「タイ発、本当に怖いモキュメンタリー」女神の継承 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
タイ発、本当に怖いモキュメンタリー
タイ東北部の村で、祈祷師一族に巻き起こる怪現象を密着取材するというフェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)手法によるタイ・韓国合作のホラー作品。
祈祷師であるニムは、女神バヤンの巫女として、地元民の(あくまで霊的な原因による)病気や怪我を治療する仕事を行っている。ある日、姉ノイの娘である姪のミンが激しい頭痛や生理といった症状に悩まされる事になる。それは、ノイやニムがかつて経験した“巫女の代替わり=女神の継承”の際の現象だった。
しかし、次第にミンの中に居るのは女神バヤンではない事が判明し、事態は予想だにしない方向へと進んで行く事になる…。
本作は、信仰心の有無、霊的な存在を信ずるか否か、そういった観客一人一人の抱えるものによって、解釈が異なる作りの作品である。考察好きには嬉しい一作と言える。
また、序盤こそドキュメンタリー風の映像でリアリティを持って進んで行くが、後半は『エクソシスト』を彷彿とさせる憑依型ホラーやスプラッター、ゾンビ映画といった様々なホラージャンルを複合した作品へと変貌していく。この辺りは好みが分かれるだろう。
作中示されるワードの詳細や、黒い車に貼られた「この車は赤い」というステッカーの意味、様々な解釈の内の一つについては、作家の深志美由紀氏のnoteが深く掘り下げてくれており、本作を読み解く上で非常に有り難かった。
私個人の解釈としては、【積み重ねられた怨念は、同じく積み重ねられた信仰心すら凌駕する】というものだ。
私自身は無信仰であり、神の存在についても懐疑的である。しかし、ミンに憑依した(父親の家系であるヤサンティヤ家を呪った)怨念の集合体については、事実としてヤサンティヤ家の人間に首を刎ねられて来たはずだ。そうして積み上げられてきた無念・怨念といった“人間の悪意”を、私は「存在しない」と思う事は出来ない。だからこそ、神という超常的な存在よりリアリティがあり、あらゆる事象を凌駕する力を持っていても不思議ではないと思えるのだ。
また、神(や悪魔)といった存在は、漫画原作者小池一夫先生の言葉を借りるなら「人類が最初に生み出したキャラクター」なのだ。太古の人類は、自分達の理解の及ばない自然現象や厄災、疫病等を神の意思として認識してきた。それは、人間は“言語を通して物事を認識する”存在だからだ。しかし、科学技術の進歩によってそれら様々な現象に、現代では科学的・論理的な見地から説明がつくようになり、人々の信仰心は確実に薄れていった。
だからこそ、私はそうした神という存在の力より、実在した人間の遺した悪意の力の方が恐ろしく感じられるのだ。
作品としては、インタビューに答える出演者や霊現象を収めた映像を振り返る様子が、「お分かりいただけただろうか?」でお馴染みの『ほんとにあった!呪いのビデオ』シリーズを彷彿とさせる。クライマックスで“命の危機に瀕しているのに撮影を続けるカメラマン”という「ありえない」と感じさせる甘さ含めて個人的には好ましい。
祈祷師ニム役のサワニー・ウトーンマの演技が素晴らしく、彼女の存在が本作に限りないリアリティを付与している。表情や仕草、話し方も非常に“らしい”ものである。日本では、“イタコ”や“ウタ”といった霊媒師が有名だが、そうした雰囲気を纏いながら立ち振る舞っている為、不思議と彼女に親近感を覚えるのだ。
だからこそ、まさか彼女がクライマックスのお祓い直前で突然死するとは思わなかった。ラストの「バヤンが本当に居るのかは分からない。存在を感じた事はない」と本音を吐露するシーンは、今回の事件を通して彼女の中で自らの信仰心に疑問が生じてしまった事を描いた、トドメの一撃として非常に素晴らしかった。
ミン役のナリルヤ・グルモンコルペチの熱演は、誰が見ても文句無しの圧巻の演技だろう。序盤での明るく美しい様子から、次第に精神に不調を来し、悪霊に憑依されて豹変するまでの演じ分けが素晴らしい。
そんな明るい序盤からも、パレードの準備の際に子供靴を履く姿や、親友のリサが撮影した子供のように振る舞う姿からも、既に事が始まっている“兆候”不穏さを漂わせている。また、ニムとは別の祈祷師に除霊を依頼する際の車中で、ガラスに映った彼女だけが不気味な笑みを浮かべている恐ろしさにゾッとさせられた。
隠しカメラを設置し、憑依されたミンの行動を隠し撮りしているシーンは作中1番の恐怖シーンだった。カメラに気付いて突然画面外から迫ってくる様子や、歪な動きでテーブルの上で放尿したり、母であるノイに覆い被さる不気味さは最高だった。
飼い犬を鍋で茹でて齧り付くシーンは、恐怖と同時に切ない気持ちで一杯にさせられた。お決まりだが、エンドクレジットで「動物の登場するシーンは専門家の監修のもと行われました。この映画製作で動物に危害は加えられておりません」と出てホッとした。
ラストでバヤンが憑依したと語るノイを焼き殺したシーンは、彼女の中に悪霊が居たのか、はたまた本心から来る殺意か。自殺した兄との近親相姦関係含め、語られていない部分に闇を感じさせる家庭である。
クライマックスの救いようの無い展開、フェイクとはいえドキュメンタリーという作風を明らかに超越して展開される惨劇はツッコミ所満載だが、作品の持つ圧倒的なパワーで押し切られた印象で、個人的にはアリ。
タイと韓国による本気のホラー映画は、非常に見応えある圧巻の一作だった。
字幕と吹き替え両方で鑑賞した上で、オススメするならやはり原地の言語で語られる字幕を推したいが、吹き替え版のミン役の飯田里穂さんの熱演も素晴らしいので、是非見比べてみてほしい。