劇場公開日 2022年7月8日

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「原作ファンの我儘とは知りつつも」神々の山嶺(いただき) ニコさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5原作ファンの我儘とは知りつつも

2022年7月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 夢枕獏の原作小説と谷口ジローの漫画版を愛してやまない。好き過ぎて実写映画は観に行けなかった。実写よりはアニメの方が、絵面が写実そのものでないぶん割り切って観やすく感じるのではなどと期待して鑑賞。

 94分はちょっと短いな、と事前に思ったのだが、実際観るとうーんやっぱりちょっと短すぎるかな。エピソードのいくつかは削られて当然、それが映画化ということなのだと覚悟はしていたが。
 エピソードが体感3分の2くらい削られてる感触があって、物語の手応えがちょっとスカスカした感じになってしまった。2時間超えるくらいの長さになってもいいから、もうちょっとエピソードを増やして厚みがほしかった。原作を知らない人には、どんな風に見えたのだろう。

 深町などのキャラクターの目がみんな小さくて、フランス人には日本人がこのように見えているんだな、という感じだった(見慣れれば気にならない)。吹替でキャラクターは日本語をしゃべる。オリジナルはフランス語なのだろうが、登場人物はほぼ日本人なので、吹替の方が言語面ではよりリアルなのだと思うと不思議な気がしたりした。
 山岳風景の映像は圧巻で、美しさとリアリティが同居していて、高さを感じる迫力があった。羽生たちが山にアタックする時の動きは漫画版を踏襲している部分が多く、漫画だと当然静止画であるシーンを動きとして見るとより分かりやすくなっている点もよかった。羽生役の大塚明夫さんの声がよく合っていた。

 原作ではこの内容に、ざっくり言うと深町個人の背景や人生観に関わる部分、文太郎の姉涼子が絡む恋愛パート、映画のラストの後に深町がひとりで登山するパートなどが加わる。小説漫画ともに、心理描写がかなり克明だ。羽生が遭難して文太郎の幻を見る場面は、原作では羽生の手記という形で描写され、小説でも漫画でも鬼気迫る場面になっているが、その手記も省略されている。
 映画だけ見ていると、深町がどういう思いで羽生の取材にこだわり、過酷な登山についていったのかが伝わりにくくなっている気がした。キーアイテムのマロリーのフィルムの顛末も違って(これは小説と漫画とでも違う)、原作ではもっとドラマがある。
 谷口ジローが大人気のフランスでアニメ化までしてくれたことは素直に嬉しいし、94分の中に盛り込むならエピソードの選別はおおむね妥当だとも思う。それでもやはり「神々の山嶺」はこういう話か、と自問すると、これでは薄いと思ってしまう。原作の呪縛から逃れられません。ごめんなさい。
 映画で初めてこの作品に触れた方はこの機会に、是非原作小説か漫画(このふたつのクオリティは同等で違う良さがある)も読んでほしい。アルピニストの心に、より深く入り込めるから。

 余談だが、映画.comの特集記事で本作にコメントを寄せている坂本眞一の漫画「孤高の人」、その原作である新田次郎の同名小説も登山家ドラマの白眉なのでお勧め。

ニコ