イニシェリン島の精霊のレビュー・感想・評価
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人間の欲求の本質をえぐり出す
誰もが当たり前に持つであろう些細な欲求の行きつく先が容赦無く描かれている。
登場人物も取り立てて悪人という訳では無く、むしろどこにでも居そうな人々。
誰が特別悪い訳では無いのに、最悪の結末へと落ちていく。。。
もし僅かな楽しさや喜びや救い等を求めるなら観るべきでは無いかもしれない。
でも人間の欲求というものの真実を深く探求したいという方には絶対おすすめ!
自分もこの世の苦悩の根本は欲求であるという考えなのだけれど、まだまだ甘かったと思い知らされた。それはあまりの悪い展開に、最後はなんらかの救いがあるだろうと心のどこかで期待していたから。エンドロールが流れてわずかな期待が裏切られたことを理解した。
人間の欲求というものの醜さ、エゴのぶつかり合い、そして終わることの無い争い・・・
それらが凝縮されて自分に突き刺さった
観終わった時のなんとも言えない後味が、実際の社会にある人間関係そのものであると感じた。
妹も見た?
雄大な景色のおかげで、100年前の設定でも違和感無く観られる。
読み解く力の無い私には、結局なぜ友達を辞めなければならないのか、分からず。。。
作曲作業も3、4日で終わるなら、コリン・ファレルの相手しても良くない?
コリン・ファレルが船に乗る妹に手を振るシーン。
兄の横に見えたのは死神?
シリアスなストーリーのはずなんだけど、クスリと笑えちゃった
1920年代のアイルランドに存する架空の島イニシェリン島、内紛もあれば今よりずっと人の往来も少ないから、排他的・閉塞感たっぷりの土地で生まれ育てば、そりゃあ鬱々とした感情に包まれる人が出たって仕方がないよなぁ、なんて思えてしまうのです。
人々の口から出るのは他人への悪口、耳が欲しがるのは他人の不幸話になりがちですよね。
そこへ持ってきてコリン・ファレルの下がり眉の困り顔。
なんだかショッキングなシーンですら肩を揺すって笑ってしまいました。
日本でも人の流入のない集落には起こり得そうなお話で、身につまされるのに最後までシリアスにはならなかった不思議な、でも心に残る作品でした。
2時からビール飲む生活したいけど
サービス精神はない。面白いけど。
スリービルボードのようなお話がどうやってできるのだろうかというのもあってマクドナー監督ということで観たのだけど、1920年代の僻地の美しく、そして退屈極まりない島で起こる「男と男の喧嘩」の話だった。
「退屈極まりない」と指定されてしまう切ない主人公の話などあまり見たことないが、それにベソかいて立ち向かっていく主人公もまた見たことない。他にやることがないのだろう。しかし、俺に近づくな、近づくと俺の指を切るぞ、という敵も意味がわからない(面白い意味)。過去は描かれないが、そんなふたりが友人でいれた訳はない。勘違いだったのだろう。俗物雑貨屋とか牧師とかも配され、ロバもでるし、変な魔女的婆さんも出てくるのでヨーロッパ的であり、演劇的ではある。
スリービルボードも確かこんな僻地での喧嘩っていやあ喧嘩の話たったか。それでもあちらは仰天の展開があったがこちらは神がちらついて神秘のほうにいくので面白いっちゃあ面白いけど、サービス精神はない。
本当のところ、何が言いたいのかよく分からない。
