TAR ターのレビュー・感想・評価
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実力だけでのし上がった女性指揮者というファンタジー
作中でもバーンスタインなど実在の指揮者や有名オケの名前が出てくるだけに、主人公リディア・ターが現実にいるかのような感覚に陥るものの、現実問題としてあんな権力ある女性指揮者がいたらクラシック業界はもっと女性に優しくなっていただろう。
作中でブラインドオーディションのシーンがあるが、日本でこれを採用しているオケはどれだけあるのだろう。実際に海外でブラインド形式にしたところ女性奏者の採用率がぐっと上がったと言う研究を思い出した。そうでなければジェンダーバイアスで男性奏者ばかりになってしまうのだ。音大やオケの志望者は女性の方が多いのにもかかわらず。
脚本案の段階ではは主人公は元々男性だったらしく、男性なら映画でよくあるパターンの転落話ではある。女性という点が新しいものの、美術や建築業界と同じくクラシック業界も超がつくほどの男社会なので、女性が実力「だけ」でのし上がるのは、現在でもほぼ不可能であるため、作品はややファンタジー感がある。
もっと金や権力のバックボーンがあるか、人心掌握のバランスに優れた人間でないとリディアがあの地位に上り詰めることは実際不可能だろう。やっかみや嫉妬、足の引っ張り合いはアート界において日常茶飯事である。それらがある人間があの程度のスキャンダルや陰謀で転落するとは考えにくい。作中ではすでにカミングアウトによる炎上をいなしているはずの設定なのだから。
ターはバーンスタインの弟子という設定だが、小●征爾が「自分もバーンスタインの誘いに乗ってたらもうちょっと早く出世したかもしれない」と某所で語っていたことを思い出す(真偽の程は知らないが)
とはいえ、上記の点が鑑賞中殆ど気にならないほど170分のめり込んだのは、なんと言ってもケイト・ブランシェットのリアルな役作りだろう。狂気とともに転落してもどこか美しく気高さを保っている主人公はどの場面でも美しかった。
アジア系には批判されそうなラストではあるが、作曲者が誰であれどんな曲あろうと真摯にスコアと向き合う主人公の姿であると思いたい。
サントラ盤のCDも買いました
映画のサントラ盤がドイツ•グラモフォンから発売されていて、クラウディオ•アバドのマーラー交響曲第5番と同じようなデザインという凝ったもの。実際にケイト•ブランシェットが指揮した第5番のリハーサルの模様も収録されていました。しかもAmazonで買うとLPレコードの紙ジャケットがついてくるのです。
様々な事件があってターは失脚。若い頃に影響されたレナード•バーンスタインのテレビ番組「ヤング・ピープルズ・コンサート」のビデオを見直して再起のきっかけを得る場面が感動的でした。
実際のベルリンフィルは大人の事情で登場せず、演奏会場もベルリンフィルハーモニーホールではありませんでした。出演したのはドレスデンフィルだったようです。
エルガーのチェロ協奏曲のソリストに選ばれるソフィー•カウワーは本物のチェリストで女優初挑戦だったらしいです。覆面オーディションでもダントツの美音で聞き惚れました。
旋律 栄光 絶望 狂気
分野を超えて評価される天才指揮者ター。
自著や新盤の出版を控え注目を集める最中、様々な問題に頭を抱えることとなる。
世間からの注目が集まれば、当然指揮者としての彼女だけでなく、人間性などにもフォーカスが当てられる。
中でも彼女の失墜に影響したであろうクリスタについて、回想にある通り肉体関係があったことはおそらく間違いがないにしろ、クリスタに対する音楽的な評価に私情が含まれていたかどうかまでは描かれていない。
その空白を補完する一つとして、チェロのソロパート担当をオーディションするシーンがある。
このシーンではステージに奏者の姿はなく、チェロの演奏だけが聴こえる。
ターは奏者個人への感情を排してオーケストラに臨んでいる姿が描かれているのではないだろうか。
ただ、各所の描写から特別な感情を抱いていたことは事実なのだろう。それら含め、序盤で揶揄していたロボットに彼女がなりきれなかった部分であり、終盤で流れた言葉には表しきれない複雑な感情の賜物である。
バッハやベートーヴェンの時代とは異なり、スキャンダルで才能が潰える時代。ことの良し悪しとは別に、この顛末に哀愁を感じる。
前評判は余り良くなかったのですが、有名な女優だし、アカデミー賞にノ...
