〜だし、もう突っ込みどころがあり過ぎて、後半ため息ばかりであった。
低予算と言えば、「野火」をあのレベルに纏めた塚本晋也とエラい差である。
しかもヒューマニズム落ちはつかしんが1番避けた落ちだ。
これはボロボロと言って言いだろう。
あの森監督が劇映画となるとこれなのか…映画って難しいんだな…と…。
次作に期待します。
この高い評価こそ同調圧力では?
森監督が劇映画を撮ると聞いて、
絶対観ないとと思い鑑賞。
日本人の異常なまでの同調圧力、ヒステリックな民族性を正面から、全てを見せていく若松プロの心意気は感じるが、映画としてはとても褒められたものではないと思う。
映画の流れがとても雑な上に、とにかく説明セリフが多すぎ、人種差別に被差別部落など日本の差別の歴史も詰め込んだのは判るんだけど、とにかく分かりにくい。
神は細部に宿るというけど、腰が入ってないと言いながら、とんでもなく頼りなく鍬を振るう水道橋博士を観て、こりゃダメかもと感じたまま終わってしまった。
(そういう役だと言ってしまえばそれまでだけど、、、)
パンフレットや解説を見ないと意図が伝わらない映画は好きではありません。
暫定評価3.5 or 全て事実なら評価4
心に残る良作(みんなに見て欲しい)
福田村事件とは、1923年9月6日、関東大震災の未曾有の混乱の中で朝鮮人や無政府主義者などを対象として生まれた流言蜚語、大規模な虐殺が行われた中、震災の6日後、香川県からの薬の行商団15名が千葉県福田村で「朝鮮人を殺せ」と地元民に暴行され、9名が殺害された事件である。
事件後100年を経て事実を元に作られたこの映画は当社でも観れたのである。
通常このような事件はただただ異常な普通あり得ない印象であったり関東大震災と言う全く非日常
な中での「仕方のない」事案であると思われがち(思ってしまおうとする)なのであるが、この映画では震災前の福田村や行商団の日常を丹念に映す事でこの事件の普遍性を描き、世相や震災を経て人々がどんどんおかしくなっていくプロセスを丹念に映すことでこの事件の必然性を描いている。
そして俳優達の素晴らしい演技やカメラワークがこの映画をただただ異常な暗いものにするのではなく、気持ちの動きのみずみずしさや鮮やかな色合いを与えてくれる。
今はこの事件から100年経ったが、人はここからどれくらい賢くなれたのかな、寧ろ人は偏見や悪意の増大、学ぶことに対する意欲の低下など悪化する一方なのではとつい思ってしまう。
そうした意味でこのような事件を映画化してくれた関係者の方には感謝しかないし本当にこの映画を沢山の人に観て頂きたいと思う。
タイトルなし(ネタバレ)
観終わった後、外に出たら日常の世界が噓のような気分に囚われた。普通の人々が忙しそうにそれぞれの用でそれぞれ方向にそれぞれの速さで行き交っていた。自分も含めこんな普通の人たちが競合脱線のようにある条件の重なり合いで、とんでもない事態に発展してゆく恐ろしさの高まりを見せつけられた。個人的に香川に住んでいた事もあり差別も承知していた。しかしその件に関しては、それは後付けの話であり、あくまで大衆のモッブ化メカニズムと暴力の遍在性をまざまざと見せつけられた。興行的に性的要素は必要だろうが、これほどいるのかなとは感じた。女性記者の存在の定型性が気になった。それよりも脚色的には元教師と村長と村のボスの少年時代の姿との対比などがあればなぁーとも思えた。しかし難しい問題に切り込んだ制作者の皆さんの勇気は称えたい。
日本人特有の愚かさを思い知る作品
戦争の爪痕
虚しい…
映画を見て身体が震えたのは初めてだった。
身体が震える程の恐怖は、東日本大震災の津波の映像を見た時以来だ。
「本当に怖かった。」
この事件を私は知らなかった。
以前、別映画鑑賞時に本映画の予告を見たことがきっかけでこの事件を知ることとなった。
とても惹きつけられる予告映像だったので、強く印象に残ったことを覚えている。