とりあえず1時間我慢したらおお!ってなる
執着
争いが絶えない理由
島向こうの内戦と仲たがいの喧嘩
長年良き?友人としてつきあってきた男(コリン:ブレンダン・グリーソン)から
「残り少ない人生は知的に行きたいので馬鹿なお前とは付き合えない」
と言われた男(パードリック:コリンファース)達の物語
バードリックが可愛がっているのはロバ
コリンが可愛がっているのは牧羊犬
動物でも資質を表しているのは皮肉だ
でもどちらも凄く可愛い
コリンの一方的な絶交宣言に戸惑い、理由を聞き苦悩するバードック
この下りは泣けてきた
*不思議なのはこの映画、観客のすすり泣きが聞こえるのだが
どの場面でも違う部分で聞こえる所
ラストでは超えてはならない線引きをどちらかが超える
島向こうの内戦をなぞらえて2人が語り合う部分は印象的
戦争も仲違いも規模が違うだけで
傷ついた方が許すことはむずかしい
非常に身近に感じる映画だった
ホラーかよ。
とにかく島の人間が全員狂っているのだ。
島の閉塞感、戦争という閉塞感、そして多分貧しさからくる閉塞感。それぞれが、その閉塞感から逃れるために、創作活動をしたり、本を読んだり、暴力に走ったり、他人のゴシップを追い求めたりして、そこに潜むモノ(それがバンシーなのかも?)を見ないようにしている。それでも少しずつ蝕まれ、狂ってきている。
その中で、1人だけ充足しているのがパードリックで、それは彼の愚かさと、妹(シボーン)や友人(コルム)に何かを肩代わりさせているせいなんだろうと思う。(だから彼は音楽を必要としない。音楽は人々の苦しすぎる生活を紛らわせるものだから)
ある日コルムは「やってられるかよ」と思ったんだと思う。でもなんというか、遅すぎたし相手が悪かった。
って、こういう風に書くと村上春樹の小説みたいだ。
コリン・ファレルがとにかく良かった。一見普通に見えるのに、いつの間にかなんかおかしい役がすごい上手い。
ドミニクもすごく愛らしくて、こういう純粋な人間もこの島でも生きられないのだな。
個人的にはシボーン共感するので、彼女がバンシーから逃げ切って本土で生き延びられたらいいのにと思う。
あとロバがかわいいに1票。飼いたくなった。
退屈な島の生活以上に退屈な映画体験
歯車崩壊系のシュール劇だが「昨日まではうまくいっていた」の「昨日まで」が全く描かれていないために、冒頭から置いてきぼり感が凄い。観客にひたすら退屈な映画体験を強いることによって、作中人物たちが島の退屈な生活に精神崩壊していくさまをメタフィクション的に表現したかったのだろうか。作中人物のうち誰一人としてその心情に共感できる者がいない。死を告知するというバンシーとその依代と思われる老婆の扱いも中途半端で、このストーリーに登場してくる必然性を感じない。予告された死と内戦が何か関係あるのかと思ったらそれもない。あれほど通奏低音のように本土から聞こえる内戦の砲撃音を作中に織り交ぜといて何も無かったはないでしょう。
静寂な島
退屈な奴は嫌われるのか。
1920年代のアイルランドの島。当時イギリスは内戦中なんだ。
主人公のパードリックが親友のコルムから嫌われてしまう。どちらもオッサンなのに突然何があったのか?パードリックはコルムに尋ね続けるんだけど、なかなか応えてくれなかった。で、やっと答えてくれた理由が、お前が退屈な人間だから耐えられなくなった。どゆこと?