前評判は余り良くなかったのですが、有名な女優だし、アカデミー賞にノミネートされたし観に行ったのですが。
今でもハラワタが煮えくり返る思いです。ストーリーはつまらない、名演でもなんでもない、BSや配信の映画を見ていた方が良かった。全く金と時間のムダです。
No.5
女性で初めてベルリン・フィルの主席指揮者となった天才リディア・ターがトラブルに巻き込まれる話。
チャットでネタにされている様子から始まって、公開インタビューで音楽に纏わる話しを語るター…ヤバイ、音楽素人な自分には7~8割言っていることが解らない!
その後はまあやはり言ってる言葉に解らない部分も結構あったけれど、起きている出来事はなんとか解るからついて行けたと言って良いのかな?w
確かに音楽や楽団に纏わるお話しだはあるけれど、まずターは同性愛者の設定で交際相手は楽団員、からのまさかの恋愛模様みたいなものとかもドロドロ絡んで来る感じ。
しかも劇中で進行していることも、何があったのかどうなったのかを拾わずハッキリ見せない物が多々というつくり。
まあ、サスペンスではなくあくまでもそういう出来事を受けてのターの機微をみせるってことで、そういう意味ではなかなか面白かったけれど、それでもやっぱりもう少し明確に示して欲しいと感じるものが多かったし自分には長かった。
そしてラストは…そう見えた?そうじゃないとやってられない?夢ではないですよね…。
音響が素晴らしく面白い
内容や設定が複雑すぎてちょっと難しい、しかもかなり長いので、少し忍耐を要しました。でも、素晴らしい音響、色んなところから迫ってくる音などがかなり面白かったし、何よりも演技をしているものを微塵も感じさせないケイト・ブランシェットが、ター以外の何者にも見えなくて、凄かったです。
マーラーとかジャケとか音楽家とかを擦りまくる演出は最高でした。人と人との相関関係やドラマがシビアで難しいものばかりだったので、音楽的な小ネタはかなり笑えて、ある意味救いです。
少し難しいといっても、ストーリーや展開はしっかりと見ていれば容易に理解できる内容でしたが、ラストとか含め理解を超えるところもあったので、それをどう消化できるのか・・・個人的には消化しきれなかったという印象です。
次のフェーズ
これまで、貧困・性差別・様々なマイノリティや社会的弱者に寄り添う様な作品がたくさん作られて来た。
世の中は、そういった問題の撲滅には至らないものの、それが「問題」として多くの人々に理解される所までは来たという印象。
この現状の中で、引き続きそういう作品が作られる意図にはもちろん異論ないものの、作品で描かれる被害者を見る度に「でも、現実の社会的弱者がみんなこんなに善良で誠実で純粋で勤勉なワケでははい」という(当たり前と言えば至極当たり前な)点は、どこか居心地の悪さを感じていた。
そしてこの「TAR」では、その先。
かつて「弱者・マイノリティ」のカテゴリーに分類されていた人物が「多様性が肯定され始めた社会」の中で、才能や努力によって大きな力を手に入れ、その力の濫用、エゴや傲慢によって身を堕としていく姿が描かれる。
彼女が手に入れ、行使した「力」は、まさに過去の弱者たちを苦しめた「力」そのものだった、という皮肉。
物語の大きな流れとしてはそれ以上のことはないと思うのだが、正直なところ観ている最中は「これ、何の映画?」とずっと考えていた。
2時間半と結構長い作品中、とにかく散りばめられたピースがちゃんと回収されることなく散らばったままなので、解釈もこちらに委ねられていく。
ミステリー?
