「世界で初めて盲聾者の大学教授となった福島智さんと母・令子さんの実話...」桜色の風が咲く りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
世界で初めて盲聾者の大学教授となった福島智さんと母・令子さんの実話...
世界で初めて盲聾者の大学教授となった福島智さんと母・令子さんの実話を基に描いたドラマ。
兵庫県で暮らす5人の家族。
夫・福島正美(吉沢悠)は学校教師、妻・令子(小雪)はやんちゃ盛りの3人の男の子を育てるのに忙しい。
幸せな一家だったが、末子・智の目の見え方がどうやらおかしい。
正月休みの間に気になっていたのだが、医者は休み。
休み明けしばらくして、近所の眼科に連れて行ったところ、大病院での検査が必要と告げられ、そのまま入院となってしまう。
県立病院の眼科医がいうことには、珍しい病気で失明の可能性がある、とのこと。
入院して治療を続けるが、幼い智は片目を失明してしまう・・・
といったところからはじまる物語で、片目をうしなった智少年は、周囲からのいじめに遭いながらも、その後も元気に育っていったが、残された目も視力を失ってしまう。
普通なら全盲というハンディキャップを負ったならば、意気消沈、生きていくことが嫌になってもおかしくないのだけれど、智少年は、入院中に仲良くなった年上の全盲青年から点字を習っており、それゆえ点字本を数々読み、またラジオから流れる落語にも喜びを見出す。
高校生にならんとする智(田中偉登)は、東京盲学校へ進学、ひとり暮らしを始めるようになる。
同級生に、「カフカの『変身』読んだか? なんでザムザは、ある朝、突然、虫になったかわかるか?」と問いかける。
答えられない同級生に対して、「理由なんかない。なるときはなるんや。そういうもんなんや」と言う。
彼は盲の中で学んでいるのである。
盲であっても、蒙ではない。
考えることで、蒙を啓いているのである。
しかし、そんな智を次なる試練が襲う。
頼りにしていた耳が聞こえづらくなっている。
想いを寄せる同級生の女の子が弾くピアノの音も、ひずんだり、聴き取れなくなっている・・・
全盲の上に耳まで聞こえなくなったら、いくらどんなに考えても、それを周りに伝えられない。
周りのひとも智に何も伝えられなくなってしまう。
完全な暗闇、完全な孤立がやってくる・・・
「そうなったら、男版ヘレン・ケラーやな」と軽口を言ってはみるものの、気も狂わんばかりの恐怖・・・
その智を恐怖の淵から救うのが、母・令子が咄嗟に思いついた指点字。
左右3本ずつ計6本の指を使って相手の指にタイピングし、点字同様に一音ずつ相手に伝える方法であった。
幸い言葉まで失わなかった智は、相手からのコミュニケーションがあれば、自分の声で思いや考える伝えることができるのである。
蒙を啓くためのコミュニケーション。
コミュニケーションで「つながる」というのはそういうことなんだ。
映画は、その後、智の大学受験と合格を描いて終わるが、タイトルどおり、桜色のさわやかな風が吹いたかのような余韻を残します。
前半は母親からの視点、後半は成長した智の視点と変化するあたりの劇作ぶりも好感が持て、要所要所に挟まれる智の視点による映像も効果的です。
すっかり母親ぶりが板についた小雪、頭脳明晰なれど嫌味もなく、時にはユーモアも交えて、ヴィヴィッドに演じた田中偉登ともに好演でした。