島はとても綺麗な風景なんだけど、町感ゼロ、お隣さんや飲み屋まで何キロあるんだろう?しかも歩きか馬車で移動。一台も自動車見かけず。
登場人物は少ないんだけど、皆んな自分の考えを曲げたくない真っ直ぐなキャラ。特に妹のシボーンが強くて良かった。警官オヤジ以外は酷い奴いなかった。ある意味自由な生き方ができる場所だったんだろうな。あと、人物ではない、馬、ロバ、犬など動物達が可愛かった。
それにしても、コルム、自分で指切って投げつけるって?しかも痛くないのか?途中、退屈して何度も落ちてしまったけど、それなりに楽しめたかな。
アイルランド内戦が背景だけど
時代設定は、映画の中に出てくるように1920年代はじめのアイルランド内戦だ。日本人にとってはあまり馴染みはないが、その後のIRAを巡るテロなどの原点になった内戦だ。自らの指を切り落とすという凄惨な設定はテロなどによる悲劇を思い起こさせる。
ただこの映画の中で政治的な背景が語られるわけではなく、登場人物たちが理不尽な行動を取る理由は島の精霊(Banshees)であることがタイトルにより暗示されている。Bansheesは精霊と訳されていて土地などに宿る霊のことだが、妖精、妖怪などと訳したほうが分かりやすかったかもしれない。
このように考えるとこの映画は単にアイルランド内戦を巡る映画ではなく、閉鎖的な社会おいて起きがちが悲劇を表現しているのかもしれない。
ただ、映画に中ではかすかに希望も語られており、一つは動物に対する愛で、コリンは犬の命を救ってくれたことについてパドリックに対して素直に感謝の意を述べている。もう一つはパドリックの妹シボーンが勇気をもって島から離れ充実した暮らしをしていることだ。
映像や音楽は美しいが簡単な映画ではない。
1923年アイルランドの孤島
主人公がどこまでも
おバカなのが
みててイライラしましたが
この時代
アイルランド
本が読めない
孤島
と考えると
あたりまえのことなのかなと
思いました
友達も
狂気でした
禁じられた遊びがよく似合う映画
退屈が生む怪物
イニシェリン島はとても退屈な島。
人々は表向きでは自分の生活をしっかり送りながら、陰で他人の噂話ばかりしている。パン屋のおばちゃんはニュースはないかニュースはないかと警官に聞き漁り、頭の悪い若者は品のないエロ話を繰り返す。警官はその息子に乱暴を働き、占い師みたいな女の人がなんだか不吉な事を言ってくる。
この島にいる人はみんなどこかしら、「ストレンジ」な顔つきをしています。いつ破裂するか分からない風船のようなものを心に飼っていて、それを膨らませたり、時には空気を抜いたりしながら、なんとかやり切っている。
私ごとで恐縮ですが、田舎出身者にとっては、それはとてもよく分かる感覚。実際、私の母は60歳を超えてから「ずっと田舎暮らしにうんざりしていた」と、都会に引っ越したりしてました。
そんな中、退屈を寸胴鍋で三日間煮込んだような男・パードリックに突然三行半を突きつけるコルム。これも一つの風船の破裂なんでしょう。最初はユーモラスなやり取りも含んでいましたが、指を切るくだりからは、恐るべき切迫感に。
人が「ヤバくなる」ための、ゆっくりゆっくりとした時間の積み上げ。それの一種が、「退屈」という一見大した事なさそうな感覚に含まれている。コルムは、なんだか理由なく突然に愛想を尽かしたかのように見える。でもそれは、表面張力でギリギリ保たれていたコップの水がこぼれただけ。シボーンの「もう嫌、わたし本土へ行く」と本質的にはあまり変わりません。アメーバのような退屈に飲み込まれてしまいそうな世界と、救いの対象としての「退屈ではないと思われる世界」。その対比で進むこの物語はとても暗喩的で、趣があるものに感じられました。
それにしても恐るべきは、なんだかんだで田舎の生活をやりくりしてきた人間を二人も「もう嫌!」に追い込んでしまったパードリックの退屈さ。もう想像を絶するくらいにつまんない人間なんでしょうね笑。作中で見ると全然おもしろい変なおじさんでしたけど。このパードリックは、島を愛し、退屈さを心の底から愛している。シボーンの本土への誘いにも「俺の生活はここにある」と譲らず、コルムとの闘争も、あくまで「自分の大切な価値観を守るため」。結果的に「お前今退屈じゃないよ」と言われてしまってますし、コルムとの平和な日々も、ここからどうやっても戻ってこないやんけ、となっているのは皮肉中の皮肉ですが、「平和を守るための戦争」と同じで、人間は元来そうした矛盾を抱えているものなのかもしれません。こうした「矛盾」もユーモラスに描き切っているところが好きでしたね。
結局「なるようになるからやるっきゃねーな」となっている二人でこの映画が終わるのは凄くポジティブだし、ある種の人間讃歌すら感じました。スリービルボードでも感じた、この監督が持っている、シニカルな中の優しさやポジティブさ、なかなか好きですね。あと絵もキレイで芳醇な世界でした。
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