サスペンス?
ホラー?
社会派?
いや、映画の雰囲気がそうさせないだけで、笑おうと思えば笑えるシーンも結構あるし。
最後の「オチ」が急に我々庶民の嗜好に寄せてくるため、その印象が強く残ってしまうけど、観終わった後に「これは…なんだったんだろう…」と変なしみじみを体験する、少し変わった印象の映画。
ただ、もしこの映画を分類するとすれば、迷いなく「ケイト・ブランシェットの映画」だということは言える。
頂点に上り詰めた者の転落
指揮者として頂点に上り詰めたター。
ターの前半の圧倒的なカリスマ性、周りの人間の尊敬を意のままにする姿は見事。
しかし、思うがままに振る舞う傲慢さが次第に反発を招きじわじわと追い込まれていく姿に、権力を持つ者は実力だけで無く高い人間性がなくてはダメなんだなと思った。
ところどころ、不穏で貧乏ゆすりとか不快なシーンもあって、次第に狂気に囚われていく後半は結構ホラーチックで少し恐ろしかった。
権力に溺れ転落していくのは、性別や性的指向は関係なく起こることを描いているのも新鮮。
どう考えてもケイトブランシェットがアカデミーの主演女優賞でしょって思った。
変な映画。だが、もうこの映画のことしか考えられない。
よく分からない映画に出会った時、「わかんね」で済ませることが大概だが、ごくたまに「わかんねーけど、これは何かすごい映画なんじゃないか」と取り憑かれたように頭から離れなくなる映画がある。
そして『ゴーン・ガール』で映画にハマり、現在『TAR/ター』に直面している。
この映画を難解にしているポイントは大きく2つある。
1つは、映画内で引用される多数のクラシックと映画に関する教養が前提となっている点。
冒頭から洪水のように人名と歴史の引用が捲し立てられ、着いていくのに必死になる。しかもそれは単なる引用ではなく、つまり聞き流して良いものではなく(そういうものもあるが)、その後の展開に結びつくものもある。バーンスタインがその良い例だろう。
さらに、あらゆる映画のエッセンスがそこかしこに散りばめられている。
例えばジョギング中の悲鳴。初見は「いったいこのシーンはなんなんだ」と戸惑ったが、調べてみるとあの悲鳴は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のラストの悲鳴と完全に重なるらしい。
つまりあのシーンは、リディアの中に生じた軋みが、彼女の映画音楽の記憶と呼応することで生まれた、彼女の幻聴であることが分かる。
事ほど左様に、様々な教養が映画のかしこに散りばめられているため、一寸の気の緩みも命取りとなる。
もう1つは、解釈が観客に委ねられている部分が非常に多い点。
例えば、序盤に大学の講義で男子学生を論破し授業から追い出すシーンがある。確かにリディアの口調は激しく、まだ10代の学生に対しては容赦のないアカハラと取られてもおかしくはない。
ただ、彼女の論理立ては音楽の教鞭を取る者として非常に筋が通っており、男子学生は大学に入った理由も曖昧ならば、リディアの話中しきりに貧乏ゆすりをしている無礼者の側面も見せる。
本当に彼はリディアの可哀想な被害者なのだろうか?
自殺したクリスタの件も同様だ。
彼女はリディアからの性的強要を拒んだ結果、彼女に指揮者としての将来を絶たれたと訴えて自殺した。確かにリディアは傲慢で、ベルリンフィルも私物化し、若いオルガに靡いている様子も描写される。
だが、本当に彼女が性的強要までしたのだろうか?
