「ちひろという生き方」ちひろさん sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
ちひろという生き方
初対面の人と打ち解けるのが苦手だ。またその人の素性が分からないと、どうしても無意識に警戒してしまう。
その反面、自然な形で一気に距離を詰めてくれる相手に救われることもある。
この映画の主人公ちひろさんは、そんな人との距離を詰めるのがとても上手な人間だ。彼女は風俗嬢の仕事を辞めて弁当屋で働いており、自分が風俗嬢だったことを隠そうとしない。
公園で地面に膝をついてまで野良猫を撫でようとする彼女の姿を見て、この人は普通とは違う独特な距離感を持った人物なのだなと思った。
彼女は彼女が元風俗嬢であることを知って色仕掛けを働く男たちにも、生意気な小学生にも、ホームレスのおじいさんにも分け隔てなく接する。
ホームレスのおじいさんに弁当を分けるどころか、風呂を貸して身体を洗う人間はほとんどいないと思う。
堤防に横たわるカモメの死骸を埋めたり、溺れる蟻を助ける人間もなかなかいないと思う。
では彼女はとても愛情深い人間なのかといえば、それとも違うような気がした。
彼女はとても人を受け入れる容量が大きい人なのだ。
風俗嬢として人気ナンバーワンだったことにも頷ける。
風俗に通う男は心に何らかの孤独を抱えている場合が多い気がする。
そんな男たちの孤独にちひろは自然と寄り添うことが出来る。
彼女は誰か特定の人を熱烈に愛するのではなく、どんな人の心にも寄り添い、孤独を埋めることの出来る存在。
自然と彼女の周りには孤独を抱えた人間が集まってくる。
厳格な家庭で息苦しさを感じながら生活する女子高生のオカジ、母親がシングルマザーのためにいつも寂しい夜を過ごしている小学生のマコト、父親との確執から孤独な生き方を選んだ青年谷口、人を見る目がない元風俗嬢仲間のバジル。
皆がちひろに集まってくるが、彼女もまた一人の女性に心を惹かれて弁当屋の仕事を始めた。
その女性は入院中の店長の妻多恵だった。
孤独を抱えているのはちひろも同じだ。
むしろ自分の母親が亡くなった報せを受けても、まったく動じないちひろの心の方がずっと空虚なのかもしれない。
彼女が人の孤独を埋められるのは、彼女もまた孤独を受け入れて生きている人間だからだ。
そんな彼女の孤独を満たしたのが多恵だったのだろう。
今泉力哉監督らしく、それぞれのキャラクターがとても魅力的だった。
なかでも「人は生きていても死んでいても浮かんでくる。じたばたしたら沈むだけだ」とちひろを励ます元風俗店の店長内海の存在が印象的だった。
ちなみにちひろは彼女の本名ではない。
彼女の名前の由来は劇中で明かされるが、彼女が選んだちひろという生き方は尊いと思った。
そして彼女の生き方に共感出来る人間で良かったと思う。