「ちひろさんを埋める人が現れて欲しい」ちひろさん movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
ちひろさんを埋める人が現れて欲しい
まず、有村架純が30代とか信じられない。
少し歳下の可愛い子の感覚だったが、素朴なキャラクターでも複雑な感情を伝えられる、ベテラン俳優。
ただ、自然なキャラクターを演じられる子なのに、どうして歯を義歯丸出しにしてしまったのだろう。
歯と歯茎がとても不自然で、口を閉じにくそうだしとっても残念。ガッキーも同じ感じの歯。海外進出を狙っている訳でもなさそうだし、自分の歯を大切にして欲しかったな。
作中のちひろの台詞回しは、有村架純の演技力を感じられる。ひとつの文の中で、あえてゆったり話す部分や、のらりくらりと聞き返す会話のかわし方がよく作り込まれていて、シンプルな服装でもただの良い子ではない、夜の仕事の経験があるからこその女性らしさや余裕を感じられる。有村架純自体がいつも、当事者でも一歩引いた客観的目線で落ち着いて事態を見つめ、年齢より心が悟ってるなーと感じさせる雰囲気の子。
それがちひろ役にも存分に発揮されて、何かこの悟りに至る経験をしているな?それはなんだろう?と引き込まれる。
見ていくと、風俗嬢→お弁当の売り子バイトになった背景で、本名あやちゃんの頃にお母さんから夜も放置されるし、感情も大切にされていなかったようだ。そのお母さんは、お墓に入っているようだが、そんなお母さんにもお花や想い出のどんぐりを備えに行っている。取り巻く人にちらほら断片的に話す素性を繋げると、おそらく暴力から身を守るために、お父さんを殺して埋めちゃったかな?その後ラーメンを食べて、ふらふら彷徨い、風俗嬢に行き着いたのかな?という推測。
死体を埋めた後のラーメンは美味しいらしい。
つまりは1番与えられたかった親からの愛情を受けられなかった過去。そこが誰とどんな出会いをしても、核心には触れさせず、距離を保つ今に影響している。悲しい気持ち、寂しい気持ちを沢山沢山経験済みだから、同様の気持ちの人や動物を見つけるとそっと寄り添う。でも、ちひろから心を開いてずっと一緒にいようとする事はない。離れる時に辛くなるからだ。
ちひろの過去を可視化するかのような、シングル家庭の男の子や、完璧な家事の中に温かみがない家庭の高校生、どこにも長くは居付かない野良猫などが出てくる。甘えたい子供の時期に、物理的にも精神的にも家庭で満たされなかったら、辛いよね。
たとえ家族でも生い立ちやらその時の状況やら色々あって、家庭で満たされることが難しい子は生き辛い。
そういう子は社会では顕在化せず埋もれがちだが、ちひろは身の回りのそういう存在に気が付く。
のこのこ弁当にちひろが雇われる前の前任者は吹雪ジュン演じる盲目女性たえちゃんなのだが、たえちゃんも、ちひろの気持ちによく気が付く。
でも、たえちゃんには長年お弁当屋さんを営んだ夫がいる。ちひろも心の門を閉め切らずに、いつか寄り添える人と出会えるといいなと感じた。
ちひろ本人も、家族という形態にこだわらず、みんなで食べてもまずいものは不味いし、1人で食べても美味しいものは美味しいと話していて、男女の愛にも酔えないから性欲も生理的に満たせれば良いと話す。
でも、かつての同僚バジルちゃんが問いかけるように、相手はそうではないとしたら?
作中ではリリーフランキー演じる、ちひろの風俗嬢時代の店長がその視点を投げかける。
ちひろが父親と揶揄するような、相手はありのままどんなちひろでも受け入れるし、身体目的ではない人だったとしたら、それはちひろが実の家族に求めていた愛を、家族でなくても持ち合わせている人との出会いである。
出会えても、ちひろが心を開かなければ、その人は第2のちひろのように孤独を味わう。
実際それで、ちひろを好きになりすぎた人から、背中を刺されたこともあるようだ。ちひろを丸ごと愛すのとちひろを支配するのは違うのだが、愛しても、その中に留まろうとできないちひろに、思い通りにならないもどかしさを感じ、愛情が支配したいという違う形態に変わってしまう人も多いのだろう。
たえちゃんが、
「あなたはどこにいても孤独をなくさずいられるわ」
「そろそろとどまっても良いんじゃない?」
と声をかけたように、ちひろさえ心の準備ができれば、血の繋がりがなくても、ちひろを丸ごと受け入れる関係性は周りに培えているのだけれど、それでもちひろは街から出て知らない場所の酪農家の家でまた一から始めるようだ。
幼い頃から風俗嬢になるまでについてしまった心の傷はそれだけ深く、親が与える無条件の愛を怠れば、そんな親なのに親からの愛だけを求め続ける一心で、他からの愛を一生全く信じられない子になってしまう。
それゆえ誰からも掴みどころがない存在となり、いつまでも1人で彷徨ってしまう。
ちひろはずっとそれを繰り返し、ちひろのように埋めてくれる存在にも出会えなければ、道に転がる最期を迎えるホームレスのようになるのかな?
たえちゃんに抱っこされて一瞬でも甘えられたように、誰か有村架純に保護者をと思わずにいられなかった。のこのこ弁当の面接の履歴書を見れば、29歳。
意外と良い歳なちひろ本人が信じられるのは美味しいご飯だけでも、ちひろの過去を知っていてもちひろその人をよく見て好いてくれている人たちが沢山いる。
お弁当屋さんにたまに買いにくる、同じく親から傷を受けた男は、その気持ちを理解してくれたちひろが求めているのは一瞬の肉体関係だけとわかった時、どう思っただろう?
なんだか雪女のような怖さを感じた。
母親から充分に満たされなかった男性は、母性愛求めて女遊びを繰り返すというのは聞いた事があるが、それの女性バージョンなのかな?
有村架純が、背骨に沿って筋肉がしっかりついた背中と腰を揺らしている。有村架純がスラリとしつつ健康的なスタイルの持ち主なことは知っていても、衝撃的な光景だったと同時に、
生理的欲求を満たすためだけに求めてくる女性に上から乗られて、お弁当屋さんの売り子の知らぬ一面を下から見つめる役をした若葉竜也はどんな気持ちだったのだろうかと時になった。
そういう相手の無を見つめる瞳が印象に残り、今のアンメットでの、大好きな婚約者に忘れられる孤独やショックを抱えながらも、婚約者の絶望や葛藤に気付き真っ直ぐ見つめる役に繋がっていると強く感じた。