少なくとも作中ではそのようなシーンはない。妻のソフィアや秘書のフランチェスカとも関係を持ったようだが、どちらも無理矢理強要されたという様子は見られなかった。オルガに関しても、えこひいきから彼女の得意なチェロ曲を選曲したが、ソロを決める最終的な判断は民主的なオーディションに委ねている。
大学での論破もそうだが、彼女の行動はいわゆる権力を笠に着る状態とは異なり、リベラルな印象も与える。これが議論を呼び、いつまでもこの映画が頭に取り憑いて離れない最大の要因だ。
話の持つそもそもの難解さと、議論を呼ぶリディアの多面性。間違いなく見る人の思考に取り憑き、迷路へと誘う怪作だ。
カリスマは、 主体者も客体も実体は脆弱な関係でしかない。
ケイト・ブランシェットを主演に、
天才的な才能を持った女性指揮者の苦悩を描いたドラマ。
カリスマは、
主体者も客体も実体は脆弱な関係でしかない。
魔性を受容されている時はいいが、
オケの様な共存的となったコミュニティで、
一端でも傲慢と解されるとカリスマはオケ破壊者へと排他されて行く。
そんな世界を独創的なマエストロとして日常を維持していくことの凄まじさは当然のごとく凋落して行くしか見えて来ない。
華々しいマエストロの世界ではない日常の苦悩を描いているのだろうが、
カリスマゆえ、若手であり、女性であり、外様であるが故の本当の困難はこんなものであろうかと思えた。
そんな隙を突かれて、
指揮台を乗っ取られて、
その場で、
首席指揮者が、女性が、若い故に、蹴り上げるとは、
いやいや意外な唐突な展開に度肝を抜かれました。
ター
更には、メコンに入り込んで、
地獄の黙示録よろしくドブからの再起を始める?
この気合いがこそが本当のカリスマに見える。
ター
少し小さな神経質な演技だったが、
蹴りは見事でしター
^^
ドイツの有名オーケストラで、女性としてはじめて首席指揮者に任命されたリディア・ター。
天才的能力とたぐいまれなプロデュース力で、その地位を築いた彼女だったが、
いまはマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。
そんなある時、かつて彼女が指導した若手指揮者の訃報が入り、ある疑惑をかけられたターは追い詰められていく。
^_^
I will get you !
音楽と真摯に向き合い自らの地位を築いたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者ターをケイト・ブランシェットが怪演。その自信に満ちた佇まいが美しい。
スタイリッシュで、時に荒々しく、時に聖母のように振る舞い、時に身勝手で、時に少女のように怯える…。ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技に、広い劇場内に点在して座った観客達は皆、静まり返ってスクリーンを見つめていた。
ヒリヒリと…ざらついた余韻を残す作品。
ー告発されたら有罪も同じ
映画館での鑑賞
長い が 画面をくまなく観れる利点あり。ミステリアス 細かいこと気にしなければストーリーは容易【本作は、マジで有料パンフオススメ】
ワシにクラッシック音楽 は 猫に小判🐈🎹 と同義 しかし同志の9人と・・・
正直、マーラー と言われても知らんし
バッハもモーツァルトもシューベルトも
音楽無知 な ワシにとって 何にも関係ないし、一生聴かなくて結構。
仮に、タダで交響楽のチケット🎫もらっても
絶対行かない。ワシの周囲も同様。
だいたい 昭和の時代 音楽の教科書📕クラッシック正統派ばかり
ポピュラーソングは ビートルズのイエスタデイ のみだったのは相違ない。
だから大音楽家の顔 は音楽室に貼ってあったし
小学校の図書館の伝記も 彼らは常連【ポピュラー的な人物は ベーブ・ルース ゲーリック⚾️のみ】
ゆえに 交響楽団 もクラシックも 縁がない というより 虫唾が走る
しかし、そう言った意地悪な観点から 本作 大作感漂うので鑑賞してみた。
結論は帰宅が遅くて家族の不興を買った・・以外に
日曜の夜、わざわざ こんな大作観にくる 映画に一家言あるツワモノ猛者たちと
【なかなか、やるじゃんか トッド・フィールド監督 主演ケイト・ブランシェット⭕️】との意識を共有したぞ❗️