その時、この映画は絶対に観なくてはならないという謎の使命感を抱いた。
と、大袈裟に書いたが、実のところは
「この企画は、森達也監督がNHKや各配給会社にこの企画を提案したところ全て突っぱねられたから、自分で映画を撮ってやろうと始まった」という制作秘話がある。
もしかしたらDVD化もサブスク配信もされないんではないかという焦りから、急いで映画館へ駆け込んだというのが本音だ。
事前に予習をしていた為、大まかな事件内容は知っていたが、これを映像で見せられるとなるとかなりの覚悟が必要だと思った。
この上映が終わった後、自分がどんな感情を抱くのか予想した。
「憤怒」か「悲壮」か…
そして「熟考」した後に何かしらの言葉を紡ぐのだろうと…
そう思っていた。
その結果は「虚無」だった。
鑑賞中、急激に血の気が引いて行く感覚に襲われた。
様々な感想が頭の中を駆け巡っていく。
「完全にディストピア…」
「どうして、村人達は駐在の確認を待てなかったの?」
「本当に朝鮮人が怖かったの?人を殺す為の大義名分が欲しかっただけじゃないの?」
セリフにもこだわりを感じた。
事件前に登場人物達が発したセリフが、事件発生から事後に起こった事の皮肉になっている。
例えば、「教育は大事」と言っておきながら、風評を疑いもせず、怖いという理由だけで無抵抗な人間を殺したり、
「天皇は俺たを助けてくれない」のようなセリフがあったが、大正天皇が崩御すると福田村事件の逮捕者は皆釈放されたりと
なんとも胸糞悪い…
登場人物に誰一人清廉潔白な人物は居らず、皆が生きていく為に、家族を守る為に、欲望を満たす為に、自分たちの主義主張を正当化する為に何かしらの悪い部分を持っている。
中にはまともな意見を持っている人もいたけれど、残念な事に100年前の世界線では、その価値観はマイノリティだったようだ。
「俺は待てと言った」とどんなに主張しても殺された人達は戻って来ない。
「どんなに自分達を正当化しようと、朝鮮人であろうと人を殺してはいけない。」
事件から100年経った今、このような発言をしたとしても非国民だと罵られたり、逮捕されることは無いし、その価値観は殆どの日本人に共有されている。
【私は、今の日本に生まれたことを心の底から幸せだと感じている。】
最後に一つだけ言いたい。
この映画は絶対「PG12」では無い。。。
不穏な空気感、惨殺シーン、所々のエロ要素など含めるとR15以上は必要だろ!
というクレームを1件入れて、今回のレビューを終わりにしようと思う。
やりきれない
終盤のキャラクターの交差が良かった。 森達也監督は"多声性"と仰っ...
虐殺は続く
「福田村事件」を観る。あまり好きではない「映画はプラカードではない、映画の出来としてどうかだ」という言説があるが、この映画は群像劇として非常に素晴らしくて、そこは軽々とクリアした上で戦争が差別を生み、その差別を温存し増幅させる今だにこの国に存在する社会構造を告発する映画でした。
「菊とギロチン」の桐生麻生さん演じる新聞記者がその差別を増幅させるシステムを担う機関に成り下がった新聞社を糾弾するシーン、これは朝鮮人虐殺を無かったことにしようとする権力に抗うことのできない今のこの国のマスコミへの糾弾でもあるよね。
あと、題材に朝鮮人ではなく朝鮮人と間違えられた日本人が虐殺された福田村事件を取り上げたことに対する疑問も出ていましたが、あの時に日本人が朝鮮人に何をしたのか、朝鮮半島で何が起こったのかということは重要なシーンでしっかりと描かれています。
ピエール瀧さん、豊原功補さん、水道橋博士さんらが、それぞれ「かつて理想を持っていたのにファシズムに屈した記者」「デモクラシーを唱えるが全く体現できない村長」「愚直に国体に身を捧げる男」を演じていて素晴らしかったです。博士、この役は大変だったろうな。
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