「女性や法をめぐる不気味なあいまいさ」聖地には蜘蛛が巣を張る 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
女性や法をめぐる不気味なあいまいさ
2022年。アリ・アッバシ監督。イランの保守的な聖地で起きている連続娼婦殺人事件。取材に乗り込んできた女性ジャーナリストは様々な障害に会いつつも、体当たりの取材で犯人に迫っていく。一方で、退役軍人である犯人は神の教えと自らの欲望と承認欲求がないまぜになって殺人衝動を抑えることが難しくなっていく、という話。
同時多発テロと同時期に実際にあった事件に基づいている。イランは宗教的には保守的なシーア派だが文化レベルは極めて高く、文化と近代文明が齟齬をきたすところはかつての日本に似ている。この映画でも、警察や裁判所や新聞社の人々が近代的な法的枠組み・理念と宗教や文化に基づく大衆的欲望・感情の間に立ち、どちらかに肩入れしたり板挟みになったりしている。
この映画の秀逸なところは、その境界をだれかが決めているわけではないところを明確に描いていることだ。犯人は宗教的な「浄化」を果たしているとして民衆から英雄視され、退役軍人会や検事と裏工作で助け出す口約束を交わす。実際、一部の刑罰が免除される様子も描かれる。ところが、実際には死刑になるのだ。その判断にどこまで誰の意思が反映しているのかはわからない。犯人を見つけ、厳罰を求めるジャーナリストの努力はまったくの無駄でもない代わりに、見える形で効果的だったというわけでもない。この不気味なあいまいさが、法や女性をめぐって、イラン社会を覆っているのだ。
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