正直、音楽用語はわからないし、後述する町山さんが引用した「砂の器」と違い つまらない音楽が延々と続く。
だが、実際にサウンドトラックはじめケイト・ブランシェット 本人指揮【吹き替え無し との有料パンフ情報】
という音楽は つまらないしわからない だけど迫力満点 で荘厳なのだ。
ただ、同性愛LGBTQ の設定は飽き飽き 多様性はどうでも良い【あくまで個人的に思う】
身から出た錆サビ 怪物が原点回帰 作品で
別に音楽ツウでなくても、若干ホラー的で面白いのだ、映像的に。
本作に関しては 有料パンフの情報入力無ければ、あまりのロングショット長回しに凡人は耐えきれないと思う
ネタバレではなく ネタのヒントなのだ。お金に若干でも余裕ある方は事前に有料パンフ購入して
イントロダクションのページ と 評論家 町山智浩さん の解説 わずか2ページだけでも 精読すれば そこに
考えるヒント 気づきのヒントがある【小林秀雄氏の評論よりかはワシ的に 1万倍面白かったズラ ただ受験に小林秀雄氏は必須】
キーワードは 赤い髪の女性 だが町山さん指摘の5点は目を凝らして見たが2つしか気づかず❗️無念【なんかホラーみたいだね】よくできた 陶酔の映像作品。ジャンル分けがよくわからないけど 狂気 権力 生き様映画。
疑問①まさかの、チコっと 地獄の黙示録 繋がり ・・だが コッポラ監督は ベトナム🇻🇳では
②ジュリアード音楽院 と ハーバードの音楽専攻は意味違うような・・・
③アメリカ🇺🇸様のドイツ🇩🇪映画は中途半端なドイツ語挿入が イラつく💢
あっ コッポラ監督さんの 地獄の黙示録【特にファイナル・カット版】カーツ大佐のこと理解できた興味が持てた人
には興味津々で向いています。カーツ大佐がわからない
論理的すぎる優秀な方or映画耐性、堪え性のない方 には向いていません。
国立大学重厚⭕️ 私大文系3教科お手軽マークシート入試❌ の方がわかりやすいですね。
【私大も名門校はありますよ 念のため】エンドロール的なもの順序逆なのでビックリ‼️しないでね。
天才はこう潰されゆく
ケイト・ブランシェット
1969年オーストラリア
メルボルン生まれ
舞台女優からキャリアをスタート
1998年の「エリザベス」で主役を演じ
大ブレイク
「ロードオブザリング(2004)」
のガラドリエル
「アビエイター(2004)」
のキャサリン・ヘプバーン
など主役を食いかねない存在感
を常に発揮しスクリーンを
常に引き締める存在である
近年でも
「ドント・ルック・アップ」
「ナイトメア・アリー」
などでも印象的な
演技を見せつけている
そんな天才が
天才女性指揮者リディア・ター
を演じる今作
どうだったか
かなり特異な構成で序盤は
置いてけぼり感が半端ない
ものの徐々に理屈が
わかってくるとリディアへの
共感性が上がっていき
何とも言えない気分になって
いく展開は知らず知らず
引き込まれっぱなしでした
女性指揮者として
その才能をほしいままにする
リディア・ターは
インタビューでもマーラーの
音楽性について
インテリジェントに語り
音楽に対する妥協のない姿勢は
音楽学校においての指導に
ついても思想にとらわれない
音楽性への理解を生徒に促すなど
徹底していました
うわーこんな人絶対
共感できんわという導入
しかしかたや私生活では
レズビアンで同性婚カップル
と移民の養子を引き受けながら
その娘のいじめに対しても
真摯に向き合う姿勢を見せる
親としての使命をれっきと
果たしている人の親な側面が
描かれるごとに徐々に
この天才に対する共感性も
出てくるのです
ところが
そのリディアに依存する
同じ女性指揮者クリスタを
精神的に不安定で
仕事ができる状態ではないと
プログラムから外す意見を
秘密裏にしていた
ことで見放されたと思った
クリスタは自殺
それによって残されたメール
等によってその自殺がリディアの
態度によって起こされたものだ
という遺族からの告発など
予想外の事態に巻き込まれ
信頼していた秘書の
フランチェスカもその概要の
公表に加担してしまいます
そこにはリディアに対する
あまりに高い情愛の念からくる
嫉妬などといった感情も含まれて
いるのでしょう
リディアの思わぬ方向に事態は
進んでいきやがて
精神的に追い詰められ
