「望みは、希望にも絶望にも成り代わる」宮松と山下 サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)
望みは、希望にも絶望にも成り代わる
この映画、めちゃくちゃ面白い。香川照之が主演ということで、なんの情報も入れずに見たのだが、すごく良かった。こういう物静かで余白が多い映画、苦手どころか嫌いだったんだけど、何故だか本作は違った。
やはり、日本の映像業界には香川照之が必要だ。
「半沢直樹」「99.9」「七つの会議」などの作品で、主人公を支えたり、悪役として立ちはだかったりしてきた香川。ものすごいインパクトを残すがあまり今まで感じてこなかったが、彼の映画主演作って見たことないかも。どうやら、14年ぶりらしい。さすがの演技力なのだけど、脇役として活躍してきた今までとは、一風変わった立ち振る舞い。あの強烈な香川照之はどこかに消えてしまった、と思うほどにエキストラの役を好演。言葉の運び方、手足や顔の震え、ぎこちない笑顔など、改めて凄い役者なのだと思い知らされる。唯一無二の表現力。彼にしか出せない味。今回のことで表舞台から姿を消すなんて、そんなのたまらなく悔しい。大打撃だ。本当に素晴らしい俳優です。。。
エキストラに焦点を当てた映画なわけだけど、演出の仕方が巧みすぎて、感情が色んな方向に揺さぶられる。最初は単純に「エキストラの裏側ってこんな感じなんだー」という楽しみ方をしていたのだけど、現実と映画の壁が分からなくなった時、すごく驚いてクスッと笑える。しかし、更にその壁が高くなると、今度は途端に悲しくなる。12年前以前の記憶を失っている宮松が、役者として演技をする時、誰だかわからない〈自分〉を演じる時の喪失感の表現力がこりゃまた巧み。やっぱり語りたくなるんだけど、香川照之あってこそだなという思いでいっぱい。心動かす演出の秀逸さもすごい。
セリフが少なく、音楽すらも流れないシーンが多くあるんだけど、宮松が頭の中で抱える空虚な気持ちを観客にも分からせているのだと思う。香川照之の演技力と共にこのような手法で宮松という不思議なキャラを描く。物語としてもより一層深化していくし、こういうところから只者じゃないぞこの映画は、ってのを感じさせる。空白の時間、周りは何してたんだよ!なんで名前変えれてるんだよ!とは思っちゃうけど、それ以上にこの人物が面白くて仕方ない。
色んなエピソードやキーアイテム、記憶喪失でエキストラ。これらを完璧に活かした着地点。88分という短尺ながらに非常に考え深く見応えのある作品であり、ラスト15分の鳥肌は経験したことの無いものだった。こんな煙草の撮り方があるのか。煙草1つでこんなにも色んな考察ができるのか。誰かに語りたいとかではなく、自分の心の中に残しておきたい物語。
エキストラが主人公の作品であるため、シンプルにこれから映画を見る時の視点が変わるなというのが1つ。そして、もう1つは人は常に役者であるということ。誰しもが自分を演じている。この2つがこの作品で強く感じたことかな...。ちょっと言葉にするのは難しい。とにかく、見てくれとしか笑
すごくすごく不思議な映画体験だった。
間違いなく、今年一考察が面白い作品。人生の糧となるワードや要素がたくさんある。人におすすめするにしてはハードルが高いけど、個人的には大満足でした。香川照之も、監督3人も、表現力にあっぱれ!