「天命が言葉を紡ぎ、後世の基礎教養は、蓋された教育をこじ開けて生まれていく」カムイのうた Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
天命が言葉を紡ぎ、後世の基礎教養は、蓋された教育をこじ開けて生まれていく
2024.1.29 京都シネマ
2024年の日本映画(135分、G)
アイヌの伝統ユーカラを翻訳した知里幸恵をモデルに、その半生を描いた伝記映画
監督&脚本は菅原浩志
物語の舞台は大正6年の北海道
和人の職業学校に進学したアイヌ民族の北里テル(吉田美月喜、幼少期:茅本梨々華)は、アイヌというだけであらぬいじめを受けていた
彼女は叔母のイヌイェマツ(島田歌穂)のもとで暮らしていて、叔母は村の人気者だった
イヌイェマツはアイヌが代々口承してきたユーカラの伝統者で、テルも彼女の歌を聴いて育ってきた
村には、幼馴染の一三四(望月歩、幼少期:石谷彪真)がいて、彼は先祖の墓を荒らす不届きものを捕まえようと躍起になっていた
だが、その被害を町の駐在・矢野(清水伸)に訴えても、遺族が被害届を出さないとダメだと追い返されていた
ある日、東京からアイヌ研究者の兼田教授(加藤雅也)がイヌイェマツのユーカラを聴くためにやってきた
彼は熱心にユーカラを書き留め、列車の時間を忘れて没頭していた
やむなく一泊することになったが、テルがイヌイェマツのユーカラを受け継ぎつつあることを知った兼田は、ユーカラの日本語訳をしないかと持ちかける
そこでテルはローマ字を学び、ユーカラを書き留めて、それを日本語に直す作業を始めた
当初は直訳していたが、次第に「日本語の音感と言葉の意味」に注意を向けるようになり、やがては作業場を東京に移すことになった
テルが東京に来てまもなく、蓄積した疲労が病魔を顕在化させてしまう
ある雨の日に倒れたことを境にテルの体調は悪化を辿り、心臓病の診断が下って、結婚不可と言われてしまう
その知らせを受けた一三四は悲しみに暮れ、テルはこれが天命とばかりに、ユーカラの日本語訳に没頭していくのである
映画は、ユーカラの再現と、テルが書き記した書籍の序文が引用され、その短すぎる人生を克明に描き出していく
アイヌの事情にさほど詳しくなくても分かる内容になっていて、細かな再現度とクオリティが高い作品になっていた
感動的な演出がほとんどないのに自然と頬を伝う涙は、心の底に響く何かがあるからだと思う
アイヌの言語を残そうとする兼田とは対称的に、墓を荒らして装飾品を手に入れる帝国大学の小嶋教授(天宮良)のように誇張されたキャラクターもあるが、実際にはもっと過酷なものがあったように思える
学校教育でほとんど避けられてる歴史ではあるものの、このような作品を通じて訴求する意味はある
『ゴールデンカムイ』のようなエンタメ作品を入り口として、音楽的素養を伝える本作のような作品が増えていくことで、先人が蓋をしがちな不都合な歴史というものは基礎教養になっていくのかもしれません
いずれにせよ、本来は別の日に鑑賞する予定が前倒しになったり、映画館に着いた時には入荷待ちだったパンフレットが鑑賞後には店頭に並んでいたりと、不思議な縁がある作品だった
作品自体のクオリティも高く、ナレーションの引用などで情景を描写していくのも良く、フクロウがインパクトになっていたと思う
ユーカラは叙事詩として、アイヌの歴史、世界観、風習を示すものだが、翻訳化させていても、歴史を重ねていくうちに進化していくものだと思う
作品に対する熱意と敬意を感じる作品なので、鑑賞機会があるならば足を運んでも良いのではないだろうか