立場をも失っていきます
印象的なのはリディアが
心血を注いで追及した
音楽の世界も
世間一般の人からすれば
アパートの隣の部屋から
聞こえてくる「騒音」
であることなど
それが現実だよねと思いつつ
他意なく直接言われると
堪えるものなんだろうなと
思わされる場面がありました
孤高の天才の立ち振る舞い
一般人には理解されないところ
あると思います
天才という表現も
畏敬の念でありながら
あいつは普通じゃないと世間が
その人を突き放すものです
大谷翔平もそうでしょう
彼のストイックなまでの
野球に対する姿勢は常人の
理解を超えているところが
あると思いますが
きっと大谷翔平にも
なんら普通の人間と変わらない
人隣りがあると思います
でも世間は突き放してしまう
面白いのはこの映画における
「指揮者」要素がどんどん
なくなっていくあたり
もはや天才の世界の話に
なくなっていってる展開
この辺はあえて
そうしているんでしょうね
そんな才能を持った人間の
苦悩がきちんと描かれている
作品だったと思います
序盤の展開が置いてけぼり過ぎて
評価は上がりにくいかもしれませんが
個人的には普段見ている
映画と違った変化球的で
なかなかいい作品でした
評価の高いのも低いのも理解はできるかな…。
今年158本目(合計809本目/今月(2023年5月度)15本目)。
※ 当方の前側にとても背の高い方がいて、字幕が読み取れていないところがあります。
女性天才指揮者にまつわるお話ですが、特に前半、クラシックに関する語がたくさん出てくるので、そこの理解度でかなりの差が生じると思います。映画そのものはそれさえ乗り越えればあとは一本調子…ではないですが…進みますが(ネタバレ回避)、この映画も3時間ないものの2.75時間級なのですよね…。インド映画でもないのに3時間級は厳しいです。ただ、どこを削ったらよいか…というのは一度見ただけではわかりづらいです。この手の映画はできるだけ当人を尊重して描かれなけばならず(さもないと裁判になってしまう)、そうするとインド映画級になってしまうことは言えてしまうからです。
個人的にはこういう映画は好きですが、音楽映画として見た場合、「もう30分くらい短くならなかったかな」と、音楽グッズ等の販売がなかったのが残念でした(ただ、後者は映画館帰責理由)。
そうですね…。昔も今もエレクトーン・ピアノ等、音楽に何らか親しんでいる、市民の音楽会等(プロアマ問わない)等の方にはおすすめですが、そうでないと特に前半は音楽用語や専門用語が飛び交うのでちょっと厳しいが、好きな人には好きという分野の別れが激しいタイプかなと思います。
なお採点にあたっては、下記の4.7を4.5まで切り下げたものです。
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(減点0.3/どうしても一定の音楽的教養が必要)
・ 私も字幕がよく見えなかった(最初に書いた事情)こともありますが、かなりマニアックな字幕が特に最初のほうに出るのが厳しいかな…というところです。音楽といえばクラシックだのジャズだのありますが、この映画はクラシックであるところ、クラシック一般の深い知識が要求されるので、「途中わからない部分もあるけど、これは音楽映画なんだ、音楽をききながら楽しんでなんぼなんだ」としないと本当につまりが生じてしまいます。
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「そんな単純じゃない」
この映画の宣伝につられたのか、主人公のパワハラが自明であるかのような感想を書いている人がいますが、ちゃんと見てもらえばそんなことはないとわかるはずです。
そんな自明なものは何もない世界の話です。
それだけがテーマではないのですが、SNSのなかで起こることやSNSのなかで通る論理にしか興味がない、あるいはそれしか知らない人たちばかりの世界で、芸術や芸術家の占める位置はどんなものだろうかとちょっと考えてしまう映画でした。
車の中で横を見るとずっとスマートフォンをいじってこちらを見ようともしない人物。
その人物をフックアップした主人公の方が、いつのまにかあとに取り残されている。
でも世界はそれだけじゃないだろう!!
と思っていたら、最後の音楽はタイトルが「WORLD」っていうんですね。
もちろん、この音楽の指揮にもまったく手を抜かない彼女。そんな彼女に新局面が開けるといい。
ベルリンフィルのリハーサルをしながら、「そんな単純じゃない、もっと複雑よ」という彼女の言葉は、音楽の解釈のことだけを指しているのではないのでしょう。
ケイト・ブランシェットは座って会話しているだけのシーンでもまったく目を離せない演技をします。
力のない役者と演出家がそれをやるとただの動きのない画になるんですけどね。
EGOT
エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞の頭文字を取ったもので、エンタメ界における主要な4つの賞すべてを獲得した人とのこと 間違いなくアート&エンタメでのラスボスって感じのポジションである
では、本作の主人公はその評価を間違いなく甘受する人物なのだろうか?というのが本作に於いて問われる筋立てである
権力闘争、政治力等々、人間社会に於いて自分にとって本当に苦手な分野での作品である 事前情報でパワハラシーンの羅列ということだが、テレビドラマのようなあからさまな内容では無く、リアリティを伴った"さもありなん"的出来事なのが、今作の深みを際立たせてる 男女の差がもし無くなったとしたら、次に訪れる格差は老若であろう そこも示唆している件もあり、サイコホラー的要素も含めた、まぁてんこ盛りの展開であった なので一言では言い表し難い数々の視点を散りばめられた出来である 初めの冗長部分も、後半への布石としての罠の張り巡らせ方の用意周到さ、それを演じる俳優の非凡さに構成の緻密さを感じざるを得ないのである
人に拠っては、単に頂点まで上り詰めた人間のしっぺ返しを朗々と紡いだ、平家物語的な流れと思うだろうが、しかし昔と違って、そう簡単に人は殺されないし、死にはしない 何度目かのチャンスを目論んでサバイヴする人間の強かさを表現する作りとして本作は興味深いのである それが喩えエンタメの極北であるゲーム音楽だとしてもだ 芸術とエンタメ、これが邂逅する未来が訪れるかもしれない示唆に富んだ作品だと思うのは見当違いだろうか?
大オチが解せない
作品の世界観や、主人公「リディア・ター」役のケイト・ブランシェットの怪演はとても良かった。
個人的にお気に入りのシーンは、終盤にリディア・ターの精神が崩壊して、アコーディオンを弾きながら狂った歌を歌うシーン。あれはよかった。
一方で、大オチはどうも解せない。ここまで培ってきた作品の世界観と似つかわしくない、急に奇をてらったようなブラックジョーク!この手のブラックジョークや社会風刺はリューベン・オストルンドに任せておけば良いので、もう少しこの作品なりの落とし所を見つけて欲しかった。
(因みに、ベトナム(?)のオケメンバーへ「作曲者の意図を理解しなさい…」と、ベルリンフィルのメンバーと同じ説明をしていたシーンは、振り返って考えると皮肉がたっぷり効いていて確かに笑えた。)
評価が高いのが理解できます
前半の冗長なシーンでなかなか乗れないし、ターというか、ケイトの神々しい出立ちと話し方で今ひとつターを批判的に見れなく、即ち話しに着いていけなかった。が、後半展開がどんどん早くなりラストに。
鑑賞後もう一度伏線を意識しながら見てみたいと思ったけど、2時間半あると思うと多分見ないような気がする。ラストも驚愕!って言うけど冷静にターの立場を見ていけば、まあそういう事もあるよね。って私は思いました。
それと、音楽の映画と思っていたので真ん中の席で鑑賞しましたが終始静かな映画で、むしろ繊細な小さな音や、静寂こそこの映画の肝でした。
ケイトの演技、脚本などとても素晴らしい作品で返す反す、前半もう少し短ければ、と感じました。
全352件中、241~260件目を表示